エミリーとシャーロット
@haruaki_kudo
第1話
目が覚めたらそこは墓場だった。
体を起こして周りを見渡すと、月明かりに照らされているのは辺り一面に散乱する鉄屑、プラスチック辺、元は家具であっただろうが椅子とも机とも判別できない何か。
話に聞いたことがある。モノである私たちが必要でなくなった後どうなるのか、どこに行くのか。
ここがその終着点。ゴミ処理場。
いつここに来たのかは覚えてない。記憶にあるのは、私を呼ぶ声と温かな腕に抱かれてたこと。白い壁の家で大事にされていたこと。
どうして捨てられたのか分からない。ただ、周りのゴミたちが、お前はもう用済みなのだと、せせら笑っているような気がした。
彼女にまた会いたい。
そう願ったけど、私はもう捨てられた身。千切れた足では立つことも叶わない、こんな汚れた体じゃ抱きしめてもらうこともできない。
そして、捨てられたということは、必要とされないただのガラクタなのだ。
私は嗚咽した。捨てられる前よりもはっきりと自分の意思が、意識が芽生えたことに、悲しみ、絶望した。
嗚呼、もう一度会えたなら、今まで大事にしてくれてありがとうと伝えたい。もう私が必要ないくらいに成長したことを喜びたい。
「おやおや、すすり泣きが聞こえると思ったら、人形のお嬢さんじゃないか」
目の前に現れたのは茶色い毛の大きなネズミさん。所々禿げていて、少し老いているように見える。
ネズミさんは目の前にくると、じっと私の瞳を覗き込んだ。
「あなたは誰?」
「私はデニー。このゴミの山に住んでいるドブネズミだよ。君は?」
あの子は私を何と呼んでいただろうか。記憶を辿る。幼く愛おしい声で呼ばれていた名前は−−
「エミリー」
「そうか、君はエミリーという人形なんだね。君のように意思を持つ人形は稀に見かける。どの子も主人に可愛がられていたと聞いてるよ。エミリーもきっと、ご主人に大層可愛がられたんだろうね」
デニーは優しく語りかけてくれる。でも愛してくれていたのならどうして私は捨てられたの?
私は納得がいかなかった。意思を持つほど強く愛されたのなら、どうして手放したのか。私はもっとずっと一緒にいたかったのに。
「辛いだろうけどエミリー、君は捨てられてしまった身、ここが新しい君の居場所だよ」
「私、これからどうしたらいいの」
「意思をもった人形も、みんなしばらくしたら眠りについて動かなくなった。それまでは、ここでゆっくり過ごすと良い」
一体どれほどの時間をここで過ごすことになるのだろう。体は動かせる。だけどスカートから出ているはずの足がない。
「ここを案内しよう。私の背中に乗って」
私は這いずりながらデニーの背中に乗った。ひどく汚れていて、毛がチクチクと刺さって痛い。
「デニーはずっとこのゴミ処理場にいるの?」
「いいや、私は元々街に住んでいたんだ。街は食べ物がいっぱいで困らなかったんだけど、人間や車に猫にトンビ、怖いモノがいっぱいだから、このゴミ処理場に逃げてきたんだ」
「ここで一人でいるのは寂しくないの?」
「仲間と食べ物を奪い合うこともないし、たまにエミリーのようなお人形に会えるから寂しくはないよ。さあ、お腹も減ったしこの辺で休憩にしよう」
積み上がったゴミの上で私は降ろされ、デニーは途中で拾った野菜クズを食べ始めた。私は白い壁のお家しか知らなかったから、汚くて雑多なこの場所がとても新鮮だった。
「あら、あれは何かしら」
近くのゴミ山に月明かりが反射して光る何かを見つけた。とても綺麗だった。
私が指さしたものをデニーが掘り起こして持ってきてくれた。
それは私と同じ、人形だった。違うのは私は布製だけど、それは子供用の球体関節人形の成れの果てだった。
用を為さないそれは、服が朽ち果て、髪は崩れ落ち、表面は汚れていたが私と違って五体は満足で黒い目は綺麗なままだった。きっと目に光が反射していて見つけることができたんだろう。
「丁度いい、この子の脚をエミリーに付けよう」
「だめよデニー。その脚はその子のものだから勝手に貰えないわ」
