第十話 お馬さんのボロ事情

 生きているということは飲み食いをするわけで、飲み食いをするということは、当然のことながら出るものが出るということだ。それは、ここのお馬さん達も例外じゃない。そして人間や犬猫よりも大きい体ということもあって、大量に食べ、大量に出す。そのお掃除も私達の仕事の一部だ。


「うんちだー!」

「すごくおっきいー!」


 私が丹波たんばが出したものをネコぐるまに乗せて運んでいると、厩舎きゅうしゃを見学していた子供達が集まってきた。


「さわらないでねー、汚いからねー」

「草たべてるのに緑色じゃないねー」

「でもチクチクしてるの出てるの、草だよねー?」


 小さい子達って、大人が驚くようなものに興味を持つ。これは最たるものだ。


「さわったらダメだよー」

「お馬さんのうんち!」

「これね、ボロって言うんだよ」

「ボロ?」


 中の一人が発した聞き慣れない単語に、他の子供達がいっせいに首をかしげる。


「ボロボロお尻から落ちるから?」

「わかんないけどボロって言うんだって! おじいちゃんが言ってた!」

「ばふんて言うじゃないのー?」

「ボロなんだって!」


 意外と物知りなお友達がいるようで、私が説明をしなくても、その子の解説を元に大騒ぎだ。まあ楽しそうで何より。


「これどうするの?」

「流すの?」

「燃やしちゃうの?」

「どこに捨てるの?」


 その子達は厩舎きゅうしゃの見学もそっちのけで、汚れたワラやボロをためておくコンテナまでついてきた。コンテナを開ければ、当然のことながらにおってくる。子供達はいっせいに鼻をつまんで「うんちくさいー」とさけんだ。しかし逃げることなく騒ぐのみ。子供って本当におもしろい。


「ここのボロとワラは、市内にある農家さんにもらわれていって、そこで野菜を育てる肥料になるんだよ? ああ、もちろんこのままじゃなくて、まず一か所に集めて発酵させてからなんだけど」

「なんかねー、お馬さんのウンチはシイタケを育てる農家さんに人気だって、おじいちゃんが言ってたよ」


 ボロ発言の子が再び発言をする。この子のお陰で、説明がスムーズに進んで実にありがたい。


「よく知ってるねー。私もここに来て初めて聞いたんだけど、これを欲しいっていう人、けっこういるんだって」

「ウンチなのにねー」

「ボロだよ!」

「ボロ大人気!!」

「人気があるのはうんちじゃなくて肥料だよねー」

「だからボロだってばー」


 そして農家だけでなく、なぜかここの子供達にも大人気だ。


「ほら、戻らないと先生がみんなのことを探さない? だいじょうぶ?」


 コンテナにボロを放り込みフタを閉める。


「ここから出なければだいじょうぶ! 集合時間と集合場所が決まってるから!」


 そう言って、グループのリーダーらしき女の子が、ぶら下げている時計をかざした。なぜか、腕時計ではなく目覚まし時計だ……。もしかして時間になったら大音響で鳴るんだろうか? 馬たちが驚いて大変なことになるんじゃ?


「ねえ、その時計って、時間になったら音が鳴るの?」

「そうだよー! あ、でも! お馬さんを驚かせるのはダメだから、今日は鳴らさないようになってるよ。先生にちゃんと見てもらった!」


 時計の裏を見せてくれた。そこにはスイッチがあって、間違いなくoffになっている。しかもセロハンテープでしっかりと固定までされていた。


「だったら安心。見せてくれてありがとう」

「どういたしましてー!」

「これ、ネコって言うんだよね!」


 物知りなおじいちゃんがいる子が、私が押しているネコぐるまをさして言った。ここには、子供達の興味をひくものばかりがあるらしく、あれこれ話題が飛んでついていくのが大変だ。


