第1章-17 『一触即発の晩餐会』

「まぁ、意気込んだはいいけど、別にそんな大した話でもないわけだが、聞いてくれ。俺は、日本にいたときは高校1年のただの男子高校生だったんだ。それは、ちょっとばかし運動ができる以外は何の変哲もない、唯のな。でも、そんな俺の変哲の無さは、突如、ある日の授業中に終わりを迎えた。黒板を横目に見ながら窓からグラウンドを眺めていた俺は、翼の生えた『何か』に目を奪われてしまったんだ」

「『何か』ですか?」

「あぁ。その時は、人型をした、人間でない『何か』としか認識が出来なかった。まぁ、でも、ネタバレするけど、そいつが俺をこの世界の前の異世界に召喚した張本人……いや、張本神だったわけだ。そいつに目を奪われているのと同じように、そいつの目も俺を見て話さなかった。まぁ、自分で言うのもなんだが、俺は異世界の神様に『見初められ』ちまったんだと。なんでも、他の世界の存在を感知できるってだけであいつら神様からすれば稀有な存在だったらしい」

「ほぅ。所謂『選ばれてしまった系主人公』というわけか。その点で言えばーーー」


 魔王はそこで言葉を止めて、こちらを見る。 

 何か思うことでもあるのだろうか。元日本人ということはわかっていても、魔王からじっくり見られるのは迫力が絶えないので、あまり遠慮しておきたいところではあるが……。


「いや、なんでもない。話をすすめて構わん」

「……。お前、ほどほどにしておけよ」

「いやなに、威厳をひけらかすのも魔王の一興だろう?」

「……そういうことじゃねぇよ。俺が言いたいのは、仮にもここは……少なくともこの時間は、だろってことだよ」

「? 言いたいことがあるならはっきり言ってみよ」

「チッ。そういうこと言うのかよお前は……。まぁ、忠告はしたからな、二度目はないぞ。特にこの後の話ではな」

「フンッ」


 魔王は鼻を鳴らして、肯定とも無視とも取れる反応を示す。

 部屋の温度が下がるのを感じた。実際に外気が冷やしている部分もあるだろうが、そうじゃない方が主な原因といえるだろう。

 頼むから仲良くしてくれよ。こんなところで魔王と勇者の喧嘩なんて洒落にならないのだから。

 そして、勇者は声のトーンを落として話を再開する。


「……。話を続ける。それで、俺は、その神様……あの堕女神ダメがみに召喚されちまったんだ。それからは、ある種テンプレ的な話だ。召喚されてから、ある名家のお嬢様に拾われ、なんやかんやしてるうちに、勇者や名家当主みたいな俺みたい若造には荷が重い肩書を貰ってしまったわけだ……」


 勇者の言葉は、尻すぼみとなっていた。

 それは、何か、嫌なことでも思い出したかのように。これは、察しの悪い僕でも直感的に理解できる。勇者の言う『なんやかんや』には、重い内容が含有されているであろうことが。

 反応に困り、固唾を飲みこむと、


「ほぅ。勇者はともかく、当主の方は訳アリと見えーーー」

『ガタッ、ガシャン』


 机上の木製ジョッキや、皿が音を立ててズレ動く。

 魔王が言葉を続けようとしたその刹那、勇者は傍に置いてあった剣を取り、対面に座っていた魔王の首に向かって剣を差し向けたのだ。

 食事が開始されてから、最も危惧していた事態に陥ってしまったのだ。


「忠告はしていた。言葉を選ぶ猶予も与えた。二度目はない」


 勇者は魔王の首に剣を当て、魔王を睨み付ける。


「……それほど踏み込まれるのは嫌か。まるで思春期の子供のソレだな」

「誰にだって踏み込まれたくないものはある。それも、まで使った情報探索なんざ反吐が出る」


 魔法干渉? 情報探索? 一体何のことだ?

