黒髪眼鏡ロリ吸血鬼後輩 これも愛は重い

 「はぁー……クラス別々になってから、輪をかけて酷くなってきてるなぁ……」


 結局、朝のチャイムの数秒前に何とか教室に着いたので、遅刻は取られなかった。白芽のため、無遅刻無欠席を中学の頃から心掛けている僕は、それが少し自慢なのである。その記録をこんな所で逃したくない。


 「おう、昨日は楽しかったな」


 「そーだな……けど事前に連絡はさせてくれ。白芽が暴走する」


 朝のHRが終わると、細身の男が話しかけてきた。僕の数少ない友達の、川瀬誠一かわせせいいちである。昨日は唐突に、こいつともう一人に拉致られてカラオケに行っていた。だから、今朝の彼女は少し強引だったのだ。これでも、少しはマシになった方である。昨日の方が、もっと凄かった。


 「偶には良いだろ? お前も、あれと毎日一緒は息が詰まってると思ってよ」


 「別に……そんなこと……」


 「とりあえず、困ったら俺のせいにしとけって。そしたら倉持も、多少は収まるだろーよ」


 「その免罪符も、最近じゃあんまり効かないんだよねぇ」


 「マジ? じゃああれだ、あずまのせいにしとけ」


 「それはもっと効かないよ……白芽は寛乃亮を容赦なくボコるから」


 東寛乃亮あずまかんのすけは昨日僕を拉致ったあげく、僕のスマホをいつの間にか盗んでいた男の名である。こいつは変人というか何というか、とにかく変わった奴なのだ。行動の判断基準がよく分からないし、時折突拍子も無い事をする。多分、昨日のあれもあいつの提案だろう。


 「お前も大変だな……その調子じゃ、一限の体育は見学か?」


 「そーだな、サボれてラッキーだ」


 正直、ここに来るのすらキツい状態なのだ。今体育なんてやったらぶっ倒れること間違いなしだろう。こればっかりは、白芽を受け入れるのに必要なことだ。学校側にもそれは配慮してもらっているし、評価に差異が出ることはあまりない。精々高評価が付きづらいくらいだ。


 誠一は手早く着替えると、保健室まで付き添ってくれた。いつ倒れてもおかしく無いので、とても助かる。こいつとは白芽の事件の後仲良くなったので、それなりに長い付き合いだ。息抜き含め、僕はこの男に何回も助けられている。これからも、その関係は大切にしていきたいものだ。


 「たくよー……倉持だけならまだしも、今年からあれも居るんだ。あんま無茶は……」


 「それは誰のことですか? 川瀬先輩?」


 「うおっ!? 驚かせんなよ、橘ぁ!」


 保健室に入るとそこに養護教諭はおらず、代わりに見知った顔の人物がいた。黒い髪に小さい背、丸眼鏡をかけた少女が、そこにいた。一見普通に見える彼女だが、その眼は赤い。要するに、この子もまた吸血鬼である。


 橘霞たちばなかすみは、白芽と同じ吸血鬼である。だが、白芽とは決定的に違う所がある。それは血の濃さだ。白芽が人間とほぼ変わりないのに対し、霞は半分以上吸血鬼だ。それ故、様々な制限がかかっている。


 その内の一つが、日射病だ。この病気が出たのは、その血筋のせいかはたまた偶然なのかは、卵か先か鶏が先かという話なので割愛する。とにかく、霞は日光に当てられると具合が悪くなるのだ。なので今も、肌を隠すように手袋やタイツで肌を隠していた。きっと、一年生も体育で、しかも屋内競技では無かったのだろう。昔から保健室によくいる子だった。


 「先輩、また貧血ですか? 相変わらず、変わりませんね」


 「それは霞もでしょ。初めて会ったときから、背が一ミリも伸びてないけど」


 「いえ! 0,5cm伸びてます!」


 「それはもう、誤差だろ……」


 誠一がツッコミを入れる。背はほとんど伸びていないが、上半身の一部ばかりは大変豊満になっていくばかりだ。が、こういうことを言うと霞は嫌だろうし、何より白芽が怖い。何故か、僕の女性周りの事情をどこからか仕入れてくるのだ。ボロを出すと、頭の悪い名前をした遊びに付き合わされるから、その辺は徹底している。


