第6話
他の捜査の合間を縫ってフレイアの行方を追っているものの、足取りが掴めずにもどかしい日々が続いている。
一方で、失踪したトオルの同僚について調べたところ、捜査願い授受の履歴の無いことが判明。不思議に思い、トオルを訪ねるべく高校へ向かう道すがら、見覚えのある顔を発見し驚かされた。その人こそ行方不明と聞かされた教員、本人だった。
慌てて道端に車を止めて呼び止めると、向こうも驚いた様子で、お騒がせしましたと深々頭を下げて詫びた。適度に状況確認をし、別れ、呆気なく幕引きを迎える事件。だが、頭の中は疑念ばかり。
彼女は当日の夜、職員室の外から響く不審な音に気づき、確認に向かったそうだ。しばらくパトロールをしたものの何も見つからず、聞き間違いと思い引き返したところ、玄関付近で突如背後から襲われたと説明していた。相手の顔は見ておらず、気づいた時には体育館横の倉庫の中で横たわっていたらしい。
トオルから一報をもらった時、校内を隈なく探したと言っていた。常に徹底を図る彼のことだ、倉庫も例外ではないだろう。
校内から盗まれたものはなく、彼女の財布もそのまま残っていた。
彼女が戻ってきたということは、彼女の誘拐が目的ではない。
犯行の意図が全く読めない。
そもそも、結果として事故にも犯罪にもなっていない。何も失われていない。
この奥にあるものは、一体。
*
そして別の日。
「先輩。先ほどの件は自分が確認しておきます。ちょうど別件で、データベース探るところだったので」
「ああ。よろしく頼む」
聞き込み捜査を終え、ライと二人でステーションへと車で戻る最中。俺の頭は終業後のことでいっぱいだった。
ライの「あ!」という注意で我に戻ると、曲がるべき角を通り越し、遠回りコースを進んでいることに気づいた。
「もおー。しっかりしてくださいよー!」
「ごめんって。近道して戻るから」
「安全運転でお願いしますね。あ、それともあれですか? 自分ともっとゆっくりドライブしたい感じですか?」
「なんでそうなる?」
ライはたまに、ふわふわした冗談で気を緩ませてくれる。そのタイミングも絶妙なのだが、当人は気づいていないらしい。これが天然というセンスかもしれない。
ようやくステーションに戻り、駐車場から見慣れたエントランスに足を向ければ待ち受けていた安堵。職場を見て安心するなんて、我ながらどうかしてると思うが、やりがいを感じている証拠ということにしよう。
「先輩」
呼び止めに応えると、ライは空を見上げていた。そこに広がる見事な夕焼け。反射的に視線を逸らす。急ぐからと、彼を置いて中に入った。
あの色が苦手だ。
夕日の柔らかい光が、眩しさが、あの日のことを呼び戻す。
***
高校二年。薫風の流れる頃。
タクト、トオル、フレイアと、俺。
四人に占拠された放課後の教室。お揃いの制服に、教科書や文房具が練り上げる学校特有の香り。夕焼けのオレンジ色に染まった青春時代は、色褪せずにそこにある。そのとき刻まれた蹉跌も、合わせ抱いて蘇る。
「来週、三者面談あるよね。志望校どこにするか、もう決めてる?」
窓際の自席に座るタクトの質問に、まずはフレイアが答えた。窓から流れ込む風が、彼女の髪を優しく揺らしている。
「うん。前に伝えた学校にする。偏差値足りないかもしれないけど、それでもチャレンジしたいの」
「そっか。全力で応援する」
「ありがとう。ねえ、みんなは?」
トオルは教師を目指して教育学部、タクトは獣人向け医薬品の研究者を目指して獣薬学部、俺はガーディアンを目指し法学部への進学を志望していた。
フレイアはそれを聞いて喜んだ。夢を目指す姿がかっこいいと、そしてそれは必ず叶うと、純粋な魔法をかけてくれた。
「夢が叶ったら、みんなでお祝いしようね」
「フレイアの夢は?」
トオルの投げかけに、首を傾げるフレイア。トオルは続けた。
「フレイアも含めて、みんな、だろ」
照れながらも、顎に手を当て思案する彼女。
「未来の姿は、まだ決めきれないかな。それにね。この先で私が何になっても、自分が決めたなら、満足していると思うの」
質問を挟もうと思ったけれど、タクトに先を越されてしまった。
「もし夢を叶えたら、なりたい自分になれたら、両親に伝えたいって、思う?」
「おいタクト」
「大丈夫よ、カイト」
そんなに優しく微笑まれては、弟を叱る意味を無くしてしまう。
それまで、彼女の生い立ちについて詳細を聞くことはなかったし、その必要性も感じていなかった。
セキュアに住まう彼女は、複雑な環境下に育ったに違いない。俺たち三人の間では「触れるべからず」の札を貼っていた話題だった。少なくとも、隣で目を泳がせるトオルは同じように理解していたはずだ。
けれどその瞬間、禁忌は禁忌でなくなった。タクトが正面突破してみせた。
聞かれたフレイアも湿っぽくなることはなく、いつも通りの口調で答え始めた。
「どうかな。会えないから、考えたこともなかった」
「変なこと聞いてごめん」
「いいの。言い方が悪かったね、死別じゃないわ。母はどこかで元気にしているはずなの」
「はず?」
「うん。生きてるはずだけど、私には見えない」
会えない、ではなく、見えない。疑問に思うのは俺だけではなかった。その証拠に質問を入れるトオル。
「見えないって、どういうこと?」
「そっか。私の獣能力について、話してなかったよね。私ね……」
そして開示される三つの獣能力。飛翔、麻痺の鱗粉、そして。
素手で触れたものを消し去る能力。
あまりに圧倒的な力に、恐怖さえ覚えた。「珍しいね」と肯定的な言葉を口にするタクトとトオル。彼らの横で俺は、湧き起こる感情全てをかき消した。
いつかもし、俺の存在が不要と判断されたら、触れて抹消し、思い出からも追放されるのだろうか。
フレイアはそんなことしない。信じたいのに身を潜めない恐怖。そんな自分に嫌気がさした。
「フレイアの夢を叶えるために、まずは僕が夢を叶えるよ」
悶々としている間に話しは進み、気づくとタクトがそう口にしていた。事態を把握しようと研ぎ澄まされた思考が拾ったのは、弟の覚悟だった。
「僕が必ず治療薬を完成させて、大事な君に真っ先に届ける。約束する」
気圧され無口になった俺の背中を、トオルが冗談めかして押してくる。
「カイト。弟が告白してるぞ」
予期せぬ展開に、フレイアは口元を抑えて沈黙してしまった。たちまち美しく染め上がる頬。
突然舞い降りた好機。
それを制したのは弟だった。
「うん。好きだよ。フレイアのこと」
タクトを尊敬する理由の一つ。臆することなく、心の声を言語化できるところ。そうやって、慎重派な俺と違い、タイミングを制していくのはいつも弟だった。
オレンジ色の思い出は、俺に我慢の作法を教えてくれた。
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