「しばらく借りるだけさ。君も自分の脚で歩けないと不便だろう。君が動けなくなったら返すさ」
デニーはそう言うと、拾ってきた球体関節人形の脚の付け根をかじり、胴体から切り離した。
「ごめんなさい、きっと後で返すからね」
右足を差し込む。すると、脚に感覚が宿るのが分かる。膝も足首も曲がる。同様に左足を差し込んでみると。立ち上がることができた。
「わわっ!」
慣れない脚で、足場の悪いゴミ山にバランスを崩し、転んでしまった。
ちょっと時間がかかったけど、この脚で、自力で歩くことができた。自分で動けることがとても嬉しかった。
「デニー、私このゴミ捨て場から出て持ち主に会いたいわ」
「どうしてだい? 君を捨てたのに、嫌いにならないのかい?」
「嫌いになんてなれないわ。うっすらだけど、とても大事にされていたことを覚えてる。どうして捨てられたのか、どうして自分の足がないのかは覚えてないけど、理由を確かめたいの」
「悲しい現実が待ってるかもしれないよ。新しくて綺麗な人形を大事にしているかもしれない。もう人形に興味を失くしているかもしれない。それでも良いのかい?」
私は無言で頷いた。どんな理由でも良い。今、持ち主だった女の子がどうしているのか知りたい。自分がどうして必要じゃなくなったのか知りたい。
「分かった。出口に案内してあげよう」
それから私は行くつもゴミ山を越えた。さっき換えたばかりの脚も、関節が悲鳴をあげ、足の裏もボロボロになっていた。
痛み、動かない人形だった時の記憶にはない感覚だった。
途中でいくつも捨てられた人形を見つけた。ゼンマイ仕掛けの兵隊。プラモデルのロボット。金髪の着せ替え人形。服を飾るためのマネキン。
お前もいつかはああなる運命なのだと、示されているような気分になった。
ゴミ処理場を抜けると、トラックが何台も停まっていた。
「あの車に乗れば街まで行けるよ」
早速この車に登ろうとしたけれど、タイヤも大きくて全く車体に手が届かない。
「こんばんは、デニーと見かけない人形のお嬢さん、お困りかな?」
頭上から声が降ってくる。見上げると、ゴミ収集車の上にカラスさんが一羽。
「何の用だアンソニー」
デニーが敵意を含んだ声で応える。
「何の用だとはご挨拶だなあ。俺はただ、困っている君たちに助けの手を差し伸べたいだけなのに」
芝居がかった喋り方は確かに胡散臭さを感じる。
「貴方は私を助けてくれるの?」
「そうさ。その代わりに、君が身につけている物を一つだけいただきたい」
私が身につけているものといえば、この薄汚れた洋服と、胸についたブローチだけ。
「分かったわ、何でもあげる。だから私をこのトラックの上に乗せて頂戴」
「お安い御用、デニーも一緒に乗ってくかい? 街に行くなら道案内が必要だろう」
アンソニーは私とデニーの背中を掴み、トラックの上に乗せてくれた。
「ありがとう、アンソニー」
「どういたしまして、それじゃあ約束通り」
そう言うとアンソニーが突然私の顔を鋭い嘴で突き始めた。
「痛い! やめて!」
「何をするんだアンソニー!」
「何って約束通り、君の身につけてるものをもらうだけさ。一目見て君の青い綺麗な目が欲しくなってね。光物には目がないんだ」
アンソニーの嘴には月明かりに青白く照らされた無機物が、片方しかない私の眼に冷たく光って見えた。
「じゃあね、困った時はまた呼んでくれよ」
そう言って、不気味なカラスは夜の闇に消えていった。
「大丈夫かいエミリー。アンソニーの言うことを聞いていなければ……」
「平気よ、まだ目は片方残ってるし、それにほら」
私は服にかろうじてくっついているボタンをむしりとり、元の目があった場所にあてがう。そうすると、脚がくっついたようにボタンも顔に張り付いて、両目で見えるようになった。
「私はお人形だから、どんなものでも変わりにできるわ。ボタンだから景色が穴あきに見えるけど」
夜が明けるとトラックが動き出した。ガタガタと揺れながら、私は元いた街に戻っていく。
