第二十七話 先輩のお友達の白バイさん

 ここで訓練を始めて二ヶ月をむかえようとしていた。ここには見学に来る小さいお友達以外、めったに部外者はやってこない。私がいる時にやって来たのは、偉い人を引きつれた知事さんと市長さんぐらいだ。


 ただ「めったに」には例外もある。それが今、目の前でうだうだ言っている白バイ隊員さんだ。私や丹波たんばたちお馬さんもだが、柵に座って私達の訓練を見学していたまゆみさんも、胡散臭うさんくさげな視線をその人に向けている。


「まーた来たのか、白バイ君は」


 馬場を周回中の水野みずのさんが、その人の前に来た時に声をかけた。音羽おとわも鼻を盛大に鳴らし、相手を威嚇いかくしたようだ。


「来ましたよ。優秀な白バイ隊員を何としてでも取り戻したい、うちの隊長の命令ですから。今の牧野まきのは、乗る馬がいないんでしょ?」

「こりないねえ……ごらんの通り、乗る馬はいるからご心配なくだよ」


 まゆみさんと一緒に柵にもたれ、馬たちの様子を見ていた久世くぜさんが笑いながら言った。その前を、先輩を乗せた三国みくにが通りすぎていく。三国は通りすぎながら、白バイさんに向けていなないた。


「うわっ、いつもおとなしいお爺ちゃんが、歯をむき出していきましたよ。どんだけ嫌われてるんですか、そこの人」


 三国の顔を見たまゆみさんと久世さんが笑った。


「まあ顔を覚えられて威嚇いかくされるぐらいには、馬たちにも嫌われちゃってるのかな」

「嫌われてませんよ。今のは馬からあいさつされただけです」


 白バイさんがそう言うと、先輩も水野さんも「ええー?」という表情をして見せた。


「なかなか図太いですね……」

「そりゃ、もう二年もここに通ってるからねえ……」

「二年!!」


 水野さんの言葉に思わず声をあげて振りかえる。二年も塩対応されているのにめげないとは、それはそれですごい精神力だ。


「隊長命令って本当なんでしょうか?」

「どうだろうね。ただ、牧野は騎馬隊員としても優秀だから、うちの隊長が、あっちの隊長の要請を蹴った可能性はあるかな」

「なるほどー」


 と言うことは、隊長命令もあながちデタラメではないと言うことか。


「それ、久世さんの相棒だろ? お前が乗ってた馬、去年に引退したよな?」

「今は新しい馬と人間の教育をしているんだよ。それが終わったら、いずれはもう一頭やってくる。今は技術維持のために乗せてもらっているだけだ」


 先輩の口調は素っ気ない。


「面倒を見てるの馬だけじゃなのいかよ。ここは騎馬隊だろ?」

「騎馬隊だから人も教育する必要があるんだよ。ここでは馬だけじゃなく、騎手や装蹄師そうていしも養成中なんだよ」

装蹄師そうていしってなんだよ、そんなの聞いたことないぞ」

「ここで勉強中の装蹄師そうていしかっこ予定、ですがなにか?」


 柵にもたれていたまゆみさんが体をおこした。腕組みをして、なにげに白バイさんを威嚇いかくしている。チーム丹波としては、私もきちんとあいさつをしておかなければ。


「牧野先輩の指導を受けている新入りの馬と人間ですが、なにか?」


 丹波たんばを白バイさんの前で立ち止まらせ、思いっきり偉そうな目つきをして相手を見下ろす。私の気持ちを察したのか、丹波もなぜかブルルッと激しく鼻息を吹いてから、相手をギロリと見下ろした。


「うわー……うちの新人全員に嫌われちゃったかあ。大久保おおくぼ君、ご愁傷様しゅうしょうさま


 久世さんがニヤつきながら言った。


「別に嫌われてないでしょ。これもあいさつのうちです」

「うわー、大久保君てば、現実逃避しちゃってるー、たいへーん!」


 戸田とださんが大げさに悲鳴をあげる。


「ちなみに装蹄師そうていしっていうのはですね、馬に蹄鉄ていてつをつける職人のことですよ。蹄鉄ていてつってわかります?」


 さらにまゆみさんが追い打ちをかけた。


蹄鉄ていてつぐらい知ってるよ」

「どうですかねえ……」

「大久保、その人は馬たちが世話になってる人のお孫さんだ。うちの大切な次世代の装蹄師そうていしなんだから、失礼なことはするなよ? それとうちの新人騎手と馬にもだからな? とにかく失礼なことはするな」


 離れた場所を移動中の先輩が指を白バイさんに向ける。


「はー、やれやれ。牧野、ほんとーに、ここにきて丸くなっちまったよな。白バイ隊にいた頃は、新入り隊員が泣きそうになるぐらい、厳しい指導をしていたのに。なんか体型も丸くなってないか?」


