第20話 隠された参加条件

「おい! こんなの聞いてねぇぞ! 戦えりゃぁ、参加できるんじゃなかったのか!」


 道場に入るや否や、怒号に耳を塞ぐ。


「こんなところで躓いているようでは、そもそも優勝なんて夢のまた先だ。今回は運が無かったと思ってくれ」


 道着を来た大男が自信満々に言葉を言い放つ。

 今、倒れている男の方が、恐らく試合に負け、いちゃもんをつけているのだろう。


「おい! そんなんで納得できっかよ!」

「この場では、こちらで用意した木製のもの以外禁止と言ったはずだが?」

「うるせぇ!」

「!!?」


 驚いた。それは、負けた男の暴走にではない。

 道着の男の『技』に対してだ。

 刃物の男の腕を冷静に掴み、背負い投げをみせたのだ。あんな綺麗なものは久しぶりに見た。驚きだ。

 

 あの道着……あの動き……間違いない。あの大男はトーゴクの格闘家だ。


「グヘェ」

「ふん! 根性から鍛え直せ! 愚か者が!」


 伸びてしまった刃物の男は、他の道着の男につまみ出される。きっと、助手なのだろう。

 その後、大男はこちらに向けて話しかける。


「よし、次の5人が揃ったな。俺は試験官のアキレアだ。今からルール説明を始める。2度は言わんからよく聞くように!」

「はい!」


 つい、昔の癖で返事をしてしまった。

 大男はこちらに目を向ける。


「ふむ! 感心だ! 最近の若者は、こんな返事すらできない奴が多いからな! 期待しているぞ、少年」

「あははは……」


 恥ずかしさと、無駄に注目されってしまったことへの不安に苦笑いする。

 それに、俺はもう、少年という歳でもないんだがな……。


「今から、受付でも言われたと思うが、選定試験を始める。これは、こちらの想定以上の人数が来てしまった故の処置だ。それについてはこの場を借りて謝罪しよう。すまん。だが、お前たちに一つ言っておくことがある。これは、こちらの優しさということを頭の中に入れておけ。この場を通れぬような奴に、優勝なんて夢のまた夢なのだからな」

「……」


 あまりの迫力に5人全員は黙り込む。


「さて、ルールだが、簡単だ。5分の間俺から逃げてみろ。ただし、2本取られた時点で終了だ。とはいっても、俺から1本取られた時点で終わりだと思っておけ。俺の投げを耐えられるだけの耐久があると自負するなら別だが、ほとんどの奴は、1本で戦闘不能だ。武器は、此処に用意した、木製の武器だけだ。剣でも、弓でも、杖でもなんでも好きなものを取っていけ。因みに、本番では、これらの鉄製版が用意される。予行練習とでも受け取っておけ」

「……」


 全員が、息を呑みつつ、頷く。


「さぁ、誰から行く? 俺は誰からでも構わんが……」

「じゃあ、俺から行かせてもらいますよ」


 俺の前の男が手を上げる。


「威勢やよし。さぁ、武器を取れ。自分なりの間合いが取れ次第、言え。タイマーを動かす」


 男は木刀を握ると、


「あ、そうだ。本戦に準拠するなら、先にアキレアさんを戦闘不能にしてもいいんスよね?」

「あぁ、もちろんだ。それが出来るならの話だが、一本俺から取れば、それで合格だ」

「っしゃ。じゃあ、もういいっすよ」

「よし、じゃあ計測を開始してくれ」


 それを聞いた審判の女性が、上に手を上げる。


「では、試合開始!」


 その手が降りた瞬間、試合が始まった。


「っしゃ、先手必勝!」


 男が、木刀を振りかざした瞬間、


「隙だらけだ、若造!」

 

 アキレアさんは男の木刀を避け、腕を掴む。

 その巨体からは、想像もつかない速度だ。


「ちょ、タンマタンマ!」

「問答無用!」


 叫びも虚しく、そのまま男は投げ飛ばされてしまう。


「カハッ!」


 男はそのまま伸びてしまった。


「……続行不能だな。お帰り頂け。次は誰が相手だ?」


 助手によって、男がつまみ出された。


「……」


 数秒の沈黙の後、


「なら、アタシがいかせてもらおうかしら」


 3つ前に並んでいた人が手を上げる。

 ローブを被っていたからわからなかったが、女性だったんだな。


「おっと、今度はお前か。女の挑戦者は久しいな。だが、俺は女相手でも手加減はせんぞ?」

「えぇ。わかっているわ!」


 適当に返事をしながら、女性は、小刀を取る。


「これ、間合いは自分で決めてもいいのよね?」

「あぁ、構わん」


 小刀を握りなおしながら、女性は、できる限りアキレアさんと距離を取る。


「よし、もういいわ!」

「……計測を開始してくれ」


 審判の女性は手を上げる。


「では、試合開始!」


 戦闘が始まった。

 

 始めに距離を取っていた女性は、アキレアさんを中心とした円状に動き回る。

 なるほど、この人は5分間逃げ切る道を選んだようだ。


「ほぅ……これは早いな」

「これでも、足で生きてきた冒険者だからね!」


 女性は余裕の返答を見せながら、走り回る。

 それをアキレアさんは掴もうと動く。


「ふん! ふん!」


 何度かアキレアさんの腕が掠ってはいるが、捕まえられない。


 その状況が続き、もう終わりかと思われたその時、


「……」


 アキレアさんが動きを止め、目を閉じる。


「え? もう終わりなの?」


 女性の方は動きは止めずに、言葉を発する。


 そして、次の瞬間――


「そこだ!」

「きゃっ」


 もの凄い速度で動いたアキレアさんの手が、女性の腕を掴む。


 あれは……『居合い』か?

 刀術以外に流用してるのは初めて見たな。


 女性はとっさに小刀を投げるが、避けられてしまう。


「よし、ようやく捕まえたぞ……」

「あちゃ~。結構自信あったんだけどな」

「よくやった方だと思うぞ。でも、ここまでだな」

「でも、教官、ひとつだけ教えておいてあげる」

「ん? なんだ?」

「一流の冒険者は念には念を入れるのよ!」

「な!?」


 女性は、開いていた方の手から小刀を投げる。

 それに反応し、アキレアさんは女性の腕を放す。


 そして、その瞬間


「そこまで!」

 

 審判が、試合終了を告げる。

 

「……驚いたな。初めに取った小刀はひとつだと思っていたが……」

「そうね、確かに初めに取っていたのはひとつだったわ。動き回っている間に。補充していたのよ。時に冒険者には騙す技能も問われるもの」


 女性は更に4本の小刀を取り出す。

 用意されていた小刀の全てだ。


「ほぅ。これはしてやられたな。お前、名前は何という?」

「私はヤマト。Aランク冒険者よ」

「Aランクだ? そりゃあ、あれだけ速ぇわけだ」

「私も危なかったけどね」


 なるほど、Aランク冒険者か。なかなか、大物まで参加してるんだな。

 Aランクっていうと、ダリエリアに50万以上いる冒険者の、上位8%だったはずだ。

 そんな人たちが参加しているのか……。


「よし、何はともあれ、合格だ。ほら、持ってけ」

「なにこれ?」

「大会の参加証だ。偽造したり、他人が使ったりできる品物ではないから安心しろ。だが、再発行はできんから、無くさぬように」

「わかったわ」


 参加証を受け取ると、女性は道場を後にした。


「さて、次は誰が相手だ?」


 選定試験はまだまだ続く。

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