もし、途中で力尽きたらまたここに戻ってくることになるかもしれない。
「ここにあったゴミは元は一つの街から出てきたものさ。だから街は相当大きい。その中で元の持ち主を探すのは、あのゴミ山からそのボタンを探し出すくらいとても大変だと思った方がいいよ」
「大変でも構わないわ。あのゴミの中でじっとしてるなんて無理だもの」
こうして意思を持ったのは彼女にまた会うためなのだと、不思議な確信めいたものがあった。必ず会える、そんな気がする。
「おや?」
デニーが何かに気づいたようだった。
「スカートの後ろに何か書かれてるね。もしかしたら持ち主の名前かもしれない」
「何て書いてあるの?」
「これはシャーロットだね」
「シャーロット」
口にすれば暖かさが胸に溢れてくる名前。
必ず会いにいくわ、シャーロット。
街に着いたのはお日様がてっぺんに昇る前ぐらいだった。
停まったところを見計らって、私とデニーはトラックから飛び降りた。
「普通の人間は人形が歩いていたらびっくりしちゃうから、私の背中に乗って移動しよう」
デニーは私を背中に乗せて、色んな物の間を縫って街中を移動する。人間も乗り物も建物もみんな大きくて、潰されないか怖かった。
暗く細い路地裏にたどり着いた時に、情報収集をしてくるから、ここで待っていてと、降ろされた。
ゴミや落ち葉、虫の死骸がが溜まっていて、あのゴミ処理場を思い出す。
何となく居心地が悪くて、路地裏から顔を出して表を少し覗いて見た。雑踏と、太陽の光で、何となく明るい気持ちになれた。
「あ、お人形さん!」
頭の上から声が降ってきたかと思うと、私の体は宙に浮いていた。逃げる間もなく、女の子に拾い上げられていた。
記憶の中のシャーロットよりも小さいな女の子だった。
「ねえ、お母さん。この子捨てられてて可哀想。家に連れて帰っていい?」
それから私は宙ぶらりんのまま、親子の押し問答を聞いていたが、結局母親が折れて私はこの女の子の家に拾われることになった。
シャーロットに会えるのが先か、私が再びゴミになるのが先か、と覚悟していただけにこんな試練が待っているなんて思ってもみなかった。
動いたり喋ったりすれば驚いて放してくれるかなとも考えたけど、嬉しそうな顔の女の子を驚かすのは気が引けてしまった。
連れてこられたのは、大きなお家だった。
女の子に抱かれていたけれど、直ぐにお母さんに引き渡された。球体関節の脚を引っこ抜かれた。当然痛かったけど我慢した。人形は動いたり声を出したりしただめだから。ボタンの目も剥がされた。こんなに何度も目を失うことになるとは思わなかった。
水に沈められて何度も押しつぶされた。息をしなくても大丈夫な人形で良かった。水を絞られたのと、洗濯バサミで手を挟まれて干されたのも凄く痛かった。
その日は外に干されたまま、夜を過ごした。
今日も月が明るい。デニーはどうしているかしら。心配しているかもしれない。折角街に連れてきてくれたのに、ありがとうと言えないまま、お別れになってしまった。
夜風に晒され朝日を浴びて乾いたところで、私は回収された。
目の前には女の子のお母さん、傍には大きなハサミと、布、糸、針。
おもむろに私をうつ伏せに持ち上げられると、熱い痛みが襲った。
ジョキジョキという不気味な音と共に、背中が切り裂かれているのが分かる。あまりの痛みに声を上げそうになったけれど、ここで放り出されると取り返しが付かないと思って、必死に堪えた。
綿を引き摺り出される時は世界がひっくり返りそうな感覚に陥った。自分の中から中身がなくなる喪失感は、目や脚以上に耐えがたいものだった。
どんな痛みを負っても、意識が途切れることはなかった。痛みと全身を駆け巡る気持ち悪さに狂ってしまいそうになる。
新しい綿を詰め込まれ、新しい脚を縫い付けられ、綺麗な黄色い目を貼り付けられ、、背中の縫合が終わった時、とても温かな気持ちになった。
そこには、お母さんの娘に対する愛情が詰まっていたのかもしれないと、私は感じた。
