第13話 黙れ黙れ黙れ黙れ!

  12:10 2F 渡り廊下~別館


「さっさと歩けよ馬鹿アイドル」

 赤マフラーの少女がミオの尻を蹴飛ばす。


 ミオは両手を上げ、狭い廊下歩いていた。

 マフラーの少女は意地悪く背中に銃口を突き付ける。わざと背骨や肩甲骨に当たる痛い所ばかりを押していた。

 Aスタジオから十数名が連れ出され、どこかに向かって歩かされている。全員が女性。

 何も説明されずに連れ出された。


 その時、マフラーの少女はインカムに指を置き「何ソレ、ガッカリなんだけどっ」と不服そうに顔を歪めた。

 マフラーの少女がスマートフォンを見る。

「マジだ。電波復活してんじゃん。って事は、ジャミング電波を解除したってワケか」

 舌打ちしてミオを一瞥する少女。

「命拾いしたな馬鹿アイドル。瑚都様の命令で、十二時の浄化は中止だってさ」

 微かな安堵がこぼれる人質たち。

 それを見て赤マフラーの少女は舌打ちする。

「つまんね。十二時になったら、アタシが浄化しようって思ってたのに。あー、つまんね」

 赤マフラーの少女は八つ当たりなのか、ミオの背骨を銃口でゴリゴリ押した。


 やがて渡り廊下に出された。

 十二月の寒風が容赦なく突き刺さる。建物の周囲には大勢の警察官が待機していた。

 しかし少女たちの武装を前に、まだ突入できない。


 渡り廊下を抜け、別館に到着した。

「じゃあ手分けして、運べる物から運んどいてー」

 別館二階の社員食堂だ。

 赤マフラーの少女が面倒そうに指示を出すと、他の制服少女たちが台車を女性たちに押し付けた。食料を運べ、という意味だ。

 食堂には誰もいない。新築の小ぎれいな内装に、白い大型の円卓が等間隔に並んでいる。

 人質たちは厨房に押し込まれる。

 業務用の大型冷蔵庫が何台も並んでいた。少女たちが中を開くが、容量の割に中身が少ない。

「瑚都様のおっしゃった通りだ。やっぱ大した量がないわ」

 ミオたちは、少女たちの指示で冷蔵庫の中身を引っ張り出した。使いかけの冷凍エビフライや唐揚げが出てくる。

 赤マフラーの少女は凍った生パスタを摘まんで鼻を鳴らす。女性たちを見渡して指示を出した。

「オマエら、ここにある冷凍食品を調理してAスタジオに持って戻るよ」


 ミオたちはコンロで湯を沸かし、大鍋でパスタを茹でてゆく。

 冷凍ストッカーに三十人分の凍ったパスタが残っていたが、人質と武装グループ分には足りなかった。

 籠城を続けるのなら半日もしない内に食料が尽きてしまうのではないか。食料が尽きたら、口減らしが始まるのでないか。

 ミオは少ない食料を見て悪寒を覚えた。


 二十分程して、約五十人分の料理が出来上がった。

 解凍したピラフ、パスタ、ハンバーグなどを、それぞれ大鍋に入れて台車に乗せる。

「ああっ、瑚都様ぁ。アタシです、ヤスハでございますぅ!」

 赤マフラーの少女が黄色い声を上げた。インカムに話している。

「えっ。それは、ホントにおっしゃっております?」

 黒い瞳がぎょろりと人質を向いた。

 少女は「め、滅相もございません。反対など……決して」と言葉を詰まらせる。

 少女はインカムを切って人質たちに目を向けた。

「瑚都様からのお達しだ。オマエら、先に食べろってさ」

 少女は納得いかなそうに「その。報奨だって」と眉を顰めて続けた。

「調理に携わった奴には先に食事をする権利を与える。飲み物も与えてやるんだってさ」

 少女は手前の冷蔵庫を開ける。500mlのペットボトルが詰まっている。ミネラルウォーターに炭酸飲料。それも二十本ほどしかない。