 すると、一限開始のチャイムが鳴った。この保健室から体育の場所まで、それなりにある。誠一は慌てた表情で、僕と霞に別れを告げて出ていった。しかし、すぐに戻ってきた


 「橘、念のため言っとくが血ぃ吸うんじゃねぇぞ! ちゃんと休ませとけ!」


 「はい、分かっていますよ」


 そのまま、誠一は走っていった。記憶の限りでは、霞が僕の血を吸ったことは無いのだが……まぁいい。誠一にもまだ、吸血鬼というバイアスが掛かっているのだろう。霞はいい子なのだ。


 遠くから先生の大きな声が微かに聞こえる。このまま授業が終わるまで霞とお喋りしたい所だが、今は体を休めたい。彼女には悪いが、寝させてもらおう。


 「ちょっと具合が悪くてね。何もしてあげられなくてごめん」


 「良いんですよ。先輩の体が第一です。具合悪くなるか痛いかぐらいの私と違って、下手したら死んじゃうんですよ? もっと自分の体を大切にしてください」


 そう言って笑う霞は、少し悲しげだった。中学生の頃、僕は貧血で彼女は日射病、理由は違えど保健室によく通っていた。だから、学年が違うのに交流が生まれたのだ。


 半ば保健室登校だった霞は、いつも本を読んでいた。僕も貧血気味が理由で、外に出る遊びは控えていたこともあり、本は好きだった。基本的にくっついてくる白芽を相手にしつつも、楽しめるものであったのも大きい。


 白芽は本を読まないし、誠一は漫画しか読まない。今では寛乃亮が話し相手になるが、当時の僕にとって霞は趣味の話を出来る唯一の存在だった。その年にして圧倒的な読書量を誇り、頭も良かった霞と話すのは凄く楽しかった。


 しかし、能天気な僕とは違い、霞は悩み続けていた。吸血鬼であることを隠していたからだ。彼女の髪は黒だったし、眼はカラーコンタクトで誤魔化していたので、全然気付けなかったのだ。だからあの日、自分が吸血鬼であることを告白してきた時には、本当に驚いたものだ。


 「私……吸血鬼なんです。しかも、血を吸わないと生きていけない、本物の化物なんですよ。ずっと騙してて……ごめんなさいっ……!」


 その証拠にコンタクトを外して赤い眼を見せた彼女は、泣いていた。仲の良かった子が、泣いている。僕の脳裏に、白芽の姿がよぎった。理由は少し違えど、彼女もまた同じだった。自らの出自のせいで、何ら落ち度の無いのに悲しむ。どうして、ただ少し人と違うだけで肩身の狭い思いをしなくてはならないのだ。


 あまりにも理不尽だ。けれど、僕にはそれは少しでも違うと言えるかもしれない。ちょっとでも霞の役に立ちたかった僕は、そんな風に思っていないと言った。吸血鬼だろうと、僕たちは友達だと。


 「嘘ですっ! 病院のお医者さんみたいに、私のこと怖いって言うんでしょ!」


 「違う! 信じてくれ!」


 「……良いんですよ、そんな見え透いた嘘つかなくても。どうせ、今日で学校に来るのは最後ですしね」


 「それって、どういう意味……?」


 「言葉通りの意味です。私は明日から、ここに来ません。だから、先輩に嫌われてもいいから、本当のことを言いたかったんです」


 涙ぐむ霞は、そう言って立ち去ろうとした。その手を取らないと、僕は一生後悔するような気がしたのだ。悩んでいる暇など、無かった。


 もちろん、リスクを考えればこのまま見送る方が正しいのだろう。最近では白芽が、僕の匂いに他の女の臭いが付いていると怒っていたのだ。直接触れるようなことがあれば、彼女なら一発で気付く。それでも、僕はその手を取った。


 「っ!? 辞めてくださいっ!」


 「うわぁっ!?」


 掴んだ瞬間、体が宙に浮いた。あまり筋肉が無いとはいえ、男子の体を易々と霞は持ち上げて見せた。そのまま、彼女は壁に向かって僕を投げつけた。


 「がっ……!」


 「ぁ……」


 肺の中の空気が強制的に吐き出され、一瞬息が出来なかった。それと壁のフックにでも吹っ掛けたのだろうか、手が少し抉れて血が出ていた。


 「だいじょ……っ! こ、これで分かったでしょ……私は吸血鬼で、先輩は普通の人間。分かり合うなんて、あり得ないんですよ……!」


 急いで駆け寄ってきた霞は、しかし途中で立ち止まってそう言った。痛い目を見た後なら、嘘をつくことなんて出来ないと思ったのだろう。しかし、遠山少年は諦めの悪い子だった。離れていく霞の手を、這いつくばりながら掴んだ。


