海で待つ家族

丫uhta

「ただいま……」「ゴメンな…本当にゴメン……!」


 赤信号あかしんごうあおわる。

 められたくろ背広せびろ大群たいぐんながした。



 まえからも、うしろからも、くろ背広せびろがやってる。

 だが、それぞれ衝突しょうとつもしなければなみたない。



 無数むすうくろあしあいだようすすむ。

 信号しんごうぎてかいの歩道ほどううつる。



 リンリン!

 首輪くびすずひびく。

 そのおとなつかしさをかんじると同時どうじにどこからかしおにおいがただよったがした。



 くろ背広せびろけるよう道端みちばた移動いどうする。

 ふと、あしめてふりかえる。しかし、だれなくなっていた。

 さっきまでまえおおほどくろ背広せびろ姿すがたは、ひとのこらずえていたのだ。

 見渡みわたようまえもどるが、まえにも背広せびろ姿すがたは、えていた。

 しかし、不思議ふしぎと“へんだ”とも違和感いわかん一切いっさいかんじなかった。



 リンリン!

 微かに香る潮の匂いに、再び首の鈴を鳴らしながら歩き出す。



 服屋ふくやのガラスりに一匹いっぴきすずいた首輪くびわけたねこうつんだ。

 ねこは、まってまわりを見渡みわたした。



 服屋ふくやのガラスりのこうには、ふくたマネキンではく。供花くげかれている。



 まるで異世界いせかいにでもてしまったようだ。

 人気ひとけまったかんじられず、さながらときでもまってるみたいだ。



 そらには、とりんでければのこえこえない。かぜいてなければおとすらこえてない。



 道路どうろ信号しんごうは、すべ点滅てんめつしている。さっきまでうごいていたにもかかわらずにだ。

 だれない世界せかいなにわけじゃないがねこにとっては、うつすべてが無意味むいみだった



 この世界せかいには、しおかおりだけがあった。



かなきゃ”

 ガラスにうつねこは、しおかおりにさそわれるようあるはじめた。



 リンリンリン!

 首輪くびわすずらしながらあしすすめる。



 しばらくすると、電車でんしゃえきえてきた。

 改札かいさつには、だれない。窓口まどぐちは、電気でんきこそいてはいたがやはり、だれないようだ。

 それでもねこは、まよこと改札かいさつけて、ホームにる。

 ホームには、すで電車でんしゃまっていた。

 異様いよう雰囲気ふんいき一瞬いっしゅん警戒けいかいするが、しおかおりは、電車でんしゃなかからただよっていた。



 そのにおいにねこは、まよことくホームの隙間すきまえて電車でんしゃむ。

 すると、なん前触まえぶれもおとく、ドアがまった。

 一瞬いっしゅんおおきくれてうご電車でんしゃ

 車内しゃないには、きゃくはおろか、運転手うんてんしゅすらもなかった。



 しかし、不安ふあんだったりこわいとは、これっぽっちもおもわなかった。

“このにおい……みんなっている”

 座席ざせき心地ここち部分ぶぶんあしさぐるようまわる。

 そして、よこになる。



 電車でんしゃがトンネルにはいまど車内しゃないうつる。

 かがみになったまどには、ねこ姿すがたは、うつってかった。

 わりにねこてる位置いちに4にんの、家族かぞくおもわれる人間にんげんうつっていた。

 ねこは、うすらとけて車窓しゃそうる。



 白髪しらがえた父親ちちおや小太こぶとりの母親ははおや成人せいじんした兄妹きょうだい

 家族かぞくは、二手ふたてかれてすわっていた。

 二手ふたてあいだ空間くうかんは、ねこ場所ばしょだった。



 トンネルをけると家族かぞく姿すがたきええて、車窓しゃそうからは、うみえた。



“もう、すぐだよ……”

 ねこは、がると椅子いすからりてうみ反対側はんたいがわのドアのまえひらくのをっていた。



 しばらくすると、電車でんしゃは、音沙汰おとさた停車ていしゃして、とびらおとひらいた。



 しかし、停車ていしゃした場所ばしょには、ホームは、かった。

 ねこは、電車でんしゃから地面じめんりた。



 かえって電車をる。

 ってたはずの電車でんしゃは、くなっていた。

 そのわりに何処どこまでもひろがるうみえる。

 “みんな……”

 あるこうとしたそのとき電車でんしゃだけでく、線路せんろすらくなってること気付きづいた。

 わりに足元あしもとには、ゴミやくさ貝殻かいがらしろ砂浜すなはまうみまでつづいていた。



 そらは、くもひと晴天せいてん。しかし、あつくもければさむくもい。

 それどころか太陽たいようすら見当みあたらなかった。



 うみかってゆっくりとあるす。

 リンリン。首輪くびわすずしずかにる。

 それ以外、無音むおんだった。

 なみおとかぜおと足音あしおと自分じぶん呼吸こきゅう心臓しんぞう鼓動こどう

 すずおと以外いがいすべてが無音むおんだった。



 うみ近付ちかづくにれてなみとどかないうみぎわたたずむ4にん人影ひとかげ陽炎かげろうようかびあらわれた。

 人影ひとかげあらわれると同時どうじすずおとむ。

 その人影ひとかげは、車窓しゃそう家族かぞくだった。



 3にん人影ひとかげは、つないで見守みまもっているよう微笑ほほえんでいた。もう1は、3にんかげかくれるようにしゃがみんでは、あたまかかえていた。



 “みんな……っててね”