綺麗になった私が女の子に手渡される。
「ありがとうお母さん! シャーロット、私と遊びましょう」
そうだった。私にはシャーロットと名前が縫い付けられていたんだった。
私の名前ではないけど、慈しみを持ってその名前を呼ばれるのは、悪い気はしなかった。
メアリーと呼ばれている女の子は片時も私を手放さなかった。起きてる時も寝てる時もずっと一緒だった。夜に抜け出そうかと思ったけど、ドアも窓も固く閉じられていて、逃げることはできなかった。
メアリーには妹がいて、まだ喋ることができない小さい女の子だ。私を物欲しそうに見るから、メアリーは私を肩苦抱きしめて取られないように守っていた。
何日も経つと、もう抜け出す気力は無くなっていた。
何度もシャーロットと呼ばれるたび、自分がエミリーということを忘れそうになる。
大事にされるってこんなに幸せなことだったんだ。今日も、私はメアリーと一緒にベッドに横たわるのだった。
メアリーとの暮らしに慣れたころのある夜、懐かしいお客さんが来た。
家の人たちが寝静まったころ、ガサゴソと音がする。虫が入り込んできた時は、私がこっそり起きて追い払っていたけれど、今度はもっと大きな生き物のようだった。
私はメアリーの部屋から出て、階下に降りる。もしメアリーに危害を加えるものだったら? 自分の力でどうにかできる相手じゃなかったら?
色んな想像が思い浮かぶけれども、意を決して、物音がするリビングに入る。
物音はキッチンからだった。
棚を漁る大きくて茶色い背中が目に入る。
「デニー?」
「メアリー!」
前足に持っていた食べ物を放り出して、ドブネズミのデニーが駆け寄ってくる。
「デニー、また会えて嬉しいわ。どうしてここに?」
「ずっと君を探していたんだ。色んなネズミから情報を集めていてね。この辺りで見かけたって話を聞いたから、そこら中の家に入って探し回ったよ」
それぞれの家で少しずつ食べ物を失敬しながらね、とデニーは付け加えた。
「シャーロットの家も分かったよ今から一緒に行こう」
シャーロット、私ではなく、前の持ち主の名前だ。ずっと会いたかったシャーロットにようやく会えるかもしれない。
「でも私、この家から出られないわ。窓も玄関も閉まってるから無理よ」
「私は煙突から入ってきたんだ。背中に乗って」
デニーは私を背中に乗せて、居間の暖炉に入った。暗くて、煤だらけで、何だかあのゴミ処理場を思い出してしまった。
器用に煙突の中を登り切り、外に出た。
ポツポツと街灯と星が照らす夜の街を、人形を乗せたドブネズミが駆けていく。
目的の家までそう遠くはなかった。
懐かしい、つい最近まで住んでいた白い壁の家。
壁を伝い、デニーはある窓の前で止まった。
「ここから中を覗いてご覧」
部屋の中には、ベッドで安らかに眠る1人の少女。丸顔で赤毛の、ずっと私と一緒にいてくれた、ずっと大事にしてくれた、シャーロット。
私の代わりの人形の姿がないか探してみたけど、見当たらなかった。
「きっと、私が壊れちゃったから手放したのね。あれくらいの年齢になったから新しい人形は必要なくなったのかも」
「寂しいかい?」
「寂しいわ。でも私を必要としないくらい成長したんだもの。私の役目は終わったし。今はメアリーにシャーロットして可愛がられているから幸せよ」
シャーロットを一目見ることが出来て、本当に良かった。
今まで大事にしてくれてありがとう、大好きなシャーロット。
デニーにメアリーの家まで送ってもらい、別れを告げた。
きっともう会うこともないだろう。
私はリビングの暖炉の前に寝転んだ。
ここに来た時に綺麗になった体はデニーの毛と煤で汚れていた。メアリーのベッドは汚したくないし、お母さんが見つけてくれれば、きっとまた綺麗にしてくれる。
朝になると、メアリーは泣きながら起きてきた。一緒に寝ていたはずの私がいなくなったのだから、寂しかったみたいだった。
シャーロットに会うためとは言え、悪いことをした。
私を抱き上げようとしたところを、お母さんが、汚れてるからだめよと、取り上げた。
