88.LOVE・NOTEの逆襲~記憶を消した状態で己の黒歴史と向き合った結果~


 私達は南に向かう事になった。

 でも具体的に南のどこを目指すのか聞いてみると「はっきりとは分からない」という答えが返ってくる。

 

「アリス様のゴーグルで見てみようよ。あれでニアミスは防げるはず」


「あ、はい。そうですね」


 私のゴーグルは魔力の流れを見る機能がついた魔道具だ。

 ベティが言った通り、あれなら元凶の居場所が見えるかもしれない。


「高い場所から見てみようぜ。その方が遠くまで見える」


「はい」

 

 教会の鐘楼に登り、遠くまで見渡せることを確認してからゴーグルをかけた。

 するとある一方向に異様に強い魔力の塊が存在しているのが見える。まるで山のようだ。

 あれだ。あれしかない。


「――あっちですね」


「俺にも見せて。――おう、あれだな。間違いない」


「私も見たい」


「俺も。――はは、相変わらずデタラメな大きさだな……」


 みんな一通り確認して、それから地図を広げて方向を確かめる。

 

「あの方向は……星が見えないから正確なところは分かりにくいけど、やっぱりステュアート公爵領の方角だよな。――ん? っていうかもしかしてリディルじゃないか? よりによってアイツの領地かよ。どんな偶然だっつの」


 ジョージの言葉にベティもテッドさんも「本当だ」と呟く。


「で、えーと……今何時くらいだ? ああ、もう夜か。ずっと暗いと時間の感覚がおかしくなるな。このまま出発したいけど――ベティ、魔力はまだ残ってるか?」


「残ってる、っていうか回復してきてるよ。アリス様の魔道具のおかげで」


「よし。それならなんとか行けるな。この村を出てからの役割を分担しよう。俺達が交代でアリス号を動かすんで、その間ベティとアリスも交代しながら視界に入った魔物を撃って撃って撃ちまくってくれ」


「倒しながら進むんですか?」


「ああ。少しでも力をつけておきたい。倒せばその分だけ強くなれるだろ。――俺達、ハヤトのよくわからん“音”の魔法を聴いてから上限が上がったんだ。まだまだ上に行ける」


 また“ハヤト”だ。

 それって、レベルの上限を引き上げたって事……だよね?

 本当に何者なのかしら。

 そもそも、音の魔法なんて聞いた事がないけど……。


 もしそんなものがあるなら、例えば『燃えろ』と言っただけで火の魔法が使えるようになったりしそうじゃない? 

 言葉の組み合わせによっては色んな魔法がさほど練習しなくても使えるようになったり。


 ――ん? それって文字で魔法を使う私達一族と似てる気がするね。


「おい、アリス。魔道具を頼めるか?」


 鐘楼の階段を下りながらジョージが言った。


「はい。どんなものが欲しいですか?」


「暗い場所でも周りが見えるようになるものが欲しい。このままだと視界が悪くて動きにくいからさ。そういうのって作れる?」

 

