第2話 父帰る

 私は人生に絶望しながらも、日々学校に通っていた。学校に行かないと給食が食べられないからという理由もあった。そのうち、母が迎えに来てくれるんじゃないか。毎日、そう思いながら生きていた。


 その頃の私が逃げ込んだのは、ヤンキーのグループではなく、妄想の世界だった。少女漫画のように素敵な王子様が現れて、私を夢の世界に連れて行ってくれる。そう思うことで現実をやり過ごそうとしていた。私は想像力豊かで、意外と効果があったと思う。お陰で病むことはなかった。


 ある日、家に帰ったら、玄関の鍵が開いていた。

 怖かったけど、他に行くところがないから、恐る恐る引き戸を開けた。

 すると、土間に革靴が脱いであった。男の人の靴だった。今まで男の人が母を訪ねて来たことはあったが、私は今は一人暮らしだ。


 畳敷きの狭い居間には知らない男の人が座っていた。テーブルには灰皿が出してあって、それまでタバコを吸っていたようだ。私は怖くて何も言えなかった。

「比美子か?」

 私は頷いた。誰だろう・・・。まったくわからなかった。

「大きくなったな。お父さんだよ」

「え?」

 お父さんは事故で死んだと聞かされていたのに、本当は生きていたんだろうか。

「今まで会えなくてごめんな」

 私は固まってしまって何も答えられなかった。

「お父さんとお母さんが離婚して、お前も苦労しただろう。こんな狭い家に住んで。お母さんはどうした?」

「今、出かけてる」

 私はとっさに母を庇った。

「お母さん、何か仕事してるか?」

「うん。水商売」

「ふうん。やっぱりそうか」

「今、仕事行ってるのか?」

「うん」

「座れ。お土産買って来たぞ」


 そう言って、お父さんは私に箱を渡してくれた。かわいいラッピングがされていて、ギフト用のシールが貼ってあった。今までそんなものをもらったことはなかったから、すごく嬉しかった。

「開けてみろ」

 私はワクワクしながらラッピングを剥がした。その紙も捨てるなんて考えもせず、シワにならないようにきれいに取った。お店の人の包装はすごく上手で、きれいに箱型になっているのに、折り目をつけるのが残念だった記憶がある。


 中には白い紙の箱が入っていて、中身は犬のぬいぐるみだった。白くてフワフワでかわいかった。

「ありがとう」

 私はやっとお礼が言えた。

 父と言っても、全く知らない人のようだった。親近感はまるで感じなかったし、異性でもあるから怖かった。


「お父さん、しばらくここにいるからな」

「うん」

 私はもう一人で住まなくていいという安心感でほっとした。一人暮らしは、正直心ぼそくて、毎日泣きたいくらいだったのだ。


 

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