 そんな僕の疑問は二の次に二人の論判は続く。


「ほぅ。やはり気づいていたか。魔力構造自体に差異が生じている中で見抜けるとは、流石は勇者とでもいったところか」

「御託はいい。いいか? 立場と状況を考えて発言しろ。今俺がお前の首を飛ばすのに1秒すらいらない」

「……この場で我を殺せるか? 勇者よ」

「殺せるさ。生き物を殺す勇気なんざ、3年前から身に着けている。こと魔王に関しては特にな。いや、それとも、お前にとっちゃこれは望んでいた結果だったか?」

「ほぅ。その心は?」

「俺から手を出せば、立場上、正当防衛で反撃ができるからな。好戦的なお前にとっちゃ、都合が良いとでも考えてんだろ?」

「……だとしたら?」

「とんだ考え違いだ。お前は俺を甘く見過ぎている。お前の反撃を待たず、首を飛ばしてチェックメイトだ。何か、言い残すことはあるか?」

「言い残すことか。だったら、訂正してやろう」

「訂正? 今更前言撤回なんざ、しても遅ぇんだよ。俺も、ほんとは日本トークで楽しみたかったんだ。その空気も場も壊して、手に入れたかったのが、この戦いか? お前の故郷はとっくに日本じゃない。魔王領だよ。」

「フハハッ! 我はもとよりそのつもりよ。日本への思い入れ等疾うの昔に消えている。それに勘違いするな。訂正するのは貴様の考えの方だ」

「……人間としても魔王としても腐っているお前が、俺をどう訂正する?」

「貴様の過ちは唯一つ。それは、『我を殺せぬこと』だ。」

「だからお前は甘く見過ぎなんだよぉ!」


 勇者は剣を振りかざす。  

 僕は怖くて目を閉じる。


「!?」


 皿が床に落ちて割れる音に、身が響く。


「ハァ……ハァ……」


 勇者の吐息が聞こえる。

 僕は恐る恐るに目を開ける。


「だから言ったであろう? 貴様に我を殺すことは出来ぬ。精神的にも、実力的にも」


 魔王は生きていた。ひと傷すら負わずに勇者の振りかざした剣の外側に立っていた。


「……何をした? お前は……俺は今確かに……」


 それはの光景だった。 

 ボブさんが確実に魔王の心臓を貫いた時のように、またも魔王は致命傷をなかったことにしたのだ。何が起こっているのか理解が出来ない。


「貴様は駄目だな。あの状況下で一度たりともこの我を殺せなかった。それとも、まだ本気を出さずに相手をできるとでも思っているのか? 我も舐められたものだ。……そうだ! 貴様は勇者なのであろう? もっと踏み躙れば力を出してくれるのか?」


 魔王は僕に見えない速度で移動し、勇者の間合いに入る。いや、この場合、勇者が魔王の間合いに入れられたのかもしれない。


「それ以上近づくな!」


 勇者は剣を薙ぎ払うが、魔王はそれを容易く避ける。


「魔法も能力も使わないでおいてやる。ほら、勇者の本気というものを見せてみよ!」

「ガハッ!」


 魔王の拳が勇者の懐を撃ち抜く。


「……」

「これで終わりか? そんな筈はなかろう。仮にも勇者を名乗れる強さだったのではないのか? それとも、貴様が井の中の蛙だっただけなのか?」


 勇者は魔王の一撃で崩れ落ち、黙り込んでしまった。息はあるだろうが、止めないとまずいのでは?


「あの! 魔王さん、それ以上は……」

「ほぅ。このタイミングで口を挟むか。ワカツと言ったな。その言葉には、覚悟を乗せているか?」

「か、覚悟ですか……」

「そうだ。覚悟だ。貴様は口だけでこの状況を止められるとでも思っているのか? 無理だ。不可能だ。止めたいのなら、覚悟を決め、言葉に乗せよ。人間の言葉で覚悟の感じられぬものなど枯葉より価値が低い。」


 ――覚悟。

 そうだ。僕にこの状況をどうにかできるのか? できないんじゃないのか? 実力も策も無い奴が出しゃばっても無駄なんじゃないか?

 答えの出ない自問を繰り返す。そんなことをしても意味がないことを知っているのに。


(実力? 策? お前アホだろ)


 !!? 