 暗視ゴーグルみたいな感じかな。

 確かに、日光が遮断されているこの状態だと人里離れた瞬間に真っ暗なところを進む羽目になるのだ。

 ランプなどを使ってもそこまで遠くまで照らせる訳ではないし……暗視ゴーグルがあれば安全性が飛躍的に増す。


「多分いけると思います。皆さんの防塵ゴーグルを私に貸して下さい。それを元に作ってみます」


「おう。んで、どこで作業する? あんまり人目につかない方が良いと思うんだけど、宿を借りるか?」


「うーん……すぐに出発するなら宿はもったいない気がします。アリス号は村の外ですか?」


「そうだけど」


「じゃあそこでやります」


「了解。その間、俺とテッドでアリス号の周囲を護衛しよう。ベティは村中から食料とか回復薬とかかき集めて来てくれ」


「はーい」


 あっという間に役割分担が進み、ベティは村の小さなアイテム屋さんへ向かって行った。

 私達は集落外れの木陰に置いてあったアリス号のところへ行き、魔道具の作成に入る。

 私がアリス号の屋根に登りぺたんと座ると、ジョージから「いやそこでやるのかよ」とツッコミが入った。


「中は狭くてやり辛そうなので」


「あー、まぁそれもそうか。カンテラも中で使うと危ないもんな」


「そういう事です。……では、始めます。出来たって言うまで後ろを向いていて下さいね」


「はいはい」


 くるっと背中を向けてお二人が見張りを始めると同時に、私は屋根の上にカンテラを置いてゴーグルやペンなどの道具を広げた。

 腕を組み、どのような術式が良いか考える。

 暗視ゴーグルと一言で言ってもその機能へアプローチする方法には何があるだろうか。


 光への感度を上げて視る方法がパッと思い浮かぶけど、それだと何かの拍子に強い光に当てられた時に危ない気がする。

 だったら――紫外線や赤外線で視るのはどうだろう。この闇魔法の雲の下でもいけるだろうか。

 そう思ってゴーグルに瞳のシンボルを描き、真下に“UV”と書いて丸で囲む。

 これは計算が要らない魔法陣方式。誰かが教えてくれたんだ。

 ――ん? それって、誰だっけ……。

 

 おかしい。

 さっきから腑に落ちないものを感じる。

 何か特定の事を考えようとすると頭がボーッとしてしまう。

 こんな大事な時にボケッとなんてしていられないのに。

 

 気を取り直して頭を魔道具の作成へと向ける。

 このゴーグル、きっと素材的にはそんなに魔力に強くないはずだ。元はただの防塵用でしかないのだから。

 魔法陣方式なら素材の方で出力を調整してくれると思うけれど、それでも――付与したい機能が素材のキャパシティを越えてしまえば魔道具化した時点で壊れてしまう。

 ここにあるゴーグルは三つ。予備はない。失敗出来ない状況だ。

 

 本当にこれで術式を付与してしまって良いのだろうか……。

 考えた末に、ここは慎重にいくべきだと思って先人の知恵を参照する事にした。

 お父様が貸してくれた、我が家の魔道具データが記録されたノート。

 ここに似たような機能が書かれていないだろうか。参考になるものがあればいいんだけど……。

 一見して何も書かれていないまっさらなノートへ、隠蔽を解除する魔法をかける。すると隠されていた文字がじわっと浮かび上がってきた。


「……あれ? 何、これ」


 表紙に~LOVE・NOTE~って書いてある。ハートマークつき。

 一族の秘密を記したノートにこんなふざけたタイトルをつけるなんて……お父様は何を考えているのかしら。

 開いてみると、どうにも様子がおかしい。素材や術式の事なんてひとつも書いてない。

 じゃあ何が書いてあるのかというと、どこかの浮かれた女が恋をした様子を痛々しいテンションで事細かに書き込んである。

 初めてあの人の手に触れたとか、寝癖を直すのにかこつけて髪に触っちゃったとか。ものすごくバカっぽくて恥ずかしい文章が綴られたそのノート、閉じなきゃいけないと思うのに何だか目を離す事が出来ない。

 誰が書いたのかしら。

――って、これ。


どう見ても私の字なんだけど。

 

私が、書いたの……?

 スープを作ったら喜んでくれたとか、冒険者登録をして郊外へ一緒に狩りへ出掛けたとか。

 幸せ一色の内容を読んでいるうちに、確かにそんな事があったような……と朧げに記憶が浮かんでくる。

 胸の奥にずきずきとした痛みを感じながら読み進めていくと、ある箇所で大事そうな筆致で書かれた恋のお相手の名前――"ハヤト"の文字があった。

 紙の上にぽたっと涙が落ちた。

 

