第七話 新しいお馬さんがやってきた 2

「みごとな黒駒くろこまですね」

「でしょう? ほんと、見た目も血筋も良いんですけどねえ……何がいけなかったのか」


 その言葉に気を悪くしたのか、丹波たんば号はブルルッと鼻を鳴らす。


「ツヤツヤですねえ」

「そりゃまあ、ここに来るにあたり、念入りにブラッシングをしたので」


 毛並みはツヤツヤで、お日様があたっているところが黒光りしてとてもキレイだ。


「このツヤツヤ感、丹波の黒豆というより、おせち料理の黒豆ですよね。あと、烏羽玉うばたま?」

「おいおい、せっかく丹波って書いたんだから、そのままでいてくれよ? それと烏羽玉うばたま号なんて、絶対に俺は書かないからな?」

「そこまで非常識じゃないですよ、私」

馬越まごしさん、朝ごはん食べてきた?」

「食べてきましたよ、失礼な。でも、甘いモノは別腹なのは本当です」


 ヒソヒソと言葉をかわしながら、ひじでお互いをつつき合う。


「あいさつしてやってください」

「担当筆頭は馬越さんだから、挨拶は馬越さんが最初にどうぞ」


 牧野まきの先輩と水野みずのさんが一歩下がった。


「え? 私があいさつですか? どうやるんですか?」

「特に言わなきゃいけないこととか決まってるわけじゃないけど。そもそも、相手に通じるかどうか」

「そうなんですか」


 元はノラだった我が家の猫がやってきた時、いきなり手を出したらシャーと言われたことを思い出す。いきなりナデナデはダメだろうか。隊長なら平気そうだけど、私はやめておいた方が良いかもしれない。そんなことを考えつつ、首をかしげながら丹波号の前に立った。


「あーえー……君の担当騎手になる予定の、馬越ふみ巡査です。こちらは同じく担当騎手予定の、牧野巡査部長。そしてこちらは、君の先輩馬である音羽おとわ号の騎手の、水野警部補です。まずは三人、よろしくおねがいしますね」


 帽子をとって、あいさつをする。


「あの、こんな感じでどうでしょう?」

「良いんじゃないのかな。俺達もまとめて紹介してもらえて良かった」


 後ろで二人がうなづいている気配が伝わってきた。


「ああ、そうそう。今日から君は、ブラックラッキースターではなく、丹波たんばという名前になります。早く覚えてね」


 丹波号はジッと私を見つめていたが、なにを思ったのかブルルッと鼻を鳴らし、いきなり帽子を奪った。


「あ、私の帽子をかじらないで!」


 しばらくツバの部分をハミハミして、それから私の頭の上に乗せる。自分が噛んでいたモノが、人間が頭にかぶるものだと理解しているらしい。賢い! 賢いならついでに「噛むものではない」と理解してほしかった!


「なかなか場をわきまえてるな、丹波。俺、ここの段階で、音羽に噛まれたからな」

「そうでしたね。それを考えると、なかなか幸先さいさきのいいスタートなのでは?」

「なでたいです」

「どうぞー。今の様子からすると、問題ないと思いますよ」


 職員さんの許可を得て、丹波号に近寄って手をのばした。念入りにブラッシングされているせいもあり、手触りも素晴らしく良い。


「わー、見た目だけじゃなく触った感じもツヤツヤですねー」


 我を忘れて撫でまわしていると、丹波が鼻をならし顔をこっちに近づけてくる。その顔は「なにしてるの、お前」と言いたげだ。


「困惑してるな」

「ですねー。こんな顔するの初めてです」

「牧野の時のにらみ合いも笑ったけど、馬越さんのこれもなかなかだね」


 男連中は呑気に笑った。そこへ隊長がやって来る。


「あ、おはようございます、成瀬なるせ隊長」

「おはようございます。運搬ご苦労様でした」


 そう言いながらも隊長の目は、しっかりと丹波に向けられていた。


「どうだ、馬越。うまく付き合っていけそうか?」

「今のところは」

「そうか。牧野はどうだ?」

「調教をしていくうちに、こいつがどんな性格かはっきりすると思いますが、今のところは問題なしかと」

「噛みませんでしたからね、こいつ」


 水野さんの言葉に隊長が笑う。


「あれはなかなかインパクトのある対面だったな。さて、では記念撮影をしてから厩舎きゅうしゃにつれていくか」

「調教はいつから始めるんですか?」

「今日からと言いたいところだが、今日は小さいお客さん達が来るからな。万が一のことを考えて、明日からにしようと思う。そのうちお客さんの接待もさせるが、今日は二人でかまってやってくれ」

