王子の逃亡スキルが高すぎる!(箱はかぶらない)

鏡銀鉢

第1話 こうなったら父上を亡き者にするしかないな(本気)

「我が息子、アース王子の妃をこの場に集まった姫たちの中から選ぼうと思う」


 耳を疑うような父の妄言、月夜のパーティー会場から歓声が沸いた。


 ――待て、待て待て待て。父上なんと言いました? 俺の妃をこの中から選ぶ? 何勝手に決めてんだよ。何で満面の笑みで俺にウィンクしているんだよ。何『オクテの息子のために気を利かせてやったぜ』感出しているんだよ。謎の達成感出すなよ。


 大陸中から集まってきた姫たちは捕食者丸出しの顔で狂喜乱舞しながら隣近所のライバル姫たちと殺意の波動をぶつけあっている。


 ――いやだぁあああああああああああ! こんな奴らと結婚したくないよぉおおおおおおお!



 だいいち、俺にはもう心に決めている人がいる。

 だから俺は、サカリのついた野良猫たちの集会場と化した戦場からすみやかしなやかにこっそりと逃げ出した。

 敵前逃亡ではない。戦略的逃亡だ。


   ◆


「■■■■■■■■!」


 自室のベッドにダイブ。

 枕に顔を押し付けながら、五十音で表現するのもはばかられる悪態を叫んだ。


「アース様、おかわいそうに」


 柔和でおしとやかな肉声に顔を上げると、愛する専属メイドであるレティが慈愛に満ちた表情で膝を折り、ベッドにかしずいていた。

 その包容力と品の良さに比べれば、姫たちのソレはゴブリン同然だ。人類とは思えない。


「くそっ、俺はレティと結婚したくて縁談を断ってきたのに」


 レティの頬がほんのりと赤く染まり困り顔になるも、口元にははにかんだ笑みを作ってくれた。かわいい(世界一)。


「よし、こうなったら父上を亡き者にしてパーティーを中断。俺が王位を継いで王様権限でレティを娶るしかないな」

「に、握り拳を固めてクーデター発言をしないでください……」


「大丈夫。本当に殺したりしないよ。一生政務ができないようになってもらうだけだから」

「目が笑ってませんよっ」


 語気を強めて怒られた。なんか嬉しい。俺ってMなのかな?


「それにアース様がいなくなったことで外は大騒ぎですよ。集まった999人の姫様たちが会場や本殿、離れなど場内のあらゆる場所を目鷹めたか血眼ちまなこになって駆けずり回りながらアース様を虎視眈々こしたんたんと狙っています」

「俺は高額賞金首か!?」


 天井に向かってツッコんでから跳ね起きた。


「父上のいるパーティーホールはこの本殿のエントランスから出て100メートル。そこまで姫たちに見つからないようにするには……変装だな。王子とは思われないような、地味な格好をしよう」


 言って、俺はクローゼットを開けた。

 ギンギラギンの衣装が眩しい。


「悪趣味だわ!」

「すいません。陛下の命令でアース様のクローゼットの中身を全てパーティー衣装に詰め替えておりまして」

「いやデザインがおかしいだろ! 誰だよこんなアホみたいな衣装を用意したのは!?」

「陛下です」

「父上ぇえええ~~……」


 頭が悪ければ服の趣味も悪い父親とその父親が治める国の未来を憂いながらも、俺は部屋を見渡した。


「駄目だ。服の代わりになりそうなものはない。あるのはギンギラギンのアホ衣装だけだ、ん?」


 俺の目に留まったのは、どうすればいいかわからず戸惑う姿が可愛らしい、メイド姿のレティだった。


 両手で彼女の肩をつかんで一言。


「レティ、俺の為に脱いでくれ」

「ふゃっ!?」


 レティは赤面しながら、宇宙一可愛く硬直した。


   ◆


 下着姿のレティを部屋に残した俺は、メイド服スタイルで部屋を出た。


 レティの体温でいっぱいのメイド服を着ていると胸に勇気が手の平に希望が下半身にムラムラが集まってきて無敵の気分だった。


 それでも油断は禁物。

 可能な限りゴブリン姫たちを避けねば。



 曲がり角からゴブリンが出てきた。



 ――ヒィッ!?

 心の中で、乙女のような悲鳴を漏らしてしまうも、それは取り越し苦労だった。


「そこのでかいメイド、アース王子はどこですの!?」


 どうやら俺だと気づいていないらしい。

 そりゃ王子がメイド服メイドエプロンメイドカチューシャを付けるなんて思わないよね。


「し、知りません。部屋にはいませんでした(裏声)」

「クソがっ! でも諦めませんわ。なんとしても王子を拉致監禁し搾り上げて既成事実を作ってやります。そして国の女王の座にギュヘヘヘヘ」


 ゴブリンどころがキングゴブリン並みの犯罪臭をかもしだしながら姫は風のように走り去った。


 どうやら、この姿ならバレないらしい。


 ――よし、このまま姫たちから逃げつつパーティー会場へ戻るぞ。そして父上を亡き者にするんだ!

 俺はレティとの未来をその手に握り、ガッツポーズを作った。


 

 これは、愛に生きる王子が自身の純潔と未来のために繰り広げる一時間の逃亡劇。


 そして、999人の姫たちから逃げのび、父親を亡き者にせんとする奮闘記である。


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