悪役令嬢に転生してたけど理想の美女になれたからプラマイゼロだよね
@panmimi60en
①私、悪役令嬢だったの……? え?今夜断罪? ああそう……。
それは十五歳で貴族学院を卒業する日の朝のことだった。自室で制服に着替えている時に突然、天啓のように降ってきたそれは、前世日本でプレイした剣と魔法の乙女ゲームの記憶。
今、私は公爵令嬢アリーシャ・オファニエル・ステュアート。この国の王太子の婚約者であり、将来は王妃として君臨することが生まれたその日に決められたような筋金入りのご令嬢だ。
ゲーム内での私は、メインの攻略対象であるメルキセデク第一王子殿下––王太子の嫌味な婚約者として登場し、ヒロインに意地悪な言動を繰り返して、卒業パーティーで断罪される悪役の当て馬令嬢だった。
ヒロイン視点から見ていたアリーシャは金髪に青い瞳で顔立ちは悪くはないものの、ややぽっちゃり体型で、金にものを言わせて盛りに盛りまくった化粧や縦ロールの髪型、飾りでゴテゴテの悪趣味なドレス。加えて嫌味で高圧的な言動と、とにかく残念な少女という印象しかなかった。
殿下を含む攻略対象達と、ヒロインのイベントらしき恋愛模様。そして私自身。
全てゲーム内で見た記憶があり、実際にあった出来事でもある。
ゲームによると私アリーシャは今夜のパーティーで断罪され市井に追放されるらしい。
“彼女はその後、二度と現れることは無かった……”
という一行のモノローグで語られるに収まっていたのだ。
果たして生きているのかどうかも定かではなく、ご想像にお任せします、というやつ。
今夜私は断罪、婚約破棄、追放の三連コンボを喰らう。これまでの状況を見てもきっと間違いなく訪れるイベントだ。
「……なんてことなの……」
足元から力が抜けていく。なぜ。なぜ今なのか。せめて昨日までに思い出したかった。今からでは何をどう頑張っても巻き返せないではないか。
ていうか、別にいじめたりしてないのに。
そう、いじめてないのだ。
私の知らないところでは色々あったようだけど、私自身がはっきり“やった”と言えるのは、人目も憚らずイチャイチャする二人に嫌味を呈した事だけだ。
“殿下は私の婚約者です。みだりに近付かないで下さいませ“
するとピンクのフワフワ髪のヒロイン――後妻の連れ子という男爵家のご令嬢マリアは決まって可愛らしいまん丸の瞳に涙を浮かべ、傍らに立つ殿下の腕にきゅっとしがみつくのだ。
"そんな……私、ただメル様とお友達になりたいだけなのに……"
殿下はマリア嬢の華奢な肩を抱き、キッと私を睨み付けて冷たく言い放つ。
"君を婚約者と思ったことなど無い。マリアは私の大切な女性だ。傷付けるなど許さない"
と吐き捨てて、肩を抱いたまま二人でどこかに行ってしまう。
そんな事が何度もあった。
私がお二人の邪魔だったのは、まあ良いとしよう。
当て馬として完璧な仕事をしたとすら言える。
だけど、なんでそんな事で追放までされなくてはならないのか。
いくら何でもやり過ぎだと思う。
「ううっ……最悪だわ……」
ゲームのことはさておき、生まれた時から次期王妃となる事が決められていた私の、貞淑さと勤勉さだけを求められ続けたこの十五年。あの苦労は一体何だったのか。
努力も苦しみも全て、あの二人の恋愛のスパイスになるためだけのものだったというのか。
そんなのってあんまりだ……。
長年殿下に抱いていた淡い恋心がひび割れ、崩れていく。
今の今まで、学院を卒業して結婚さえしてしまえば殿下もきっと私を見てくれると思って耐えていた。
今なら、そんな事はあり得ないと分かる。
もう全ては終わったのだ。
絶望で涙が滲んでしまう。
うつむいて視線が床に向き――その瞬間、溢れんばかりの絶望、涙が急にひゅっと引っ込んだ。
……えっ?
床が見えない。
胸元で豊かに盛り上がった二つの柔らかな曲線。それが視界を遮っているのだ。
(えっ!? ……えぇーっ!)
混乱する頭で必死に理解しようとする。
これ何だっけ。
おそるおそる両手を上げ、そっと触れてみる。柔らかい。指が沈む。
(で、でかっ! でかくない?)