私はまた洗われ、絞られ、乾燥のために吊るされている。
メアリーの悲しそな顔を見ると、早く抱きしめて欲しいという気持ちにいっぱいになった。
直接伝えられないけど、寂しい想いをさせてごめんなさいって、心の中で謝ろう。そう思った。
夕方乾いた頃に、お母さんが私を回収して、今のソファに置いた。
私はメアリーが来るのを待った。
不意に体が持ち上がる。
メアリー、ごめんなさい、大好きよ。
心の中でそう言ってみたけど、持ち上げ方に違和感がある。体をだ気抱えられてるのではなく、腕を持ち上げられ、いつもよりも強く握りしめられている感覚。
疑問に思っている内に、体が妙な浮遊感に襲われ、視界がぐるぐると回る、掴まれた腕と、肩が痛い。
辛うじて分かったことは、私は今メアリーの妹に振り回されているということだった。
いつもこの娘は私を物欲しそうに見ていた。そして今メアリーの手の中にいない。
きっと私で遊びたかったのだろう。とても楽しそうに私を掴んだり、放したり、振り回したりしていた。
「だめ! 返して!」
メアリーの声が聞こえるそして、両腕に鋭い痛みが走る。
メアリーが右腕を、妹が左腕を掴んで引っ張り合いを始めた。
その最中、古い記憶が蘇る。まだ私がシャーロットの持ち物だった時、同じようなことが起こった。
シャーロットにはメアリーくらいの妹がいた。
あの時も私の取り合いになったんだった。
二人で引っ張りあって、脚が千切れて、シャーロットは泣いていた。
シャーロットがずっと小さい時から一緒だった私は、その時には私も結構汚れていたり、色んなところがほつれていて、もうボロボロだからという理由で捨てられたんだった。
そうだ、私はいらなくなったんじゃなくて、仕方なく捨てられたんだった。
ブチブチと音をたてて、両腕が千切れ、私の体は宙を舞った。脚は新しく付けてもらったものだけど、腕は最初から付いていたものだったから、縫い付けてある糸も古くなっていたみたいだ。
開け放たれていた窓から庭に落ちる。私は一目散に植え込みに駆け込み、姿を隠した。
きっと私があの家にずっと入れば、姉妹喧嘩の原因になる。その度に私は奪い合われ、また体の一部を失くすことになるかもしれない。
私はもっと私を大事にして欲しかった。引っ張り合わないで欲しかった。メアリーはもっと私を優しく扱ってくれると信じていたけど、無理だった。
私は所詮、ただの物に過ぎない。どう扱うかは持ち主次第なんだ。
でも、また壊されるくらいなら、もうゴミになることを選んでもいいのかもしれない。
私はメアリーの家を逃げ出した。
人に見つかっても構わない、車に轢かれてもいい、とにかく私はどこかに消えてしまいたかった。
またゴミ処理場に戻ろうかな。デニーなら行き方を教えてくれるかもしれない。
デニーを探して彷徨っていると、夜になり、薄暗い路地裏に辿り着いた。
ここの路地裏も至る所にゴミが散乱していた。その中で目を引いたのは手足と頭が胴体から取り外された、子供サイズのマネキンだった。
腕がない状態では歩きにくいし、転んだ時に立ち上がるのも一苦労だから、捨てられた腕をもらっていくことにした。
寝転がって、腕の肩関節部分と、千切れた肩口を合わせると、ピッタリくっついた。腕の方が大きいから、どうにもバランスが悪いけど、ひとまず丁度いいサイズの腕が見つかるまではこの腕を使わせてもらうことにした。
それにしてもこの腕はとても動かしやすかった。
関節の継ぎ目がないけれど、前に着けていた球体関節の足よりも滑らかに動くし、力も強かった。質感もマネキンにしては柔らかで、できることなら小さいサイズのこの腕が欲しいくらいだった。
私は色んな路地裏を歩き回った。道中ネズミさんや小鳥さんに尋ねてみると、この辺りにいそうだというのは確かだった。
そして、私たちは翌日の夜レストランの裏口でゴミを漁っていたデニーと再会する。
「エミリーどうしたんだい、その姿は?」