 突如として発されたその声は間違いなく僕にだけ届いていた。幻聴か何かがパニックで漏れ出たのかもしれない。

 それにしても、アホか。遂には幻聴にまで馬鹿にされる始末と情けなさに涙が出そうになる。


(だってそうだろ? 今問われているのは、覚悟の有無のみの筈だ。論点をずらして、自分を安全な方に持っていくな。逃げるんじゃねぇ。いいか? 話を簡単にすると、覚悟さえ決めて言葉に乗せれば、それで、一旦勇者は助かるんだぜ? だったらやることは一つだろ?)


 確かにそうだ。簡単な話だったんだ。自分が作り出した幻聴にしては出来過ぎだが、考えは纏まった。あとは、声に出せばいい。


「覚悟なら出来ています。これ以上の暴挙は見過ごせない」

「ほぅ。少しは良い目になった……だが、まだ足りん。もっとだ! もっと貴様の覚悟を見せろ!」


 魔王は勇者の側を離れ、僕に近づいてくる。


「そうだ! それでいい! 今はだけを見ろ! 来い! 望み通りの覚悟を見せてやる!」

「パニックで可笑しくなったか? だが、結果オーライだ! その目だ! 良い目だ! 良い覚悟だ!」


 魔王は拳に力を込める。魔力的なものすら感じる。

 身の危険と謎の高揚感が体中を支配する。

 魔王に手を伸ばそうとしたその瞬間――


 ――伏していた勇者が立ち上がる。


「……俺は……俺はこんな所で屈する訳にはいかない……いかないんだぁ!!!!!」


 そして、剣を掴む。すると、剣が光りだす。


「来い! αカリバー!」


 勇者の叫びと同時に部屋のドアが開く。


「【リ・ポーズ】!!」


 そう唱えながら入ってきたのは、アリスさんだった。

 体を支配していた高揚感が消え、身の危険のみが残る。

 勇者の持つ剣の光も消え、魔王の拳に込められていたであろう魔力も離散する。

 たった1人の少女により場の混乱と戦気が失われたのだ。


「あぁ、こんなにお皿も割っちゃって……。ちょっと目を離しただけでこの有様ってどういうこと!? ろくに食事も取れないわけ?」


 そもそも、魔王と勇者の相席を考えると、できるわけのなかった食事ではあるが、可能性はあった。というか、魔王の暴走さえ無ければ、元日本人同士のお茶会として幕引きはできたのだ。基本的には魔王の落ち度だとは思うが、3人纏めて怒られると流石に罪悪感を感じてしまう。

 そこには、勇者にも魔王にも威圧を放つ村娘Aが立っていたのだ。


「それも……これも……全部そこの魔王のせいじゃねぇか。俺らまで怒られるなんざ納得いかねぇぜ……」


 勇者は殴られた場所を抑えながら弱々しく発言する。


「そうなの? 魔王さん?」

「そうだな。悪いことは認めよう。だが、反省も謝罪も行わん。なにせ我は貴様ら人間からすれば、悪者の王――魔王なのだからな!」

「でも、それで筋は通らないでしょう? 悪人でしょうが、善人でしょうが、王たるものは王たるもの。筋は通さなくてはいけないんじゃない?」

「愚問だな。我が今回ちょっかいをかけたのは勇者だ。筋も何も魔王が勇者にちょっかいをかけることなど自然の道理。道理に謝罪するなど愚者のすることよ」


 こうしたやりとりにも違和感を感じる。そもそもあんな暴挙に出た魔王が唯の村長の娘の話をきちんと聞いて返している。

 僕にとっては命の恩人だが、魔王にとっては違う。

 恐らく戦闘好きであろう魔王からすれば、昼間のことを合わせて2度も戦闘を邪魔したアリスさんに憎しみまではいかずとも嫌悪感は感じている筈なのだ。

 しかし、魔王はきちんと話を聞いている。これは、魔王側の問題なのか、アリスさん側の異能なのかはわからない。でも、その事実は此処にあるのだ。


「だったらワカツ君はどうなの? ワカツ君にも迷惑をかけたんじゃないの?」

「ふん。此奴は、我の行いから『覚悟』を持って我に対峙した。生憎我はそれを迷惑への復讐へと貶めるような頭は持っていない」


 魔王は難しいことを言う。でも、なんとなく意味は伝わる。褒められていることくらいはこんな僕でも感じられる。


「……そう。だったら、私のお母さんはどう? 折角のお客様だからって腕によりをかけて作った食事の場をめちゃくちゃにされて、家の食器まで割られて、可哀想だとは思わないの?」

