こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです

鏡野ゆう

第一部 人も馬も新入隊員

第一話 馬越巡査、騎馬隊所属となる

「ああああ、本当にお馬さんがいる!」


 警察学校を卒業して初めての出勤日。直属の上司となる騎馬隊隊長の成瀬なるせ警部につれられ、騎馬隊本部のある厩舎きゅうしゃにやってきた。写真やイベントでしか見たことのない馬たちが、顔を出してこちらをうかがっている。


―― あああああ、かわいい!! かわいすぎる、お馬ちゃんっっっっ!! ――


 馬たちを見て「うふふ」と浮かれた私の態度に、警部がため息をつくのが聞こえた。


「そりゃいるだろ、騎馬隊の厩舎きゅうしゃなんだから。まさか府警うちが偽情報を流していたとでも?」

「そうは思いませんが、いざ直接この目で馬を見ると、感激もひとしおです!」

「こんなに感激する新入りも珍しいな」

「そうなんですか? なんてもったいない!」


 騎馬隊の主だった任務は、地域での交通安全啓もう活動だ。いわば警察の広報担当のようなもの。それもあり、騎馬隊の隊員はいろんな部署で経験をつんだベテランが多い。だが最近は私のように、騎馬隊を目指して採用試験を受ける人間も、増えているらしい。


「君の様子からして、隊員達に紹介する前に、馬たちを紹介したほうが良さそうだな」

「是非ともお願いします!!」

「じゃあ、ついてきなさい。ただし、厩舎きゅうしゃの中では騒がないようにな。君は馬たちにとってまだ見知らぬ人間だし、調教を終えているとは言え、それなりに神経質な性格の馬もいるから」

「わかりました!」


 厩舎きゅうしゃに入ると、手前からそれぞれ名前と共に馬たちを紹介される。警部は馬を私に紹介しながら、それぞれに声をかけ鼻面をなでた。どの馬もおとなしくなでられているところを見ると、警部は馬たちにとても信頼されているらしい。さすが騎馬隊の隊長だ。


「実は明日、新しい馬がやってくる」

「そうなんですか?」


 昨年までは十頭の馬がいたとのことだったが、年末に一頭が高齢のために引退したんだとか。そしてその補充として、新しい馬がやってくることになったのだそうだ。


「うちとしては新しい試みだが、今年度は人間と馬、それぞれ新人同士を組ませて一から教育していく予定だ。つまり、君がその馬の担当になる。もちろん君一人にすべてを任せるわけじゃないから、そこは安心してほしい……」


 警部は私の顔を見ると苦笑いをする。


「?」

「心配している顔じゃないな」

「え?」


 警部の人差し指が私に向けられた。


「目をキラキラさせて喜んでいるが、君は本来あるべき警察官としての経験値が、他の騎馬隊員に比べて圧倒的に足りない。その分はここでの訓練のあいまに、それぞれの部署での研修で補ってもらうことになる。しばらくはかなりヘビーな毎日になるだろう。その覚悟はできているか?」

「もちろんです! ……多分ですけど」

「正直で大変よろしい」


 警部は笑って私の肩をたたくと、そのまま厩舎きゅうしゃを出た。出たところに、整列している人達がいるのが見えた。騎馬隊に所属する人達だ。ここには、馬に乗る警察官だけではなく、厩舎きゅうしゃの維持のために働く職員達もいる。その中に白衣を着ている人もいた。馬のお医者さんか人間のお医者さんか、どちらだろう。


「みんな、おはよう。朝から集まってもらったのは、新しく騎馬隊に入る『人間』を紹介するためだ。『馬』のほうは明日あらためてする」


 そう言うと警部は私の肩に手を置いた。


「今年度より我が騎馬隊に配属となった、馬越まごしふみ巡査だ。本来ならば経験をつんだ人間が配属されてくるのだが、今年度は新しい試みとしての新人登用だ。ここにいる面々は、様々な部署で経験をつんできた警察官の先輩でもある。騎馬隊のことだけではなく、警察官としてのイロハも機会があれば教えてやって欲しい。では馬越巡査、自己紹介を」


