眷属、要りますか?

黒羽椿

無表情クーデレ吸血鬼幼馴染 愛は重い

 「お願い……血、飲ませて……」


 顔を赤くした女の子。しかも仲の良い、幼馴染のような子にこんなことを言われた時、どう反応するのが正解なのだろう。嫌だと言えばよかったのだろうか。その子が泣くとしても。なぁなぁにして誤魔化せばよかったのだろうか。それが、最後のSOSだとしても。


 とにかく、僕にその子のお願いを断るという選択肢は無かったし、思いつくはずが無かった。今にして思えば、あれは僕の人生の分岐点のようなものだったのだ。断れば今とは違う未来になっていて、肯定すれば今のような生活を送ることになる。きっと、それだけのことなのだ。


 もし、今からその選択を変えることが出来ると言われても、僕はそれをしないだろう。なら、僕はあの選択を後悔していないのだ。間違っていないかどうかはともかくとして、そこは自信を持てる。


 なら、それでいいのだろう。現状に不満があるわけでも無いし、これからもあの選択を後悔することは無い。無いのだが……


 「ん……んむ……頭も撫でて」


 「はいはい……」


 どうして、こうなったのだろう。現状を説明すると、僕は今、首筋を女の子に噛みつかれながら、その子の頭を撫でている。この女の子が、先ほど話した血を飲ませた幼馴染、倉持白芽くらもちしらめだ。補足をさせてもらうと、白芽に猟奇的な趣味は無い。


 彼女は、吸血鬼なのだ。以前は迫害の対象だった人外の存在も、今やその存在を認められている。国籍や戸籍を持ち、人間と大して変わらない存在となっている。白芽はその中でも、混血に当たる。


 だから、彼女は人間と何も変わらない。しいて挙げるとすれば、身体的特徴として赤い眼と銀髪をもって産まれて来たことくらいだろう。構造が人間と大差無い以上、本来は血を吸う必要は無い。では、何故白芽は僕の血を欲したのか。


 それは、吸血鬼にとって体から直接血を吸うと言う行動が、一種の求愛行動のようなものらしいからだ。幼い白芽はそれを僕に行い、僕はそれを受け入れた。今でも、僕が貧血になるギリギリを攻めて血を吸っている。


 どうしてこうなったのか、少し昔話をしよう。ある所に平凡な少年、遠山励とおやまれい君がいた。それが僕であり、白芽はその少年の住む町に引っ越してきたのだ。すぐ近くの家に住んでいて、同年代の僕たちはすぐに仲良くなった。


 家が近くで、登下校も一緒にしていたし、クラスも同じだったので当然ではあった。問題はここからだ。白芽は小学生の頃から可愛かったし、いい意味でも悪い意味でも目立った。何より、吸血鬼という肩書は、子供たちに差別意識を持たせるには十分すぎたのだ。


 赤い眼に、日本人離れした銀髪。いつだって少数派は迫害されるものである。幼い子供たちにそんなつもりは無くとも、白芽はいじめられた。男子は美人な白芽の気を引きたいがために。女子は理由がよく分からないが、男子よりも陰湿ないじめをしていた。


 それを見た遠山少年は思ったのだ。僕が、白芽を守らなくてはいけない。僕だけは、白芽を傷つけるような真似はしてはいけない。


 だが、それは高尚な理由な様で、その実態は子供ながらの独善的な正義でしか無い。今思えば浅はかな解決法だが、この時の僕にはそれが最良に見えてしまったのだ。以下は、白芽に僕が行った行動の一覧である。


 まず、クラス内で孤立していた白芽と一緒に遊んだり話した。その代わりに、男子との接点は無くなったし、からかわれるようにはなったが問題は無い。無いと思っていた。


 次に、彼女の色々な所を褒めまくった。髪色のことで馬鹿にされた時には、止められるまで髪のことを褒めちぎった。人間じゃないと言われて落ち込んでいた時には、吸血鬼であることがカッコよくて可愛いと言った。これは今でもそう思う。


