錬金術屋の魔改造スライムは最強らしいですよ(コンテスト版)

うみ

第1話 どうも、錬金術屋です。スライム連れてます

 虎のようなモンスターの体がビリビリと放電し、青白く輝き始めた。

 こいつは虎頭にライオンのたてがみを持ち背中から幾本もの角が生えたモンスターで、「雷獣」という。

 対するは、熟練の冒険者四名。

 大きな盾を構えた戦士が前に立ち、後ろの冒険者が弓を放つ。

 彼に呼吸を合わせるように大きな剣を持った戦士が雷獣へ切りかかった。


「お、おお。さすがだ」


 後ろの岩陰からこっそりと観戦していた俺は、思わず称賛の声を漏らす。


 矢は風を切る音と共に真っ直ぐに雷獣の眉間へ突き刺さ……らない。雷獣の放電で矢が消し炭になってしまったからだ。

 首を正確に狙った戦士の大剣も、分厚い雷獣の毛皮に防がれてしまった。

 

 その時、雷獣が耳を塞ぐほどの咆哮をあげる。

 同時に、白い輝きが爆発し冒険者たちへ襲い掛かった。


「うあああああ」

 

 冒険者たちから悲鳴があがり……。ま、まずい。黒焦げになっていて、一人が虫の息だ。

 このままでは彼らがやられてしまう。

 

「助けに行こう」


 足元から一匹の涙型の赤いぷにぷにがぴょこんと跳ね、俺の肩に飛び乗った。

 このぷにぷには最弱のモンスターとして名高い「スライム」である。ただ、こいつは普通のスライムではない。

 俺が合成に合成を重ねた、魔改造スライムなのだ。


「大丈夫ですか!」


 一番近くにいた膝をつく矢筒を担いだ若い男へ声をかける。


「お、俺は何とか……ティナが重症だ……」


 震える指先の示す先には法衣を着た女性が床に伏し、ピクリとも動かないでいた。

 確かにあれはまずそうだ。

 

「ここでじっとしていてください。先に雷獣を」

「ひ、一人でか。あいつには魔法も剣も通らねえ……あんただけでも逃げろ」

「いえ、俺にはこいつがいるので、大丈夫ですよ」


 肩に乗る赤いスライムへ親指を向け、にかっと微笑む。


「え……ええ……兄ちゃん、テイマーだったのか……だが、そいつじゃさすがに……」


 男はあからさまに嫌そうな顔で息絶え絶えになりながらも、のたまった。

 いや、ほらさ。気持ちは分からんでもないけど。

 そんな重症で、他人の心配をしている場合じゃあ……。


「俺、テイマーじゃないんです。錬金術師なもので」

「……本気で逃げろ! 俺たちは冒険者。下手こいたら死ぬのも運命だ」

「いえ、逃げません」

 

 この人たちを何としても救いたくなった。

 自分の命を顧みずに、「逃げろ」なんて言える人はそうそういないぞ。

 雷獣を睨みつけつつ、肩に乗る赤スライムを指先でツンツンとする。

 赤スライムは指の形に合わせてぷにゅんとなった。

 

「よっし、頼んだぞ。赤!」


 ぴょこんと跳ねた赤スライムは、ぺとんぺとんと跳ねながら前衛の戦士の前に立ちふさがった。

 そこに再び雷獣の放電がさく裂する!

 

 ――シュウウウウ。

 しかし、俺たちをも包み込もうとした白い稲妻は全て赤スライムに引き寄せられ、吸収されていく。

 ふふふ。雷属性吸収も、もちろん備えているさ。

 放電し硬直状態になっている雷獣。一方で赤スライムはその身をぷるるんと震わせた。


 グウウウウン。

 スライムの体積が四倍ほどに膨れ上がり、ぱかんと丸い穴が開く。

 

『ぐばー』


 気の抜けるような音と共に、灼熱の火炎が赤スライムに開いた丸い穴から吐き出され、雷獣の顔へ直撃した。

 雷獣の顔が跡形もなく消し飛び、どおおんと首から下だけになった体が地面に倒れ伏す。

 