「そうだよ。それもおじいちゃんから教えてもらったの?」

「うん! あとね、学校の用務員のおじさんも、これ、ネコって言ってた!」

「ああ、なるほどね。花壇かだんのお世話で使ってるのかな」

「そうだよー! お花の肥料、あれ使えないのかな?」


 コンテナをさして首をかしげる。


「どうかなあ……お花には栄養がありすぎるかもね。ほら、お花専用の肥料があるわけだし」

「そっかー」


 嘘を教えていませんように!と心の中でつぶやいた。子供達は私と一緒に厩舎きゅうしゃへと戻る。


「みんな、今日はお馬さんに乗るの?」

「「「「乗るー!」」」」

「そっか」


 その中の一人が、もじもじしながら私のそでを引っ張った。


「乗るの、こわくない?」

「ん?」

「お馬さん、大きいし、高いやん? こわくない?」

「初めて乗った時は怖かったかな。でも、係の人が手綱たづなをちゃんと持っていてくれたから、だいじょうぶだったよ?」

「おまわりさん、ここで初めて乗ったんじゃないの?」

「お馬さんが好きでね。警察官になる前に、市内の乗馬クラブで乗ってたの」


 私の答えに「へぇぇぇぇ」という声があがる。


「みんなは初めて?」

「「「「はじめてー!!」」」」

「じゃあ今日は楽しんでいってね」

「「「「はーい!!」」」」


 先生に呼ばれ、子供達は走っていった。


「ふう、やれやれ」

「お客さんとのふれあいご苦労さん」

「小さい子って面白いですね」


 土屋つちやさんと先生につれられて厩舎きゅうしゃを出ていく、子供達の背中を見送りながらつぶやく。


「なにかおもしろいことでも?」」

「子供達、丹波のうんちに興味津々きょうみしんしんだったんですよ」


 よりによってうんちですよと笑ってみせた。


「良いんじゃないかな。かっこいいだけじゃなく、そういう作業もあるんだってことを知ってもらえて」

「それはそうなんですけど、めちゃくちゃ喜んじゃって。予想外にうんちがバカ受けでビックリです」

「子供って、そういうのが好きだからねえ」


 先輩は遠い目をして笑う。


牧野まきの先輩もそうだったんですか?」

「小学校の時なんて、登下校中に犬のフンを見つけたら、そりゃもう大騒ぎだったな」

「あー……男子ってそういうの好きですもんねえ……」


 私もつられて遠い目になった。


「いや、女子もだろ?」

「え? 女子はそんなもの好きじゃないですよ。そういうので喜んで騒ぐのは、たいてい男子です」

「そうかなあ」

「そうですよ。先輩、その様子だともしかして、うんち持って女子を追いかける悪ガキだったクチですか?」


 ちょっとだけ冷たい視線を向ける。


「そんなことはしてないけど……してないと思う……?」

「なぜ疑問形」

「なんせもう三十年近く前のことだし」

「そういうのって、やられたほうは死ぬまで覚えてますけどね」

「そうなのか……」


 掃除道具を片づけていると、出入り口からひょっこりと女の子がこっちをのぞいているのに気づいた。あの顔はたしか、さっき馬に乗ることを心配していた子だ。


「どうしたの? もしかしてトイレをさがしてる?」


 私の質問に首を横にふる。


「そっちに行ってもだいじょうぶ?」


 その子は、もじもじしながら口を開いた。


「良いけど、先生に言ってきた?」

「トイレしたいって言ってきた」

「まさかの、おさぼりですかね」

「さて、どうかな? いいよ、入っておいで」


 先輩はにっこりとほほ笑んで手招きをした。その子は私達の前までくると、馬房ばぼうにいる丹波に目を向ける。


「この子はあっちに行かないの?」

「この子はねー、新しく来たばかりだから、これから訓練をしなきゃいけないんだよ。だから皆がいる間は、こっちでお留守番なの」

「へー……そうなんだー」


 そう言いながら丹波の顔をのぞきこんだ。だが丹波は知らんぷりだ。


「まっくろなんだね。うちにも黒猫がいるよ。名前はね、黒豆っていうの」


 きっとお節料理の黒豆のような、ツヤツヤの毛並みなんだろうなと想像する。


「この子は丹波って名前だよ」

「この丹波号はね、こちらの婦警さんと一緒に訓練を始めるんだ。この婦警さんも丹波と同じで新人。つまり騎馬隊の一年生だね」


 先輩の説明に、その子の目が私に向けられた。


「お馬さんと同級生なんだね」

「そうなの。どっちも一年生なの」

「いつになったら、この子に乗れるようになるの?」


 その質問の答えは難しい。それこそ馬しだい、私しだいなのだから。


「一ヶ月か二ヶ月か、馬と婦警さんの頑張りしだいかな」

「騎馬隊のお仕事するようになったら、また会いたいなー」

「その時はまたおいで。お仕事ができるようになったら、騎馬隊のホームページに名前が載るから。学校の見学じゃない場合は、府警の広報から申し込むと見学に来られるからね」

「たのしみにしてる!」


 そう言うと、長いトイレだとうんち?て男子が言うの!と少しだけ腹立たし気に言い、お馬さんもおまわりさんもがんばってねと言い残して走っていった。


「もしかして丹波号ファンの第1号とか?」

「かもね」

「丹波くーん、すごいじゃん。もうファンができたよ?」


 鼻づらをなでながら言うと、丹波はうるさいと言いたげプルルと鼻を鳴らした。

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