 友達は白芽しか居なくなったが、使命に燃える遠山少年には関係の無い事だった。そんな僕を見た白芽は、それに呼応するように僕以外の友達を作らなくなった。先生に頼み込んで、席替えやクラス替えも融通してもらい、白芽が寂しくないように努めた。


 こんなことをしていれば、クラスで孤立するのは当たり前だ。教師も、白芽の扱いに困っている節があり、アフターケアなどもほとんどしなかった。火種は、もう起こり始めていたのだ。


 さて、そんな僕たちが面白くない人がいる。男子は白芽と仲の良い僕が気に入らないし、女子は僕以外に無愛想な彼女が気に入らない。両者は手を組み、少し度の過ぎた嫌がらせをすることにした。


 白芽は、大好きなお母さんと同じ、銀色の髪を大切にしていた。どこからかそれを聞きつけた男子と女子は、放課後の空き教室に白芽を連れ込んで、その髪を切ろうとしたのだ。その集団に意地の悪い女子がいたおかげで、ご丁寧に、僕の目の前でそれをやろうとした。


 数発余計に殴られたし、白芽はそれを見て泣くし、酷いものだった。ひとしきり僕で鬱憤を晴らすと、その矛先は白芽に向いた。そのいじめの考案者らしき女が、はさみを持って白芽の髪を触った時、僕は必死で抵抗した。


 所詮、現代の子供などケンカ慣れしていない。僕も強い訳ではないが、本気で抵抗する僕を見て男子の拘束が緩んだ。臆病者が多くて助かった。


 ニヤニヤと、刃を髪にあてがっては白芽が泣くのを楽しんでいた女子めがけて、僕は走った。白芽がお母さんくらいに伸ばしたいと、大切している髪を理由もなく切ろうとするなど許せなかった。僕は、相手が女子であるにもかかわらず、その顔をぶん殴った。


 僕が女子を殴ったタイミングで、何人かの教師がやってきた。本当に間が悪いが、状況だけ見れば僕が女子を殴っているという、最悪のものだった。


 いじめの実行犯らは口裏を合わせ、僕だけを悪者に仕立て上げようとした。どんなやり取りが行われたかは知らないけど、そこに一貫性があったとは思えない。けれど、結果は僕だけが処分を喰らった。白芽だけはいじめの存在を訴えたが、黙認された。


 まぁ、理由は何となく分かる。僕が殴った女の子の保護者が、連日押しかけていたのだ。学校は僕を処分しなければ、いじめの存在と正当防衛を認めなければならなくなる。僕のせいにするのは都合が良すぎた。幸いにも、白芽以外に僕の無実を証明する人はいなかったので、処分は簡単だった。


 でも、僕はその結果に満足していた。両親にも沢山怒られたし、殴った女の子の家へ行って謝りに行ったけど、平気だった。反省文を死ぬほど書いたし、お小遣いも無くなったけど、白芽の髪は守られたのだ。それだけで、僕は満足だった。


 白芽は僕に何度も謝ってきた。どうして白芽が謝らなければならないのか、幼いながらに思ったものだ。だって、謝るべきはいじめの首謀者らだ。僕だって、感情に任せて殴ったのが悪い。いや、悪いとは一切思っていなかったが、他にやりようがあったことは分かっているのだ。


 僕は頑張ってそれを伝えた。あまり覚えていないが、とにかく白芽は悪くない、だから泣く必要は無いと伝えた。少し恥ずかしかったけど、抱きしめて頭を撫で続けた。落ち着くまで、ずっとそうしていた。


 それから、白芽は変わった。元々表情が硬かったが、一貫して人がいる前では笑わなくなった。その代わりに、僕の前ではニコニコしていた。前から依存気味だった性質は、悪化していた。僕が休むと看病といって彼女も早退や欠席をするようになったし、休みの日も毎日会わないと駄目になっていた。


 そんな生活をしていたある日、白芽は僕に突然問題のセリフを投げかけたのだ。事前に、白芽のお母さんから吸血の理由を知らされていた僕は、二択を迫られることになったのだ。僕はもちろん、断ることなど出来なかった。