「ハヤト……?」


 顔は思い出せない。でもここに書かれている内容は私にとって大切な思い出だと分かる。不思議な感覚。

 もっと思い出したい。そう思って次のページを開こうとした時、肌にピリッとしたものを感じて顔を上げた。

 これは魔物が出る直前に感じるやつだ。でも今回のは何かが違う。


 上空に浮かぶ真っ黒な魔力雲に亀裂が入り、隙間から星空が覗いた。

あれは――闇魔法に対抗する聖なる力だ。

 聖なる力が広い空の一面に走り、雲に攻撃を仕掛けている。

 だけど闇魔法も負けてはおらず、亀裂を埋めるかのように再び広がり始めた。

聖なる力と闇魔法、二つの強大な力がぶつかり合う。

 雲は渦巻き、空一面にピカッと稲妻が走って、少し遅れて轟音が鳴り響いた。


「な、なんだぁ!?」


 ジョージ達も驚いて上空を見上げ、稲妻が走る雲の隙間からわずかに覗く星空に気付き「女神様……?」と呟く。


「女神様!?」


「だってそうだろ!? あんな規模の事が出来るのなんて、女神様くらいしかいなくない!?」

 

 テッドさんとジョージが話すのを聞きながら上空の姿なき戦いを固唾を飲んで見守った。

 村の人達も異変に気付き、外に出てきて空を見上げている。

 村の中心部からざわつく気配を感じる。


「頑張れ……!」


 ジョージがそう呟くと同時に彼の真横に黒い魔物が現れた。ジョージは飛び退き、テッドさんが大剣で一刀両断する。


「あっぶねぇ! ビックリしたー!」


「油断してんじゃねーよ! 護衛中だろうが!」


「悪い悪い」


 轟音が響く中、再び近くから何かが出てくる気配がして身構える。

 私の目の前の空間が歪み、そこから白いものが現れてぼとりとアリス号の屋根の上に落ちた。


「……えっ?」


 魔物……じゃ、ない?


 何があったのか、既に満身創痍な白い梟が私の前に転がっている。

 梟に押されたペンやインクが転がり落ちて、黒い染みが地面に広がった。


 

 その白フクロウはところどころ体が欠けていて、控えめに言ってボロボロだった。だけど血などは一滴も流れていない。やはりただの動物では無いようだ。

 倒した方が良いのかなと思うけれど、力なく転がって目を閉じているところにトドメを刺すのはさすがにちょっと抵抗がある。

 それに、体が白い。

 この状況で白い体を持っている魔物なんて――。

 

「なんだ? その鳥。フクロウ?」


 ジョージが覗き込んできた。


「分かりませんけど……た、倒した方が良いのかしら」


「さぁ……。普通なら倒す一択だけど、こいつ体が白いんだな。何か訳がありそうな気がする」


「やっぱりそう思いますよね」

 

 困っていると、両腕いっぱいに荷物を抱えたベティが走って戻って来た。


「ちょっとぉー! 何事なの!? 空が大騒ぎしてると思ったらもう静かになってるんだけど」


「あ、本当だ」


 気付くと上空の稲妻は止んでいて、僅かに覗いていた星空は再び黒い雲の向こうに閉ざされてしまっている。

 いったい何だったんだろう……。

 そう思っていると今度は周囲に異変が起きた。周りの木や草が目に見える速さでしおれ始めたのだ。

 元々ここ数日の暗闇と低温で弱っていたのはあるけれどそれにしても急激な変化。

 まるで一斉に魂が抜けていくかのように、みるみるうちにしおれていく。


「えっ、やだ! なにこれ怖い! か、回復魔法を!」


 ベティが草木に対して回復魔法を放った。杖から光が二つ飛んで行き、一本の木に当たって幹をぼんやりと輝かせる。

 だけどさほど効果は無いようだ。光が消えても葉はくたっと萎れたまま。


「……あんまり効いてないんじゃないか?」


「うぅっ……。私、聖属性そこまで得意じゃないんだよー。知ってるでしょ?」


「私もやります」


 魔力の出力を多めにして回復魔法を放とうと右手を構える。

 回復魔法の大きな光が草木の茂みを照らし出した。その時――。


『う、うっ……』


 耳元で女の人が呻く声がして、びっくりしてぱっと振り返った。

 ……今の、ベティ?


