第45話「君たちならできる」

「だめ……!」


 ヒガさんのもとに駆け寄ると、身体中から血を流している先生が横たわっていた。いつも力に溢れていた瞳からはもうそれはほとんど感じることができず、淀み始めている。


「せん……せい……」

「……マジか」


 俺に続いてダーケさん、ラドルさんが近づいた。二人とも言葉が出ない様子だった。


「君たち……敵は倒したのかい?」


 先生は、掠れる声で聞く。ヒガさんは泣くばかりで、答えられそうにない。


「は……はい……っ! 撤退したみたいです」

「そうか……よくやったね……」


 ヒガさんの代わりに答えると、酷く嬉しそうに笑う。


「冒険者になって、世界を旅しなさい。そして……アイツらを撃退した君たちなら……」

「……せんせい?」


 瞳は閉じられ、紡がれようとした言葉はあっけなく途絶える。予想した先の言葉はくうへと消えた。


「……」

「……っ、だれか! 誰かいないのか!? 蘇生……強力な回復でもいいっ! 魔法を……っ!」

「無理だな」


 間をおき慌てて救援を探そうとする俺を、ラドルさんの無慈悲な一言が遮った。


「オレもヒガ見てェな魔法主体で戦うからわなる。今この場において、センセーを助ける術は……ない」

「ふざっけんなよ! 諦めなければ! きっと助かるだろ!!」

「それは生きてる奴に限った話だ。死んでる奴のことを指した話じゃない」

「先生は……っ、先生は!」


 ふざけるな! 叫びながらラドルの胸ぐらを掴む。

 先生はまだ助かるかもしれない。俺たちじゃ無理でも、Sランクの冒険者、あるいはそれに匹敵する才能を持つ人、治癒者なら!


「……もういいわよ、メズくん」

「ヒガさん……? なんで」

「偉大なる魔法使いの家系、メラニアン家の御息女がそう言っているのだから、間違いはないでしょう」

「は……?」


 先ほどまでの慌てぶりとは打って変わって、ヒガさんは冷静に言葉を放つ。


「俺は! 先生に命を救われた! 助けてもらった! それなのに! それなのに先生を助けられなかった! このままじゃ、恩を返せない!」

「……お前の等級ランクはいくつだ?」


 言葉を遮って、ラドルが聞く。声を荒げる俺とは違い、淡々と告げるように。


「……ギルド基準で考えるなら、Dだ」


 まだ冒険者見習い、ということで等級ランクが割り当てられている訳ではないが、冒険者育成学校を卒業した時点で最低でもDとされる。


「Sランク冒険者を、たかだかDランクの冒険者が助けられると思うなよ」

「……」


 返す言葉が……出ない。考えなくてもわかることだ。SランクとDランクじゃ、天と地はどの差がある。共闘したら、助けるどころか足手纏いになるレベルだ。


「きっとセンセーだって、オレたちがこうして争うより、誰か他の……助けられる人を助けることを願ってる」

「そう、か……」


 ラドルの言葉は的を射ていて、間違いなんて見当たらなかった。圧倒的に正しかった。


「ダーケちゃん。先生の……遺体、運んでくれる?」

「ヒガちゃん……。わかった」


 ダーケさんがユレイン先生を担ぎ、そのそばをヒガさんが歩く。完全にダーケさんに体を預け切っているその背中からは、生気を一切感じさせてくれない。


「バルカ」

「あん?」

「今回のことが片付いてからでいい。警察隊ポリス騎士団ナイツから取り調べやらなんやらがあるだろうから。それが片付く頃、来月には卒業試験がある。予定通りになるかはわからないけど……それを四人で受けよう」

「は? おいおいおい、マジか」

「先生が遺した言葉だ。四人でパーティを組むぞ」

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