 前に押し出される。


「今年度より騎馬隊に配属されることになりました、馬越です。よろしくお願いします! あ、馬越のまは、もちろん馬です!」


 私がそう付け加えると、その場に集まっていた先輩達が妙な顔をする。


「もちろん、うま……」

「まさかの馬つながり、とか……?」


 そしていっせいに警部に視線を向けた。


「言っておくが、苗字で配属が決まったわけではないぞ。少なくとも俺は、そんな話は聞いていない」


 その場の全員が「ふぅ~ん?」と胡散臭うさんくさげな声をあげる。


「あの、まさか本当に私は、馬つながりで騎馬隊に採用されたんですか?」


 熱意が伝わっての配属だと思っていたのにショックなんですが!と警部の顔を見あげた。


「そんなわけないだろ。俺は馬越が面接で、熱心に馬の話ばかりしていたからだと聞いている」

「けど珍しいよね。馬好きで騎馬隊の話ばかりすると、逆に違うところに飛ばされるパターンが多かったのに。あ、私、ここで人と馬両方の健康管理を任されている井上いのうえです、よろしく。ちなみに私は警察官じゃないので、そっち系のイロハ質問はしないでね」


 白衣の人が口をひらいた。厩舎きゅうしゃがあるここにいるということは、ああは言ったものの『馬』がメインの獣医さんだと思われる。


「だから新しい試みだと言ってるだろ。配属されてくるなら、馬が嫌いより好きな人間のほうが良いに決まっている」

「あのー、お言葉ですが」


 警部の言葉に手をあげる人が一人。


「俺は馬、そこまで好きじゃありませんでしたよ。最初にここに来た時は泣きそうでした。噛まれるし噛まれるし噛まれるし」

「ここに来てしばらくは、噛まれてばっかやったもんな、水野みずのさん」

「髪もむしられたしなー」

「だから、今年からの話だと言っているだろう。それと噛まれるぐらいなんだ。蹴られたり振り落とされたりするよりマシだろうが」


 どうやら馬に、蹴られた人や振り落とされた人もいるようだ。もともと競馬界から引退した馬は、神経質で難しい性格の子が多いと聞く。騎馬隊は広報活動で人と接することも多い。人に慣れるまでは大変そうだ。


「そして馬越、新しくやってくる馬の担当をするもう一人の隊員を紹介しておく」


 警部が話す前に、一人の隊員が一歩前に出た。


「どうも、牧野まきのです。ちなみに元白バイ隊員なので、馬越さんに教えることはあまりないと思います。以上です」

「勝手に話を終わらせるな、牧野」


 警部に言われ、その人は困惑した表情を浮かべる。


「え、いや、井上さんがしたから俺も良いのかなと思って」

「牧野は、年末に引退した馬に乗っていた騎馬隊員だ。白バイのことはともかく、騎馬隊員としての経験は馬越よりもあるから、そちらのアドバイスは積極的に受けるように。牧野もわかったな? 騎馬隊員として、ちゃんと後輩の教育はするように」

「よろしくお願いします!」


 私にとっては、これから一番近い存在となる先輩騎馬隊員だ。深々と頭をさげた。


「俺も、騎馬隊員としてはベテランというほどでもないんですが、お互いに頑張りましょう、馬越さん」

「こちらこそよろしくお願いします、牧野先輩!」

「先輩……」

「え、先輩呼びはダメですか?」

「いやまあ、好きに呼んでもらったら良いんだけど」


 ますます困惑した表情になる。


「とりあえず牧野と馬越、最初の共同作業は明日くる馬の受け入れ準備と、新しい名前を考えることだな。よろしく頼むぞ。では解散!」


 その場にいた全員がそれぞれ散らばった。


「じゃあ馬越さん、まずはロッカーに案内するね」

「はい」


 牧野さんと一緒に厩舎きゅうしゃ横にある建物に入る。


「基本ここが俺達の仕事場所になる。食堂以外は男性用女性用にすべてわかれていて、女性ロッカーはあっち。名前が書かれているロッカーがあると思うので、そこを使ってください」

「わかりました。すぐに準備してきます」

「今日はまだ馬も到着しないので、そこまで急がなくても大丈夫だから」


 そうは言われても、待たれているのだからノンビリ準備をするわけにもいかない。可能な限り迅速に着替えると、牧野さんが待っている場所に戻った。


「お待たせしました!」

「……急がなくても良いと言ったのに」


 廊下の長椅子に座っていた牧野さんが顔をあげた。


「着替えるだけですから、そこまで時間はかかりませんよ」

「まあ、そうなんだけどね。ああ、これ、帽子。いま届いたでき立てのほやほやってやつ」


 手渡されたのは、騎馬隊のエンブレムの入ったキャップだった。


「これで馬越さんも、正真正銘の騎馬隊の一員だね。ようこそ、我が騎馬隊へ」


 さっそくキャップをかぶり牧野先輩を見あげると、ニカッと笑ってみせた。

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