「ベティ、何か言いましたか?」


「え? 私? ううん。何も……」


 気のせいかな。そう思っていると、再び耳元で声がした。


『わ、私にその回復魔法を……』


 何ですと!?


 夜の暗がりで姿の見えない女の人から声をかけられる恐怖。

 背筋をぞわぞわさせながら辺りを見回すと、足元に転がっている白フクロウの目が開いてこちらを見ているのに気付いた。

 なんだか意思と知性を感じる眼差しだ。

 ……もしかして、この声って。


「あの、私に話しかけているのはあなたですか……?」


 そう声をかけると、白フクロウは頷く代わりのようにゆっくりと瞬きをした。

 まじですか!

 慌てて回復魔法をかけると、欠けた体がほんの少し戻る。

 大した効果があったようには見えないけれど、それでも多少はマシになったようで『ありがとう』と言う声が耳元のイヤーカフ通信機から響いてきた。

 瀕死の状態から持ち直したらしいそのフクロウには、小さな体からは想像もつかないほどの大いなる存在感が宿っている。


「アリス様、フクロウと話してるの?」


「はい。あの、通信機から声が聞こえてきて……」


「マジか。喋るのか、そいつ」


 するとフクロウは『ああ、そういえばそっちとは繋がっていないですね。……これでどうですか?』と言う。


「わっ! き、聞こえる……!」


「これ、お前の声なのか!?」


 みんなも昨日私が提供したグループ用の通信機を耳に着けていて、そこに声が届いたようだ。耳元をおさえて目を白黒させている。


『はい。回復、感謝します……。治癒はしきらないのですが、これは仕方ありません。元々、人の子の回復魔法は完全にはなり得ないので』


「人の子?」


 俯瞰目線のやや尊大な物言いと、繋がっていないはずの魔道具間通信をジャックしている状況。

 大いなる存在感と、そして、どこかで聞いた事がある声の感じ。

 もしかしてこのフクロウ――。


「……ミナ―ヴァ様?」


 こく、と頷いた。

 みんな一様に悲鳴を上げて驚く。私もびっくりだ。


『その名前で呼ばれるのはいまだにしっくり来ないものがありますね。人の子らが私をそう呼ぶようになったのは知っているのですが』


「はあ」


『女神とか言われるのも不思議です。別に女であるつもりはないのですが、きっと皆さんからすると私の性格はそのような感じなのでしょうね』


「はあ……」


 誰も何も言えず、ただ目の前のフクロウが嘴で羽根を繕う様子を空返事で見守る。

 女神様って、フクロウだったんだ……。

 しかも名前と自意識があんまり結び付いていないんだね。

 そっか。そんなものなのか。


「あの……そのお体はどうしたんです……?」


 血こそ流れていないものの、大怪我をしているようにしか見えない。

 実際、回復魔法を必要とした事からも女神様の身に何かがあった事は確実だ。

 私の質問に女神様は答えた。


『あの者から反撃を受けました。まだそこまで取り込まれていないと思っていたのですが、予想以上に早かったですね。人の子のふりをして私を誘い出して来て……まんまと騙されてしまいました』


「あの者?」


 それって天変地異の元凶のこと……?