下から掬い上げてみる。重い。すごい。たぷんたぷんしてる。
さっきから小学生並の感想しか出てこないけど、それだけ衝撃を受けているのだ。だって、ブラの隙間がパカパカしないなんて信じられない。
下から掬い上げられるなんて、奇跡としか思えない。
いや、自分の体だ。あるのは知っていた。
だけど今までは貞淑さを意識するあまり恥だと思っていたのだ。存在を意識しないように。無いものとして扱うように。隠して、無視し続けていた。
そこにまな板として人生を終えた前世の価値観が付け足された結果、今の私は知ってしまった。
これは持たぬ者がいくら努力やお金を積んでも決して手に入らない、神様からのギフト。素晴らしいものなのだと。
そう、悪役令嬢アリーシャは、ぽっちゃりでは無かった。隠れ巨乳だったのだ。
(ああ! 神様! ありがとうございますぅぅ!)
生まれて初めて心から女神様に感謝し、祈った。窓から射し込む朝の光に神聖さを感じて涙が溢れてくる。
とうに婚約破棄の事などどこかへ吹き飛び、自らの体にくっついている夢の詰まった凶器を確かめることに夢中になってしまった。
「お嬢様、朝のお支度に参りました……っ?」
嬉しすぎて、下着姿で小躍りしているところに侍女のメアリーアン(二十歳)がやって来た。早朝のお嬢様の奇行を目にした彼女はのけ反って二、三歩下がりかけたが、さすが付き合いの長い侍女である。すぐに持ち直して無表情をキープした。
動揺を見せないなんて、さすが公爵家の侍女だ。
「あら、ごめんなさいね。私ったらついはしゃいじゃって。おほほほ……」
ささっと制服を身に纏う。この世界でも貴族は着替えを手伝ってもらうのが普通だけど、何事も経験だという事で制服だけは自分で着るようになっている。着替えの過程で、ウエストのえぐい角度のクビレを素早く確認した。
――よきかな。よきかな。
胸に合わせた大きいサイズの制服では相変わらずぽっちゃりに見えるけど、実はぽっちゃりではなく隠れ巨乳である。
これって楽しい。今まで体の線を隠そうとドレスにゴテゴテと飾りをつけてみたり、野暮ったいデザインのものばかり着ていたのだ。
なんてもったいない事をしてきたのか。
「朝からご機嫌がよろしいなんて珍しいですわね、お嬢様。何か良い事がございましたか?」
「ええ、とっても」
鏡台の前に座り、絹糸のようなまっすぐでやわらかな髪に櫛を通してもらう。
鏡に映る素顔のアリーシャはつやつや幸せオーラ満載で微笑んでいて、高圧的な表情ばかり描かれていたゲームのスチルよりずっと幼く見えた。
てか、普通以上に可愛い。超美少女。
なんだ、私って素材は超一級品じゃない。
あんな武装メイク、しなくても良かったのに。
「まあ、それはようございましたねぇ」
メアリーアンも微笑み、魔力に反応して熱が出るコテ型の魔道具を髪に当てようとする。
魔道具。
この世界では魔力は誰でも持っていて、魔法は勉強、訓練しないと使えないが、我がステュアート家独自の技術によって誰でも魔力を使って便利に生活できる魔道具が流通している。
魔道具のエネルギー源は自分自身。この点においては日本より便利と言える。なんたって、コンセント問題に悩まされないのだから。
この便利さが広まり始めたのがお祖父様の代で、お父様は当時新婚。それで私が生まれた時に、我が家が独占する魔道具の技術を取り込みたい王家がすぐに王子との婚約を決めてしまったのよね。
ちなみに、私アリーシャは転生者らしく魔力が非常識に多い。が、魔道具についての知識はない。興味が無かった。
このコテは完璧な縦ロールを作りたかったアリーシャが、研究者肌の兄に頼んで作ってもらったものだ。興味は無いけど結果だけ欲しがる、なんともふざけた令嬢である。
「メアリーアン、髪はいいわ。このままで」
令和を生きた記憶が縦ロールに拒絶反応を示した。それにアリーシャのポテンシャルに気付いてしまった今、とことん私好みにしてみたいと思ったのもある。
「このまま、でございますか……?」
「ええ。私ね、気が付いたの。今までやり過ぎてたな、って」
そう言いながら、ドレッサーに山と積まれた化粧品を見る。今まではこれを全部使って顔を作り上げていた。明らかに過剰だ。
いや、理解はしている。あれはただ、心に鎧を纏うという意味で重要な儀式だったのだ。化粧品で肌を厚く覆い、まだまだ足りないと色を塗り重ね、別人のように装う。素顔の心が傷付かないように––。
そう、不安だったのだ。
次期王妃として不足はないか。
大丈夫だよと言ってほしいのに、殿下は私に関心が無い。
どうしたら良いのか。
私はこれからどうなってしまうのか。
その不安は化粧だけではなく態度にも現れていて、殺られる前に殺れ、とばかりに常に刺々しく、周囲に高圧的な態度を取っていた。
そりゃ嫌われるわ。
だけどその全てが今はもうどうでもいい。
別にいいじゃない。
殿下にフラれたって、私は女として傷付いたりなんてしないわ。
だって巨乳だもの。誰が何と言っても最高としか思えない。
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