「つまりオマエらは功労者って事、ご飯と水はご褒美って事」

 飲み物を見て、ミオの舌が乾いた。もう三時間近く水分を口にしていない。肉体的、精神的に消耗し、喉がカラカラだった。


 馬鹿アイドルッ、と少女がミネラルウォーターを投げ渡す。

 少女が「飲めよ」と促すなり、ミオはキャップを毟るように外し、飲み口に吸い付いた。

 冷たい水が舌から喉、胸から四肢まで染み渡る。

「ご飯も食べとけ。まだ長くなるかもなんだし」

 ミオたちは食器棚から皿を拝借して料理を盛り付ける。

 早朝から収録だったので、朝から何も食べていなかった。きまり悪そうに苦笑するマフラーの少女。少女が一瞬だけ良い人のように見えた。

「腹ペコが一番イケナイ事。瑚都様だけじゃなくて、私だって分かってる。私だって、ユーナだって、みんなそう」

 少女の目が寂しげに宙を泳ぐ。

 悲しそうな瞳が、不意にミオの胸を打った。


「あの、これ」

 ミオは小皿に取ったハンバーグをマフラーの少女に差し出した。

「あなたも、食べたら?」

 ミオは「置いておくね」と傍に小皿を置いた。しかし少女はハンバーグの皿を指先で押しのけた。

「肉、食べられないんだよ。嫌いなんだよ。肉は」

 俯いたまま呟いた少女。初めて聞いた弱い声色だ。

「とにかく肉はダメ。私もユーナも」

 少女は冷蔵庫から取り出したコーラをがぶ飲みした。ブレザーの袖で口を拭き、再び円卓に腰掛ける。

「ユーナって?」

「妹。いたでしょ、おどおどしたチビ」

 ベージュのカーディガンを羽織った中学生。内気な子だった、とミオは思い出した。

「肉なんて食べらんない。特に魚は絶対ダメ。ビンボー思い出して、吐きそう」

「貧乏?」

 聞き返すと、少女はかっと目を開いた。


「うぜえな馬鹿!」

 瞬時に抜いた拳銃を、ミオの眉間に突き付ける。


 円卓の皿が落ちて割れる。女性たちが悲鳴を上げると、他の少女たちも自動小銃を構えて警戒した。

 ミオは凍り付いて動けない。

「ああ? 仲良くなったつもり? 調子のんなよ」

 銃口を押し付けたままミオの頬をつねる。野良猫のようにぎらついた目に戻っていた。

「オマエみたいなヘラヘラしてる奴が大っ嫌いだ。ヘラヘラしてるだけで金もらって、何の苦労も分からずにご飯食べやがって……マジでぶっ殺してーんだよぉ!」

 声を裏返らせて怒鳴る少女。目に微かな涙を溜めていた。

「知ってんだぞ潮崎ミオ。オマエもフェミアの卒業生なんだってなあ。こーんな学費の高いガッコーに六年も通って、とんだお嬢様育ちじゃねーかよ!」

 フザケンナフザケンナフザケンナッ、と少女はミオの肩を揺さぶった。素肌に食い込んだ爪から少女の激情が流れ込む。

 聖フェミア女学院の出身という事に、なぜ怒るのか。

 たしかに学費が高い事でも有名な私学で、一般家庭の子供が通える学校ではない。

 しかしミオも少女も同じ学校ではないか。


「あなた、もしかして……?」


 そう訊いた途端、少女の目が血走った。

「黙れ黙れ黙れ黙れ!」

 少女が絶叫する。誰もが息を飲んで音を発さない。少女の荒い息遣いが食堂に響く。

「とにかく、テレビに出てるオマエらがムカつくんだ! だから全部ぶち壊しに来た!」

 少女はグリップを握り直し、再びミオに銃を向ける。

「おい、オマエは絶対にアタシが浄化するから。テレビの前で脳ミソぶちまけりゃー良いさ、バシャァーンってな」

 少女の目尻に涙が滲む。引き金に指は掛かっていなかった。

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