 あしすすめるが家族かぞく近付ちかづくにれて、徐々じょじょあるにくくなりはじめる。



 かえってるとうしあしは、れてほねかわからしていた。

 つぶれ、えぐれた腹部ふくぶからは、内臓ないぞうおもわれるにくかけけていた。

 あたまからかおつたへこんだすずからしたたはじめる。

 ねこは、ふたた家族かぞくなおるとあるした。



 すると、まえ家族かぞくうち笑顔えがおつないでる母親ははおや兄妹きょうだいくびからは、おと鮮血せんけつした。

 それでも、3にんは、にもめてない様子ようすわらっていた。



 家族かぞく一歩いっぽ、また一歩いっぽ近付ちかづくにれて、記憶きおくがフラッシュバックしはじめる。



 ────あるまれたばかりの子猫こねこがゴミのゴミぶくろれられた状態じょうたい発見はっけんされた。

 気付きづいたのは、ある4にん一家いっか父親ちちおやだった。

 いそいでねこたすけて病院びょういんれてき。とくからだよわっていたわけでもかった子猫こねこは、家族かぞく一員いちいんになった。



 よくべて、よくて、よくあそんで。ときには、おこられて。ねこは、あっという一家いっかかせない存在そんざいになっていた。

 毎日まいにちしあわせだった。

 しかし、そんなしあわせは、ながくはつづかなかった。



 ある突然とつぜんねこは、親戚しんせきいえられることになったのだ。

 「家族かぞく旅行りょこうくから、あずかっていてほしい」

 父親ちちおやは、そうっていた。

 親戚しんせきは、ことわことねこれた。



 しかし、ねこは、それがうそだとことっていた。

 親戚しんせきかうまえ家族かぞくは、みんないていた。



 父親ちちおやひところしてしまったんだ。そして、動転どうてんしていたためかそのまま放火ほうか



 さき消防しょうぼう連絡れんらくしたのは、父親ちちおやだった。

 警察けいさつた。火事かじ放火ほうかだとかるとはじめに容疑ようぎうたがわれた父親ちちおやだった。

 だが、父親ちちおやは、適当てきとうなアリバイで一時的いちじてき容疑者ようぎしゃからは、はずされた。



 バレるのも時間じかん問題もんだい……。

 そうかんがえた父親ちちおやは、ひたいからながほど家族かぞくあたまげていた。



 はないのすえ

 家族かぞくは、心中しんじゅうすることめた。

 そして、ねこは、親戚しんせきもとわれることになった。



 親戚しんせきいえ居心地いごこちは、家族かぞくとは、またちがったさがあった。

 ねこあずかってく、警察けいさつ親戚しんせきたずねてた。

 そこではじめて親戚しんせきは、真実じじつった。



 それからは、すこあわただしくはなったが、それでも居心地いごこちは、わらない。



 しかし、ずっとこいしかった。家族かぞくに会いたかった。また、あそんでしかった。また、でてしかった。



 親戚しんせきもとあずけられて数日すうじつったある

 家族かぞくっていたくるまうみそこしずんでるところ地元じもとのダイバーが発見はっけんした。

 車内しゃないには、逃亡中とうぼうちゅう一家いっか

 発見はっけんされたときには、すでに4にんともんでいた。

 ちかくにがけがあったことから、そのがけからりたとことらしい。

 しかし、家族かぞくは、母親ははおや兄妹きょうだいは、ねむらされたのち刃物はものくびられたことによる失血死しっけつし犯人はんにん父親ちちおやは、溺死げきだった。



 そのさかいねこは、あそことも、べるりょうも、すくなくなった。

 ずっと、玄関前げんかんまえ居座いすわっていた。

 かえって親戚しんせきひとでられるも無関心むかんしん



 ついねこは、親戚しんせきいえった。

 いままで警戒けいかいして、あまりそとていなかった。

 ことものだらけだった。

 ねこは、交差点こうさてんわたろうとした。赤信号あかしんごうだった。

 気付きづいた通行人つうこうにんねこつままえようとしたが、おどろいたねこは、はしりだしてしまった。

 途端。クラクションとブレーキのおとひびわたった。



 ねこは、無残むざんにもくるまひかかれしまった。下半身かはんしんをタイヤでつぶされて、あたまつよけた。

 即死そくしだった。



 そして、ねこは、自分じぶんんだこと気付きづいていなかった。────



 カラン!

 首輪くびわくび透過とうかしてちる。



 かお半分はんぶんえぐつぶれたねこは「にゃぁぁ……」とまえ家族かぞく弱々よわよわしいこえいてった。



 3にんは、そんなねこせるようやさしくかこんだ。

 「…………………………………!」

 父親ちちおやは、あたまかかえてきながらこえにならないこえつぶやいた。

 すると、父親ちちおやは、くちからあわきながらくるしそう手足てあしをバタかせながら身悶みもだはじめた。



“やっぱり、みんないな……”

 ねこは、こころそこからそうおもい、ゆっくりとじた。

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海で待つ家族 丫uhta @huuten

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