第11話
ライの二足の草鞋、第一課との兼務は長引いていた。「施し」も続いており、犯行グループを肯定的に見る報道も出てきている。更にはつい先日、タクトの勤め先や、五街第三高校にも届いたと聞く。
あえてこちらからの連絡は避けたが、トオルからメッセージが届いた。
「スポーツ用品が充実したぞ。来月の球技大会、盛り上がりそうだ」
必要なものを、必要な場所に届ける。それの何が悪いのだろうか。
ダメなものはダメ。そのルールを一番嫌うのは俺自身ではなかったか。
仕事に集中すべく捜査資料を開く。一文読んだところで、緊急の会議招集。
考えることが多すぎるくらいが、今の俺にはちょうどよかった。
*
「珍しいな。タクトから呼び出すなんて」
「言ったでしょう。心配なんだって」
もちろんその対象は俺ではなく、フレイアだった。前回のファミレス会議での俺の様子から、なんとしても彼女を守らねばと思ったらしい。頻度を上げて連絡をしようとしたところ、電話が繋がらず、会えなくなり、今に至るという。
コーヒーカップを両手で包み、タクトは思いを口にした。
「忙しいだけならまだいいんだ。でも、こんなこと今までなかったから。もし、万が一、誘拐とか事件に巻き込まれていたとして、彼女の獣能力なら脱出も苦じゃないと思う。けど、今の彼女の身には負担が大きすぎて」
思わず口ごもる。邪推がバレぬよう沈黙を貫いたが、やはりタクトには気づかれた。
「言っておくけど、妊娠じゃないから」
「おう」
安堵のような、それでいて残念なような、名付け難い感情をコーヒーで飲み下す。
「このところ、獣能力の効力が不安定なんだ」
予想だにしない言葉にむせかえる。「どうして?」。聞かずにはいられなかった。
「兄貴も聞いたことあるだろう。ハーフの子の特徴」
「フレイアが?」
瞬間、頭を抱えるタクト。その様子にさらに混乱をきたす俺。唸るように彼は言った。
「一緒に聞いてたでしょう」
「ごめん」
それしか言えなかった。ずっと気づいてた。あの頃の思い出は、彩度を失い色褪せている。俺がそう仕向けて、修復など望んでこなかった。
タクトは席を立ち、ドリンクバーへ。メロンソーダを片手に戻ってきた。もう片方に烏龍茶も携えて。
「どこまで覚えてる?」
「え?」
「フレイアの生い立ちについて、兄貴はどこまで覚えてるの?」
「正直、あまり」
「わかった」
ソーダをひと啜りして、タクトは続けた。淡々とした説明には呆れも軽蔑も感じられず、少し、安心した。
「じゃあ、最初から話すね。フレイアは父親が蝶の獣人、母親が人。彼女はそのハーフ。公園で出会う一年前、七歳の時に父親を病気で亡くしてる。その時のショックで、第三の獣能力、消却の能力が発動してる。ここまではいい?」
「ああ」
「あまりに珍しく、対象を選ばない能力を目の当たりにして、母親は受け止めきれず、酷く嫌悪したらしい。その感情は能力のみならず、フレイア自身に向くようになった。そしてある事をきっかけに母親に、触れた」
「なるほど」
「うん。ここまでが、トオルと一緒に三人で聞いた話。ここからは、大人になって聞いた事だから、兄貴は初耳だと思う」
過去を見つめるその瞳は、何を思っているのだろう。少しだけ、陰って見えた。
「ある日、真夜中に頭痛に襲われたんだって。限界まで我慢したけれど、痛みに耐えきれなくて、母親の眠る寝室へ入った。彼女は起きてくれたけれど、近寄るフレイアに恐怖して、心配よりも先に、小さな体を突き飛ばしたらしい。フレイアは壁に背を打ち付け、その拍子に家族写真が床に落ちて。それは父親が写っている唯一の写真で、拾おうとしたら、消えちゃったんだって。突き飛ばされたとき、グローブが外れたことに気づかずに」
心が重くなった。その先に何があるのか、予想できてしまったから。
「何を言われても平気だったって。何をされても痛くなかったって。でもね。ごめんなさいが届かなくて、悲しかったって、言ってた。だから、触れたんだって」
身近にいるのに伝わらない。伝えているのに届かない。伝えたくても、伝えられない。そのもどかしさと折り合いをつけるのは至難の業。俺だって、例外ではない。
「だから俺は約束したんだ。必ず夢を叶えるって」
タクトは力強く言った。
「叶えて、フレイアを救うって。悲しみの連鎖は、断たれるべきなんだ」
あの日の夕焼けがフラッシュバックした。声が聞こえた。
『人になっても、獣人のままでも、ずっと一緒にいてね。そうやって、私の夢を叶えてね』
希望だけをたたえた満面の笑み。
一点の曇りもなく、未来を信じる横顔。
『きっとよ』
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