「了解しました」


 隊長は府警の広報さんをつれてきていた。私達と丹波号、そして入隊しましたという看板と名前の額縁をならべ、写真を撮ってもらう。


「今日中には騎馬隊本部のホームページに写真をのせますね」

「お願いします」


「今日は自分も残りますので、こいつについて質問があったら聞いてください。あ、もちろん他の馬についての質問も、わかる範囲で受け付けます」


 丹波にとっては初めての場所。厩務員きゅうむいんさんはそれなりに遅い時間までいてくれるけど、知らない場所で知らない人ばかりに囲まれると、どんな馬でも落ち着かないことが多い。そういうこともあり、本部に来てから丸一日は、顔なじみの職員さんが残ってくれるのだ。その馬の性格によっては、馬房ばぼうで一泊することもあるらしい。


「助かります。他の隊員にも伝えておきますので、なにかあったらよろしくお願いします」


 隊長がそう言って頭をさげた。そして丹波号のそばに立つ。


「ふむ。なかなかいいつらがまえをしているな。黒駒くろこまがここにくるのは初めてじゃないか?」

「かもしれないですね」


 隊長は早々に鼻面をなでた。丹波号は「誰、このおじさん?!」という顔つきもせず、おとなしくなでられている。


「さすが隊長。丹波、さっきの時と態度がまったく違いますよ。もしかしたら隊長、ニンジン体質なのかも」

「なんだそりゃ」


 丹波をなでながらこっちに振り返る。


「うちの母が言ってるんです。猫に異様に好かれる人はマタタビ体質って。隊長の場合は馬に好かれているので、ニンジン体質ではないかと」

「ニンジン体質とは初耳だな。というか、特に変わった様子はないぞ?」

「だからですよ。私の時は誰やこいつって顔されました。しかも帽子もとられましたし」

「一発目に噛まれるより良いじゃないか」


 水野さんがぼそぼそ言った。


「水野、こいつにあいさつをしたらどうだ?」

「また噛まれたら、今度こそ伝説になるのでイヤです」


 真顔だ。どうやら本気でそう思っているらしい。


「それより牧野が先でしょ、あいさつ」

「俺はさっき、馬越さんにまとめて紹介してもらったんだけどな……」


 そんなことを言いつつ、丹波号に近づく。


「にらめっこするのか?」

「しませんよ。あの時は比叡ひえいが偉そうな態度だったから、最初にどっちが偉いか分からせただけです」

「まったく白バイ野郎っていうのは」

「白バイは関係ないでしょ」


 そう言ってから丹後の鼻面に手をやる。


「こいつは、俺よりも馬越さんとの相性が大事でしょう。新人同士を組ませての育成ですから」

「まあな」


 ブルルッと鼻を鳴らした丹波号、今度はなんと先輩の帽子をとりあげた。


「あ、やられた」

「あー……もしかして」


 ある考えがひらめく。


「今のは、顔が見えなかったからじゃないですかね。ほら、先輩の顔をジッと見てますし」

「でもさっきは、帽子をぬいでた馬越さんからもとってたろ?」

「だから、私があいさつの時にぬいだから、先輩の帽子もとってもらおうとしたんじゃ?」

「あー、なるほど。と言うことは、こいつ、人の顔をしっかり覚えることができるヤツなんだな」


 先輩がえらいえらいと頭をなでると、満足したのか帽子を先輩の頭の上に乗せた。


「こうやって見てると、騎馬隊の馬にしておくのもったいないな。いろいろと芸を覚えそうじゃないか、こいつ」

「ダメですよ、そんな動物ショーみたいなの。丹波は私と一緒に、立派な騎馬隊の一員になるんですから」


 水野さんの言葉をすかさず全否定する。


「そう? なかなか面白いと思うんだけどな」

「だーめーでーすー」

「ああ、忘れるところでした。ちょっと待っててください」


 牧場の人は運転手さんに声をかけ、トラックの中からプラスチック製のバケツを持ってきた。


「これ、こいつが今日の朝まで食べていたエサです。特に好き嫌いはないんですが、なにかあった時のための参考程度に持ってきました」

「丹波にとってはオフクロの味的な」

「俺は男なのでオヤジの味ですけどねー」


 そんなわけで、新人の馬と人が騎馬隊本部にそろった。明日から訓練開始だ。

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