 人間のふりをするんだ。やだ……怖い。


 ジョージが身を乗り出して女神様に話しかけてきた。

 

「やっぱりさっきのは女神様だったんですか! どうだったんですか……って、見れば分かるか。……あーあ、女神様まで出て来てコレかぁー。もしかして俺達、結構ヤバいんじゃね?」


「やめてよジョージ。笑えないって」


 フクロウ――女神様は何も答えずにうつむいた。

 その反応。本当にヤバい状況なのだと伝わってくる。


「俺達はどうなるんでしょうか。っていうかハヤトは? あいつは何をしてるんです?」


 女神様は気まずそうに顔を逸らし、小声で呟いた。


『生きてますよ。……まだ、ね』


 そしてふと、私の手元に目を留める。


『あら……。それは、あの者の』


「え?」


 女神様は私の持っている黒剣に興味を抱いたようだ。

 片足でひょこひょこ近寄ってきて、顔を近付けじっと見つめている。


「これがどうかしましたか?」


『……神格の力が宿っていますね。これ、魔道具化出来なかったでしょう?』


 神格!?


「は、はい! これってそんな大層なものだったんですか……?」


『ええ。ごく稀にしか創り出せない宝剣――私達神格にとっても特別なものです。創造主の個性によって形状や性質は全く異なりますが、あの者は――全ての魔力を跳ね返す性質の宝剣を創り出したのですね。それを貴女に託した、と……』


「託した?」


 知らなかった。

 私、託されてたの?


『はい。おそらくそういう事なのでしょう。……私も、私の宝剣を創り出してきたところなのですが――あの者に全て打ち砕かれてしまいました。もうしばらくは創る事が出来ません。万事休すと思っていましたけれど……それがあるのなら、まだ望みは残されているのかも』


 小さな女神様の瞳が見上げてくる。まん丸くて強さのある瞳。


『神格の宿った体は、神格の宿った宝剣でないと貫く事が出来ません。――お願いです。力を……貸して下さい』


 切羽詰まった声に気圧されて、頷くことしか出来なかった。


『見ての通り、私は今は戦える状態ではなくて……。回復するための時間が必要です。それに、あの者の影響を受けた魔物から人々を守らないといけない。あなた達に協力を乞うのは酷な事だと分かってはいるのですが……もう、私一人ではどうにもならなくて。ごめんなさい』

 

 申し訳なさそうにうつむく女神様に、ジョージが話し掛ける。


「……そいつを倒さない限り空は晴れないって事ですよね。誰かがやらないといけない事なら――俺達が、やります。アイツでダメだった奴を相手に俺達が何とかできるとも思えないけど……でも、せめてアイツを助けに行かないと」


 いつになく固い声。


「でも、女神様。そんな体で人々を守るなんて出来るんですか?」


『大丈夫です。そこらの魔物程度なら、今の私でもどうという事はありません。親玉が問題なだけですから』


「その親玉がアイツって訳ですね。……分かりました。任せて下さい」


 ジョージは“理解”しているようだ。顔を見ると、何やら覚悟の決まったような表情を浮かべている。

 女神様は頷いた。


『あの者の力は強大ですが、宝剣があれば倒すチャンスを見いだせると思います。依り代の体から引き離しさえすれば後は私が何とかしますから……。ごめんなさい、あと三日くらいあれば私もそれなりに回復できるので、もう少し力になれると思うのですが』


「回復……」


 私はふと思い立ち、メープル男爵家の大奥様から頂いて魔道具化した琥珀のフェロニエールを腰から外した。

 そこについている金の鎖の長さを調節し、女神様の首にかける。


『これは?』


「回復魔法を付与した魔道具です。どれほど効果があるか分かりませんけれど、少しでも女神様の助けになれば」


『……ありがとう。貴女の一族に力を与えたのは正解でしたね。私には思い付きもしない方法で力を活用し、可能性を広げてくれた。……きっと、回復の時間を早めてくれることでしょう』


 そう言って翼を広げ、ふわりと宙に浮かぶ。


『あなた達の声はいつでも私に聞こえています。助けが必要な時は呼んで下さい。……私も、全力で抗いますから』


 ふっと姿がかき消えた。

 しばらくの沈黙の後、テッドさんがぽつりと呟く。


「どこに行ったんだ……?」


「“人々を守りに”だろ。……あーあ、とんでもない事を頼まれちゃったな。俺達に出来るとは思えないけど……どの道このままだとみーんな全滅だ。やれるとこまでやるしかない」