 「だ、めだ。霞は、僕のともだ、ちだ。それを否定、するのはっ……霞でも駄目だ……!」


 「な……なんでそこまで……」


 「幼馴染が、同じことで泣いてた。今ここで霞を行かせたら、あの日の誓いが嘘になる。だからっ、駄目だ……!」


 呼吸を落ち着けながら、途切れ途切れに思いを伝える。霞も、また僕が吹っ飛んでしまわないように力づくで手を振り払うことはしなかったので、逃げられなかった。正直、霞がその言葉を撤回してくれるのなら何でも良かったのだ。


 「分かり……ましたから。認めますから、手を離してください。手当しないと、死んじゃうかもです……」


 「ははっ……死ぬとか、大袈裟……だよ」


 殆ど脅しのようだったが、説得は成功した。だからといって霞の引っ越しが無くなる訳でも、彼女の気が休まる訳でもない。単純に僕の自己満足なのだ。僕はその言葉に納得して、意識を失った。嫉妬の激しい幼馴染から、連日吸われ続けていたせいだ。


 「先輩っ! 先輩、先輩……! 死んじゃ、やですよぉ……!」


 霞の声が段々と遠くなって、僕は意識を失った。


 今思い出しても、中々あれな話だ。あの後僕は入院することになったし、白芽はとんでもなく怒るし、大変だった。ただ、意外だったのは霞が引っ越さなかったことだ。急遽取りやめになったと言って、退院して学校に行った日に会ったときには驚いた。


 「そっか……もう、霞も高校生か」


 「親みたいなこと言うんですね。先輩は、私のおじいちゃんですか?」


 「また同じ学校に通えて嬉しいからだよ。でも、霞ならもっとレベルの高い所狙えたでしょ、なんでここ選んだの?」


 「そんなの、先輩がいるからに決まってるじゃないですか」


 「ま、またそう言って……僕をからかってるんでしょ?」


 「はい、そうですよ」


 微笑みながら、あっけらかんと答える霞。あの日から、霞は僕をよくからかうようになったのだ。僕の血を飲みたいとか、僕のことが好きだとか……恐れなしに、白芽の前でもそういう類の冗談を言うので、本当に勘弁してほしい。


 「ほら先輩、早く寝て元気になってください。また目の前で倒れられたら、私何するか分かりませんよ?」


 「分かったよ。悪いけど、終わる頃にまた起こしてくれる?」


 「了解です。では、おやすみなさい」


 僕は目をつぶった。思っていたよりも危なかったのか、そのまま意識はすぐに落ちていった。


--------------


 「……寝ましたかね」


 私は、布団に入った先輩が寝たのを念入りに確認しました。寝たふりでもなく、気絶するように寝ています。実際、それに近いものなのでしょう。今朝の先輩の顔色はそれくらい悪かったのですから。それもこれも、あの倉持白芽のせいなのでしょう。


 「忌々しい……先輩をこんな風にして、独占するだなんて……」


 少し出会う順番が早かったくらいで、さも自分が先輩の特別のように振る舞う彼女。先輩だって、本当は迷惑だって思ってるに決まってます。イライラするので、先輩の匂いを嗅いで落ち着きます。脇の下辺りが一番香るので、そこに鼻先を突っ込みます。


 「すぅー---、はぁー---。あっ、来たっ……!」


 先輩の匂いを嗅ぐと目の前がチカチカして、体が甘く痺れていきます。先輩の熱を感じて、先輩の臭いを楽しんで、先輩で視界を満たして、先輩の香りを食べて、先輩の呼吸を聞きます。私が感じられる感覚の全てを持って、全力で先輩を堪能します。


 「ふふっ……ほんと、食べちゃいたいです」


 でも、駄目です。その一線は超えてはならないボーダーラインなのです。これを超えた時、私は正真正銘の人外となってしまいます。先輩が認めてくれた私を、私自身で否定してはいけません。どんなに食べたくても、独り占めしたくても、我慢です。


 けれど、先輩を食べなければ他は何をしてもいいでしょう。川瀬先輩も、血を吸うなといっただけです。私はそれを破ってはいません。近くに置いていたバッグから、小振りな刃物を取り出します。法律のグレーゾーンを攻めるものですが、私にとっては必要なものなのです。問題はありません。