 断れば、それは白芽が好きでは無いと言っているようなものだ。吸血自体を否定すれば、必然的に白芽は自分のことを呪うだろう。白芽は好きだし、吸血鬼であるからといって苦しむなんて駄目だ。今考えてみると、選択の余地は無かった。


 「うん、良いよ」


 「っ!!!」


 了承の返事を聞いた白芽は、僕の首に飛び込んできた。首元に噛みつかれるのは痛かったけど、頑張って我慢した。白芽に負い目を持たせてはいけないと思ったからだ。とはいえ、彼女は暴走状態で加減を知らなかった。悲鳴でも出さない限り、止まることは無かっただろう。貧血確定になるまで吸い尽くされ、意識を失った。

 

 さて、昔話はこれで終わりだ。そんなこともあって、小学生の時から高校2年生になった今でも、定期的に血を吸われ続けている。白芽は順当に綺麗になって、僕も嬉しい限りなのだが……


 「もっと……もっと頂戴……」


 「駄目、これ以上は日常生活に支障が出る。また来週な」


 「やだ、もっと飲む」


 「ぎゅーしてあげるから、それで我慢して」


 「よしよしもぉ……」


 僕への依存が、年を経るごとに酷くなってきている。毎日会うどころか、毎日抱きしめないと暴走するし、白芽以外の女子と話していると怒り出す。独占欲が強くて、マーキングと言いながら首元の傷を残し続ける。こんな調子で本当に大丈夫だろうか。


 「ほらっ、そろそろ学校行く時間だよ? 早く準備しないと……」


 「駄目、まだ満足してない。もっと愛して」


 「や、だから時間が……」


 『5分間、動けなくなる』


 「あっ!?」


 決して大きな声量では無いのに、頭に響く声がした。すると、僕の体はその通りに動かなくなる。軽く白芽が抱き着いてるだけなのに、簀巻きにされているような気分だ。身じろぎ一つできない。


 白芽の吸血鬼スキルの一つ、暗示だ。彼女に命令されると、条件付きではあるもののその通り従ってしまう。痛みや恒常的な作用を及ぼすことは出来ないし、死ぬ気になれば解除は出来るらしい。吸血行動を続けた白芽が会得した技術であるが、大抵僕にしか使わない。今も悪用されて、好き放題体をまさぐられている。


 吸血鬼は、退化しつつも超常的な能力を受け継ぐ例が多い。これがほんの数十年前まで差別が続いた理由でもあり、現在でも使用こそ罰則化されていないが、多用していいものでも無い。


 つまり、彼女がこれを使用するということは、それほど腹を据えている、ということだ。


 「励が悪いんだよ? 昨日、私のこと放って遊びに行っちゃうから」


 「あれは誠一が無理矢、がぼっ!」


 「言い訳は、良いよ。今は私だけを考えて、私だけを感じて」


 白芽に、今度は頭から抱きしめられる。頭の後ろに手を回して、胸を押し付けるかのようにされると、息すらもしんどくなる。弁解のチャンスもないまま、僕は遅刻ギリギリまで抱き枕にされるのだった。


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 今でも鮮明に覚えている、励が悪者にされたあの日のことを。


 だから、今度こそ守るのだ。私が弱かったから、いじめられた。私のせいで、励はああなった。


 絶対に手放さない。励の体、血液、全て私のものだ。私が愛して、私だけを愛してもらう。


 なのに、励は酷い。血を最初に吸ったのは私なのに、他の奴にも血を飲ませた。本人は自覚していないみたいだけど。


 励を嫌いになることは無い。けど、嫉妬はしてしまう。


 私だけを見て欲しいのに、励は他の子を見る。


 私だけと話して欲しいのに、他の子とも喋る。


 励以外の奴など、信用できない。きっと裏切る。


 私は絶対に励を裏切らないし、励も私を裏切ったりしない。


 だったら、私だけでいい。そうでしょ?

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