【1】

 少女は目を開けた。


 壁も床も天井も、すべてがまっしろな部屋だった。

 大きさは、どの壁からどの壁まで歩いても、少女の足で15歩。

 つまり、完璧に正方形の部屋。

 もうずいぶん長いこと、彼女の世界はこの部屋だけで完結していた。

 弱々しく瞬く天井の白灯と、時々恐ろしい音で鳴る通風口と、寝床がわりの粗末なマットのほかには、何もない。

 身につけているのは、ぼろぼろの白い服だけ。


 床には、いくつもの小さな白い「箱」が、乱雑に散らばっていた。

 それらは、ゆがみ顔が彼女をこの部屋に閉じ込めた時に一緒に置いて行ったもので、中には少女の飢えを満たすための食べ物や水が入っていた。

 ゆがみ顔はここで自分を飼いならす気なのだと、少女にはわかっていたから、最初は手を付けなかった。だが、空腹には逆らえなかった。

 それらは、これまで相当程度、少女の命を繋いできた。

 しかしながら、今はもう、どの箱も空っぽだった。

 それが、少女がここを出る決意をした理由のひとつだった。

 もう長いこと、何も口にしていない。

 飢餓が、ただでさえ細いその身体を限界まで苛んでいた。


 部屋には、「ドア」が4つあった。

 少女を囲むように、正面、背後、右手、左手、つまり部屋の四方に、黒いドアがある。

 部屋全体が白いため、4つのドアはさながら世界に開いた穴、あるいは穿たれた楔のように、異様な存在感を放っていた。

 それらのいずれか、あるいはすべてが、「出口」に通じているのかもしれないと、少女は何度も考えたことがある。

 しかし、今まで一度も、いずれのドアにも指さえ触れたことがなかった。

 絶対にここから出てはならない、とゆがみ顔が命じたからだ。

 少女は心の底から、ゆがみ顔をおそれていた。

 ドアを開けたら、それがどのドアであれ、とてもおそろしいことが起きる気がしていた。

 ゆがみ顔は、自分を常に監視していて、どのドアにも罠を仕掛けておき、自分がいずれかのドアを開けるのを舌なめずりして待っているような、そんな気がしてならなかった。

 しかし今は、勇気を振り絞るべき時だ。

 

 少女は目をつむり、両腕を広げ、ぎこちないバレリーナのように、身体を回転させた。

 くるくる。くるり。

 暗闇が、少女の運命をかきまぜ、未来をいざなった。

 回転を止め、目蓋を開けた時、その方向にあるドアを、少女は選んだ。

 飾り気のない無表情の漆黒の平面が少女を見つめる。

 細い腕がこわごわと伸ばされ、さび色のドアレバーを片手で握った。

 思い切って力を込めると、ゴトリという重たげな金属の響きとともに、ドアは開いた。

 同時に、悪夢が音もなく吹き出したように、少女は感じた。


 ドアの向こうには、白い部屋があった。

 少女はぽかんとした。

 そこは、今まで自分がいた部屋とまったく同じ間取りであり、大きさだった。

 ちらちら瞬く白灯も、通風口の位置も、すべてが一緒だった。

 そして、たった今開けたドアを含めて、4つのドアが、やはり4方向にあった。

 違うのは、床に白い箱やマットがないこと。生活の痕跡がまったくないことだった。

 部屋の作りは完全に同じだが、ここには、誰かがいた形跡だけがない。

 押さえていたドアを離すと、それは重々しい音を立てながら、ひとりでに閉まった。

 耳が痛くなるような静寂が満ちた。


 しばらく迷った末、少女は直感に従って、部屋を横切り、正面にあるドアに近づいた。

 冷たく光るレバーを握った。

 最初のドアに触れる時よりも、振り絞る勇気は少なくて済んだ。

 しかし、レバーは動かなかった。どれだけ力を込めても、びくともしない。

 このドアは開かないようだ。

 では、残り2つのドアは?

 少女は身を翻して、今度は左手側のドアに近付いた。

 レバーを握り、ぐっと押し下げる。

 ゴトリという音を立てて、ドアは開いた。

 少女は安堵した。部屋のすべてのドアが開かなかったらどうしよう、と考えていたのだ。

 だが、安心して無警戒に一歩足を進めたその瞬間だった。

 少女は激痛に貫かれた。

 自分の右肩から先がなくなっていることに気づくまでに、少しかかった。

 全身が脈打ち、壁や床や天井にまで、凄まじい勢いで血液がほとばしった。

 少女はよろめき、倒れ、自分の血だまりの中で長いこともがき、やがて失血と激痛によって気絶し、そのまま二度と目覚めなかった。

 ドアの裏に仕掛けられた何らかの罠が作動したらしいと、彼女は最後の意識で思った。

 少女は死んだ。

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