実は、とこれまでの経緯を話した。取り合いっこになって腕を千切られたこと、途中で腕を拾って着けていること。
「エミリー、その腕をよく見せてくれないか?」
デニーは私の腕を触ったり、観察したり、匂いを嗅いだりした。
「間違いない、これはマネキンの腕じゃないよ」
「じゃあ何なの?」
「人間の腕だ」
私はデニーが言っていることが理解できなかった。
「人間の腕って、人形みたいにそう簡単に撮れるものじゃないでしょ?」
「今日の朝、バラバラに切断された子供の死体が見つかったんだ。腕だけ見つからなかったらしくて、人間達が大騒ぎしていたよ。最近この辺りでは、子供が誘拐されて何日か後にどこかが切断さされた状態で見つかるって事件が多発しているんだよ」
私は今自分の感覚が通っているこの腕のことが恐ろしくなった。早く、切り離したい気持ちでいっぱいになった。
「私、この腕を元の持ち主のところに返したいわ」
「それなら、死体が見つかった路地裏に行こう、案内するよ」
私はこの腕の持ち主のことを考えた。私も自分の腕が千切れた時、目をもぎ取られた時、とても痛くて苦しくて、怖かった。この腕の持ち主もきっと怖い目にあったに違いない。
たとえ本人が死んでいてもこの腕が返ってくることを望んでる人もいるはずだ。
路地裏を通る途中、私は、ゴミ捨て場を漁ってナイフを拾った。片方の腕はこれで切り離せるかもしれないけれど、片腕を失った状態でもう片方をどうするかが問題だった。
いくつもの路地裏を通り抜け、公園の茂みの中を移動していた矢先、あるものが目に入った。
首を切断された子供の死体だった。
デニーが言っていたことは本当だった。昨日も死体が見つかったのに、今日また殺されていた。
傍に転がっている顔を見て、私はいても立ってもいられなくなった。
「デニー、ごめんなさい。私、やらなきゃいけないことがあるわ。この腕のことお願いね」
私は手に持っていたナイフで、自分の首を刎ねた。
痛みなんて気にしている場合ではなかった。成功する確証はなかったけど、首がない状態でも動くことはできた。
「何をする気だエミリー、よしなさい」
デニーの静止を聞かずに私は、自分の首を死体の体にくっつけた。人形の体はその場に崩れ落ち、人間の体の方に感覚が移る。
私は立ち上がって、頭を拾い、自分の頭からの上から被った。
他の人形の足を自分にくっつけたり、ボタンを目の代わりにしたり、人間の腕をくっつけることができた。なら、私の意識がこの体に宿れば、頭をくっつけることが出来るのではと考えた。
首をピッタリくっついた。手足も自由に動く。
今の私は人間と同じように動くことができる。
「今度こそさようならデニー。今までありがとう元気でね」
別れを告げ、私は帰るべき場所に向かった。
白い壁の家、その玄関の前で座り込むシャーロットが目に映った。
「ただいま」
私はシャーロットに告げる。顔を上げたシャーロットは大きな瞳いっぱいに涙を浮かべている。
「エミリー!」
シャーロットは私に抱きついた。
「どこに行ってたの?」
「ごめんなさい。公園に遊びに行ったら居眠りしていたの」
私はメアリーの家で引っ張り合いになった時に思い出したことがあった。シャーロットは妹が生まれる時に、名前はエミリーが良いと言っていたこと。
そして偶然、私が公園で見つけた死体は、エミリーのものだったこと。メアリーの家でエミリーのことを思い出していなかったら、きっと気づくことができなかった。
とても心配していたのだろう。ぎゅっと、苦しいほど強く抱きしめられた。
また、シャーロットに抱きしめらてももらうことができて、私は涙が溢れそうになった。
人形のエミリーから、人間のエミリーとして、私は生まれ変わった。
「エミリー、もう勝手にどこにも行かないって約束してくれる?」
「ええ、私、もうどこにも行かないわ、ずっと一緒よ、シャーロット」
エミリーとシャーロット @haruaki_kudo
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