第2話

「1日に3つまで、ですか?」


 シスターは大きな目をぱちくりと瞬かせて、たずねた。


 私は、そうだとうなずく。

 日記に書いたこと以外は忘れてしまう。

 その日記に書けることも、1日に3つまで。


「それは……お困りでしょう」


 シスターは、今度は気づかうように小さく首を傾げる。

 私がうなずくより先に、猫のレーヴェが声を上げた。


「何もかも忘れてしまうわけではない」


 かじりついていたおやつから顔を上げ、ぺろりと口元をなめる。


「身につかないというだけだ。ユーリと言ったな、女神のしもべよ」

「はい」


 シスター・ユーリは猫に向かって、律義にうなずいて見せる。


「我ならば、このおやつについて書きつけるが……」


 レーヴェは、彼女からもらったおやつがずいぶん気に入ったらしい。


「こやつはどうするかな」


 光る目で私を見上げてから、


「また初対面の挨拶をすることになるかもしれぬ」


 めんどうだろう、とユーリに笑いかける。


「何もかも忘れてしまうわけではなくても」


 ユーリは控え目に微笑み返すと、こちらを見て、もう一度うなずいた。


「大変でしょう。お手伝いさせてください」


 街の人々を助けるのは自分たちの役目だと言ってから、今度は少し恥ずかしそうにはにかんだ。


「助けていだだいたのは、私の方ですが……」




 それは、ほんの数十分前。

 今日は何をしようと考えながら、街を歩いていた時のことだ。


 一通の封筒が、空を飛んでいた。

 鳥のように羽ばたいていたわけではない。

 春の風に吹かれてきたのか、ひらひらと空を舞っていたのだ。

 

 そして、目の前に降ってきた。

 封筒を受け止めたところで、後を追ってきたらしい、シスターの姿が目に入った。


「まっ……待って……くだ、さい~……」


 息を切らせて、よろめきながら、じわりじわりと近づいてくる。

 走っているように見えるが、なかなか距離が縮まらない。


「……呆れるほど、足が遅いようだ」


 猫は呆れると言いながら、おもしろそうにそのようすを見ていた。

 こちらから歩み寄ろうかと思ったが、


「い、今、行きます……!」


 一生懸命なところをジャマをするのも、なんだか申しわけない。

 そんな気がして、たどり着くまで待ってしまった。


「あ……あの……」


 ぜえはあ。


「そ、それを……て、手紙を」


 震える手が伸びてきた。そっと封筒を渡す。


「あ、ありがとう、ございます……」


 ふう、はあ。


「と、とても、大切な……もので」


 ひとしきり息を切らせると、こほん、とひとつ咳払いをした。

 そして、スッと背筋を伸ばした彼女に──


「ぜひ、お礼をさせてください……!」


 力強く、懇願された。


 お茶をごちそうしてくれると言うので、教会までついて行った。

 そして、自家製だという焼き菓子のおいしさと、彼女の聞き上手なところもあって、私はすっかり自分の置かれた状況を打ち明けていた。

 すると、ユーリは親切にも協力すると申し出てくれたのだった。


「教会のみなにも、話をしておきましょう。困ったことや、お手伝いできることがあれば、いつでもたずねてくださいね」

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