「……ほぅ。成程な。そう言われると弱いな。確かにそこには謝罪の意を込めるべきではあるな。」

「え?」

「どうしたの? ワカツ君?」

「い、いえ。なんでもないです。」


 つい声に出してしまった。でも、あの魔王が丸め込まれたのだ。これが驚かずにいられようか。


「ちょ……ちょっと待てよ。黙って聞いてりゃ、俺やワカツへの謝罪抜きに……事を進めようとしてねぇか? そんなの……認められるわけねぇよ」


 勇者はまた腹を抑えながら声を捻り出す。


「それは今から考え……って、怪我してたんだったわね。エクスヒール!」

「……これは……凄いな。痛みが消えた」


 アリスさんの魔法により勇者の怪我は治ったようだ。


「って、それどころじゃなく、俺もコイツもこの状態のまま終われねぇよ! もし仮にコイツが納得したとしても俺は絶対許さねぇ。コイツがやったことの報いと謝罪はぜってぇ受けさせる」

「……何をされたのかは詳しく知らないけど、そうね。魔王の方もこのままじゃ消化不良でしょうし、『決闘』なんてところで落合をつけたらどうかしら?」

「決闘だ?」

「ふむ、決闘か」

「そう、今日はもう遅いから取り敢えずは両方とも休んでもらうけど、明日、開けた場所で、決闘を行いましょう。流石に、命をかけた戦いなんてさせられないけど、どちらかの降参か、第三者のボブの判定で、勝敗を分けて、負けた方が勝った方の要求を一つ飲む。みたいなところでどう?」

「あぁ! 俺はこの案に乗るぜ! ぜってぇ勝ってこの魔王のこうべを垂れさせるんだ!」

「待て。我にその戦闘を受けるメリットがないように見えるが? 我はそやつにして欲しい事などないのだが?」

「は!? 逃げるのかよ!」

「逃げる逃げないの問題ではない。単に利益不利益の問題だ」


 ここで渋るのは予想外だ。この魔王、戦闘好きじゃなかったのか?


「……流石の私も吃驚だわ。貴方、ここまで戦闘狂みたいな振る舞いしてきてたから、てっきり受けるのだとばかり……。でも、この決闘、受けてもらうわよ」

「ほぅ。だったら我のメリットを提示してみよ」

「メリットではないけど、『謝罪打ち消し』でどう?」

「『謝罪打ち消し』だと?」

「そうよ。魔王たる者、筋を通す為とは言え、人間に謝罪するなんて、屈辱に当たるんじゃないの? この決闘に受ければ、この場の惨状をお母さんには私の責任として伝えて、貴方の謝罪すべき事柄を打ち消してあげる。もちろん、貴方が勝った暁には、これプラスで、イサムに何か要求できる権利もあげるわ。この提案でどうかしら?」

「フハハッ! 貴様、面白いな。まさか、この我が人間如きにこうも言いくるめられようとは……。よかろう! 貴様のその提案乗ってやろう」

「よし! 決まりね! じゃあ、色々と準備をしておくから、2人とも、今日はきちんと休むこと。いいわね? 今日これ以上騒ぐようなら、明日の決闘前に騒いだ方の不戦敗にするからね?」

「そもそも俺は……いや、そうだな。今日は休むとしよう。」

「ふむ。睡眠など要らぬ身体ではあるが、今日は大人しく休むとしよう。流石に異世界召喚は堪えたみたいだしな」


 確実に堪えているのは、昼と今の戦闘の方だとは思うが、口は挟まないでおこう。空気の読めるオタクは無駄な口は挟まないのだ。

 そして、一時的にではあるが両者は納得し、それぞれの用意された部屋へと帰っていった。



 こうして、一触即発で即爆発した晩餐会は終わりを迎えた。

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