 「さぁ……私の血、飲んで?」


 手首に刃物を当てて、血管を自身で切り開きます。軽くのつもりだったのですが、少し深く切り過ぎてしまいました。これでは、こぼして先輩の服や保健室のベッドを汚してしまうかもしれません。だったら、これは必要な行為です。私は自分の血液を口に含んで、先輩にキスをしました。


 「んく……ぐちゅ……ぷはぁ……」


 唾液と混ぜ込んで、先輩の喉に私の血を流し込んでいきます。自分の血を飲ませるという行為は、私をどんどん昂らせていきます。背徳的で、度し難い行為なのは理解しています。ですが、これは私の趣味趣向だけの理由では無いのです。


 「先輩……私で、元気になってくださいね」


 私の血は、吸血鬼製の特別なものです。直接触れれば炎症を起こしますし、一滴でも口に含めばアレルギー反応に近いものを引き起こします。要するに、私の血は劇毒なのです。私と先輩以外には、ですが。


 どういう仕組みなのかは分かりませんが、この血は私にだけ驚異的な再生能力をもたらします。一番大きい怪我で骨折をしましたが、それも数十秒で治りました。その後、先輩も私の血による恩恵が受けられることが分かったのです。ですので、これは必要な事なのです。


 医者はこぞって私の血を研究し、誰もがさじを投げました。私は悪魔の子らしいです。今では気にもしていませんが、幼い私はその言葉を偶然聞いてショックでした。


 私は、他人を不幸にする悪魔の子。だから、普通の人とはあまり関わらないようにしていました。中学校も日射病だと言って、具合が多少悪くなるくらいで済むのに保健室登校をして、出来るだけ人との交流を減らしました。


 しかし、そんな私の前に先輩は現れました。つい、好きな本の話で盛り上がってしまって、突き放す機会を失ってしまいましたが、私は仲良くなるつもりは無かったのです。だって、別れる時に辛くなるだけですから。


 世間一般では、私たち吸血鬼の存在は確かに認められています。ですが、過去の悔恨が無くなった訳ではありません。とりわけ、今の親世代の一つ、二つ上の年代の人物たちの差別意識を取り払うのは難しかったです。


 その親に育てられた子は、その思想を少なからず受け継ぎます。ですから、腹の何処かでは私たち吸血鬼らの人外を気味悪がっているに決まっているのです。


 けれど、先輩は違いました。どんなに否定しても、振り払っても私のことを友達だと言ってくれました。私の血が劇毒だと分かっていても躊躇いなく触れましたし、私と普通に関わってくれました。それが、幼い時から病院に缶詰めで交流を断っていた私にとってどれほど救いだったか。


 自分で周りと関わるのを投げた癖に、誰かと普通に話すことを夢見ていた私にとって、それは溺れてしまうほどのものでした。先輩が欲しくて欲しくてたまらない。だから、引っ越しだって両親に無理を言って辞めさせてもらいましたし、学校だって一定の結果を出すことを条件に認めてもらいました。


 「けど……先輩は私のこと、ただの後輩としか思ってない……」


 おこがましいのは分かっています。先輩は私の救世主で、神様で、王子様です。そんな先輩を独占したいだなんて、私には幸せ過ぎるものです。だから、尚更あの女が気に入らない。私の先輩を、自分だけのもののように扱う彼女が。


 「私は、一番じゃなくても良いんです。ただ、先輩の傍に居られればそれで……」


 もう口移しをする必要も無いのに、私は何度もキスをしました。今だけは、先輩を私だけで埋めたくて、顔以外にもキスをしていきます。あっという間に時間は過ぎて、もう起こす時間になってしまいました。体をハンカチで拭いて、服を直していきます。このハンカチは、家で楽しむようです。


 本音を言ってしまえば、先輩の血を飲みたいです。ですが、今日は辞めておきましょう。私は慎みを持つ、先輩第一の後輩なのです。あの甘美で、一度味わったら忘れられない味をまた楽しみたいですが、我慢です。また今度、先輩が元気な時に頂きましょう。


 「せーんぱいっ……起きて下さい」


 わざと耳元で、息を吹きかけながら呼びかけます。先輩のどんな顔を見られるのか期待しながら、私は先輩を起こし続けるのでした。

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