第4話 火薬中毒

 金味噌と青兜の画面が縮小し、新たに3つ目の画面が拡大される。

 そこに映る人物の外面そとづらは、大きめの白衣を肩に引っ掛けた小柄な若い女だ。

 声や姿だけだと、大人か子供かどっちとも言えない。


「銃の引金トリガーを引いたときの、耳から脳まで響く爆音! 目から脳まで飛び散る火花! そして鼻から脳の奥のほーうまで染みる硝煙の香り!」


 少なくとも目に見える範囲、首から上は機械置換サイバー化されていない生身ナチュラルのようだ。

 発言内容はひどい天然幻覚状態ナチュラルハイだが。


「五感、全部で熱く激しく感じられるのが火薬の魅力!」


 その女性は、顔立ち、というか顔の個々のパーツだけ見るなら美形の部類に入るだろう。

 しかし視線というか眼球が両目とも斜め上、自身の額のあたりに向きっぱなし。

 妄想中の笑顔にしか見えない半開きの口と合わせて、全体的に台無しだ。


「わかるう? 火薬そのものが芸術よ!」

「あー、うん。おぬしはそれでいいんじゃないかのう」


 青兜はそれだけ言うと、完全に目を背けた。

 反論しないあたり、いつものことなのかね。


「あなたもそう思うよねえ!?」


 女性のガンギマリ顔がこっちのほうを向く。

 眼球は相変わらず斜め上のまま。


「すみません。これまで火薬とは縁のない人生でしたもので、よくわかりません」

「もったいない! もったいなさすぎ!」


 あ、やっと目玉がこっち向いた。


「こっち来なよお! 新しい銃の試射するとこなの! 濃いーのがせてあげるからあ!」


 白衣の袖から、その小柄さに不釣り合いな大口径の銃が飛び出す。

 言い方からして、熱線銃レーザーガン電磁銃レールガンではなく本物の火薬銃パウダーガンなんだろう。

 銃身だけで相当重そうな銃を軽々と扱うあたり、腕は機械置換サイバー化してるんだろうか?


「ちょっとちょっとヒーちゃん。まだお話し中なんだから、連れてっちゃダメよぉ」


 横から金味噌の助け舟が入った。

 正直、助かる。


「えー。ケチぃ」


 ヒーちゃんと呼ばれた女は、目をそらして手に持つ銃を上に向けた。

 その黒目部分が、また斜め上に移動してゆく。


「ふふふっ。ちょっと待っててね。もうすぐ撃ってあげるからねー」

「ごめんねぇ。あの子ちょっと、その、火薬が大好きなのよぉ」


 金味噌が申し訳なさそうに目線を下げる。


「はい」


 見りゃわかるわ。

 むしろ表現がだいぶマイルドだわ。

 言葉を選んだのが見て取れるわ。

 今までの人生で、あんな極まった火薬中毒者ガンパウダージャンキーは見たことねーよ。


「まーだ襲撃の時のハイテンションから戻ってこれてないみたいねぇ」

「えーと。あちらの方は?」

「ヒヨクちゃん。私はヒーちゃんって呼んでるわぁ。火薬が好きで好きでたまらなくて、それだけで宇宙海賊やってるような子よぉ」

「それだけで?」

「海賊以上に景気よく火薬使う場所なんてないからねぇ」


 いや、宇宙船で火薬なんてそうそう使わないだろ。

 武器として使うなら代用品がいくらでもある。

 むしろ火薬は空気が汚れる、衝撃が無駄ムダに大きい、劣化が早いと欠点だらけだ。


「ミサイル砲台にヒーちゃん専用通路があってぇ、襲撃時はいつもそこを全力疾走してるわぁ」

「なんでまた」

「ミサイル発射時の火薬感を全身で浴びるため、ですってぇ」


 火薬感ってなんだよ。


「そのためだけに、全ミサイルの発射プロセス制御とか船内の空調含め生命維持機関制御、弾薬管理なんかを完璧にやってのける凄腕すごうで宇宙船技術者スペースシップ・エンジニアよぉ。機器不正侵入クラッカーの腕前も私より上ねぇ。ま、火薬がからまなきゃすごく有能な子よぉ」


 火薬が絡んだら無能か。

 襲撃時にミサイルがじゃんじゃか飛んできたのは、アレのせいだな。

 当人は手元の銃をうっとりと眺め続けていて、こっちはもう眼中になさそうだ。


 この宇宙空間であのレベルの火薬好きって、有害という意味じゃ最大の危険人物じゃないのか。


「さて、あと1人紹介したいんだけどぉ」


 最後の1人だな。

 俺もちょっと気にはなっていた。

 その人物を映すはずのモニターが、さっきから白一色で他に何も映ってないのだ。


「チョウちゃーん。ちょっとリラックスしてもらっていいかしらぁ」

「いいよー。ちょうど休憩時間インターバルだしー」

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