 なにやら失礼なことを言い出した。だが先輩は気を悪くした様子はない。


「そうか? 逆に体重が落ちたんだけどな」

「それ、筋肉が落ちたってやつでは? お前、だいじょうぶなのかよー」

「だいじょうぶもなにも、俺はここで充実した警察官生活を送っている」

「なにが充実してるだよ。白バイ隊員が馬に乗ってのんびりまったりなんて、ありえないだろー」


 これは聞き捨てならない。


「あの、馬に乗ってのんびりまったりなんて、してませんが!」

「ほら、失礼なことを言うな、大久保。うちの新人にしかられるぞ」

「なんでだよ。白バイのほうがハードだろ」


 ますます聞き捨てならない。


「白バイはハードかもしれませんけど、馬もハードです! 一日限定で騎馬隊の体験入隊しますか?」

「やだよ。絶対にいやがらせされるに決まってるもんな。馬と違って人間は意地悪だからな。なあ、お馬ちゃん」


 丹波に話しかけたが、丹波はスンと素っ気なく顔をそむけた。


「いやがらせされるって自覚してるんだ……」

「それなのに来るんだ……」

「それで二年近く通うって、もしかしてマゾ?」

「ほら、人間のほうがずっと失礼じゃないか。おい、牧野、俺のほうが失礼なことを言われてるんだが!」

「そりゃ、お前が二年も押しかけ続けるからだろ。自業自得だ」


 白バイさんは先輩の返事に、ブツブツとなにか言っている。


「まったく薄情なヤツだなあ。なあ、お馬ちゃん」


 丹波はあいかわらず塩対応でスンとしていた。


「新入りの馬、めっちゃ塩なんだけど」

「そりゃ、お前のこと嫌ってるからだろ」

「はー……なんだか馬をけしかけたくなってきました、あくまでもなってきた、だけですけど」

「おいおい、騎馬隊員らしからぬ言葉だぞ、馬越まごしさん。ま、その気持ちはわかるけど」


 水野さんが音羽を、丹波の隣で立ち止まらせる。


「うちの音羽、俺のことを噛んでむしった馬だからね。大久保君のこともむしっちゃうかも。気をつけなきゃ」

「水野さん、それシャレにならないですから」

「そう? 俺としては、噛まれ仲間が増えるとうれしいんだけどな。まあ白バイ隊員ってのが気に入らないけど」

「おい、牧野ー?」


 今までにない不穏な空気に、白バイさんが先輩を呼んだ。さすがに噛まれたくはないようだ。もちろんこっちも噛ませる気はしないが。


「噛んでもおいしくないと思います。だって硬そうですし」

「それは筋肉質だからかな? でもスルメとか噛めば噛むほど味が出るから」

「あー、なるほど」

「まきの――!」


 先輩が笑いながらやってきた。気がつけば騎馬隊の馬が全頭、白バイさんの前にならんでいる。


「だから言っただろ、自業自得だって。少しは気をつかえよ。そうだな、たまには差し入れをするとか。そういう気づかいが無いのも、ダメな原因だと思うぞ?」

「先輩、阿闍梨餅あじゃりもちが食べたいです!」


 手をあげて言った。私の言葉に白バイさんは「ゲッ」という顔つきをする。


「おい、勤務中の俺に使い走りをさせるのか?」

「その勤務中に、ここでうだうだしてるのは誰なんだって話なんだが」


 先輩が首をかしげた。


「いいねえ、阿闍梨餅あじゃりもち。もちろん大久保君のおごりだよね?」


 脇坂わきさかさんが言う。


「え、ちょっと。この人数におごれってことですか?!」

「そりゃ、全員だろ? なあ?」


 脇坂さんの問いかけに、その場にいた全員がうなづいた。白バイさんは「マジか」という顔をする。


「鯛焼きをリクエストされないだけでも感謝しないと」

「そこ、感謝するところなのか?」

「焼き立てじゃなくても問題ないです。おごってくれたら、丹波をけしかけるのやめます」

「焼き立てはうまいよね。まあ俺も、おごってくれるなら音羽をけしかけるのやめてやる」

「せめて一人2個かな。ちなみに俺は、お前が万が一のために、ポケットに現金を忍ばせていることを知っている」


 先輩の一言がとどめになったらしい。


「ああああ、くそっ!! おい、お前のバイク貸せ!」


 そう言ってから自分の服装に気づいたらしく、さらに借りるものを付けくわえた。


「それと着替えも!」

「お前に服を貸すのか……まあしかたがないか。阿闍梨餅あじゃりもちを食べるためだもんな」

「ため息まじりに言うな。俺だって、お前の服なんか借りたくないんだぞ」


 どうやら今日のおやつは、阿闍梨餅あじゃりもちになりそうだ。

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