あなたのきせき

七嶋凛

第1話

 字がかすれてきた。

 もうすぐインクがなくなる。


「やっと知ることができるな」

 ページを覗き込んでいた猫が、ぐるぐると喉を鳴らす。

「お前が何者であったのか」

 光る目に、文字で埋まりつつあるページを映して、朗々と語る。

「その一冊に、お前自身の手で書き記してきたことが、新たなお前をかたちづくるのだ」


 もうすぐインクがなくなる。

 日記の中には、まっさらな私として目覚めた春の日から、冬が終わろうとする今日までの出来事がつづられている。

 思い出。経験。積み重ねてきた日々。

 この一冊は、私そのもの。


 ペンを走らせ、最後の一文を書き終える。

 それを見届けるようにして、インクはなくなった。

 ページがひとりでに閉じて――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る