「ジョージお前、今の話で何が分かったんだ? 正直、俺にはさっぱりだったんだが」


「マジか。遠まわしながら大体は分かるように話してただろ。つまりだ、アイツが依り代になってるから、宝剣で――」


 そこまで言ってチラッと私を見て、口を閉じた。


「お、おい……何だよ。ちゃんと最後まで言えよ」


「……うるせぇな。つまり、女神様がみんなを守ってくれている間に俺達は親玉を倒せって頼まれたんだよ」


「それは分かるが、何故俺達なんだ? 適任ならアイツがいるだろ――って、ああっ! そういう事!?」


「そういう事だよ」


「うわーマジか! いや無理だろ!」


「そうだけど、誰かがやんなきゃいけないんだよ」


 二人の言い合いの意味がいまいち理解出来なくてボーッと眺めていると、ベティが私のところに来て荷物をバサバサと落とし抱き付いてきた。


「ど、どうしたんですか? ベティ」


「こんなのって酷いよね……。アリス様には出来ないよね」


「何故ですか? た、確かに大変な事ではありますが、それはみんな一緒ですし……私だけじゃないですよね」


「ううん。私達だって出来ないって思うけど、それともまた違う話。アリス様が一番……」


「アリスは置いて行こう」


 ジョージが何か言い出した。


「どうしてですか? 私だけ逃げるなんて出来ませんよ。それに、宝剣を託されたのは私です。私が行くのが筋じゃないですか」


「ん? お前、思い出したのか?」


「はい。少しだけですけど。……誰かが託してくれたこの宝剣で“ハヤト”を助けられるなら、私が行かないと。……私、“ハヤト”に会いたいんです。力になりたい」


「中途半端に思い出してるなー。でもまあ……会いたいって言われたら、そりゃそうだよなとしか……。しょうがない、ギリギリのとこまで一緒に行くか」


「はい!」


 別にギリギリじゃなくていいけど。

 ええと、つまり。私達は親玉の近くにいるはずの“ハヤト”のところまで行って彼を助けて、その上で神格の依り代になっている魔物を宝剣で倒せばいいんだよね。

 大変な事だけど、“ハヤト”も含めてみんながいればきっと出来る。

 

「早く行きましょう」


「ああ。――で、ゴーグルは?」


「あっ」


 そうだった。作成途中だった。

 地面に広がるインクを見てジョージは言った。

 

「難しそうだったら作れなくてもいいけど……」

「いいえ、やります。皆さん、ちょっと後ろを向いていて下さい」


 なんかもう、この人達に作成法を隠す意味なんてあるのかなって思うけど……一応ね。

 私の独断で見せて良いものでも無いと思うから。


 辛うじて使えそうなインク溜まりにペン先をつけ、ゴーグルに魔法陣を描き込む。紫外線を可視化する魔法陣だ。

 そのうちの一つに一か八かで付与を実行すると、機能がちゃんと素材のキャパシティ内におさまっていたようで壊れずに魔道具化してくれた。

 ホッとしつつ試しにゴーグルを目元にかけてみる。

 暗闇の中にボンヤリと景色が浮かんできた。紫外線が弱いのかかなりボンヤリだけど、それでも地形くらいは分かる。

 ――成功だ。


「出来ました! 暗視ゴーグル!」


「おおー。暗視って言うのか。カッコいいじゃん」


「わ、凄い! 結構遠くまで見えるね!」


 暗視ゴーグルで周囲を見渡すと、草も木もしおれてくたっとしているのが見える。

 それでも完全に枯れるところまでいかずに止まっているのは、今の女神様が回復傾向にあるからだろうか。


「んじゃ、行くか。みんなアリス号に乗れー。飛ばすぞー」


「はい!」


 まずはジョージがアリス号を動かし、私が魔法を撃ちまくって魔物を倒しあとの二人は体を休めるという布陣になった。


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