「な、な、な……」


 矢筒を背負った男が声にならない声をあげ、口と目をこれでもかと見開いている。

 前衛の二人もまた赤スライムを指さし、後ろにひっくり返りそうになっていた。

 驚いている場合じゃないぞ。

 法衣を着た女性が重症なんだから。

 急ぎ彼女の傍に駆け寄り、うつ伏せになった体をひっくり返す。

 しかし、彼女は完全に意識を失っているようで、全く動きがない。


「大丈夫です。生きています」


 彼女の首元に指先を当てると、弱弱しいが確かな鼓動を感じる。


「……っつ! ティナ!」

 

 矢筒を背負った男が叫び、彼だけでなく前衛の戦士二人も彼女の傍までやって来た。

 しかし、大盾を持っていた重装備の戦士の方は片足を引きずっている。彼もかなりの深手を負っていそうだな。

 懐から赤色の液体で満たされた小瓶――レッドポーションを取り出す。

 

「レッドポーションじゃないか!」

「はい。値段の割に効果が高い名品ですよ!」

「ちょ、待て」

「大丈夫です。今朝調合したばかりの新鮮なレッドポーションですから!」

「本当に錬金術師なのか……あんた」


 全く、俺の商品が腐っているかもしれないなんて疑うとは何たることだ。

 確かにレッドポーションはすぐに腐ってしまう。二日もてばいいほうかな、

 だけど、レッドポーションは色付きポーションの中では最も効果が高いんだぞ。

 きゅぽんと小瓶の蓋を外し、ティナと呼ばれた法衣を着た女の子の頭の下に片手を通す。

 彼女の顎をクイっと上げ、開かせた口に赤い液体を流し込む。


「けほっ!」


 苦しそうに咳きこむティナであったが、意識が覚醒したようだ。

 レッドポーションを半分ほど口からこぼしてしまったけど、傷はほぼ完治していそうでよかった。

 

「ティナ!」


 三人の冒険者の声が重なる。

 

「わ、私……」


 体を起こしたティナが自分の両手を開きわなわなと全身を震わせた。


「そこの兄ちゃんが助けてくれたんだよ」

「初めまして。錬金術屋のエメリコです」


 膝立ちのままペコリとお辞儀をする。


「ありがとうな、兄ちゃん」

「ありがとうございました。錬金術屋さん」


 斧を支えにしている重装備の男と大剣を担いだ長髪の美男子がそれぞれお礼を述べる。

 

「レッドポーションならまだありますので使ってください」


 それぞれにレッドポーションを握らせ、ニコリと微笑む。


「おいおい。いくら何でもタダでもらうわけにゃあいかねえって」

「でしたら、この後少し手伝って欲しいことがあるのですが」

「もちろんだ」

「ありがとうございます!」


 思わぬところで人手を得ることができた!

 この人たちを無事助けることができたし、今日はなかなかついているぞ。

 

 ◇◇◇

 

「ありがとうございました! ぜひ、『ルシオ錬金術店』にお越しください! お安くします!」

「いや、こちらこそ助かった。じゃあな」

「はい。お気をつけて!」


 助けた冒険者四人と共に、アマランタの街まで戻ってきた。

 街の入り口を入ったところで彼らと別れ、大きな背負子に潰されそうになりながらも、自分の自宅兼お店まで背負子を運び込む。

 いやあ、儲かった儲かった。レッドポーション三本でこれだけお手伝いしてくれたんだもの。

 ほくほくしつつ、背負子を床に置いてすぐにお昼ご飯を食べに向かう。

 荷物の整理は後だ後。俺は今、腹が減って仕方がないのだ。

 

 街の中央大通りから一本横に行くと、急に静かな通路になる。

 そこに俺のお気入りのレストラン「酔いどれカモメ亭」があるのだ。

 

 カランコローン――。

 店のドアを開けると子気味いい鈴の音が鳴り響く。

 

「いらっしゃいませー」


 鮮やかな赤い髪をポニーテールにした少女が満面の笑顔で俺を迎え入れてくれた。

 しかし、俺の顔を見るや急に素の顔に戻ってしまう。

 

「よお。タチアナ」

「なあんだ。エメリコだったのお。あ、今日は赤い子を連れているのね!」


 また笑顔に戻った少女――タチアナが両手を大きく広げると、肩に乗っていた赤スライムがぴょこんと跳ね彼女の胸に飛び込んだ。

 彼女が両手で抱きしめると赤スライムがむにゅーんと形を変える。あれだけ柔らかいのにアタックしたらモンスターを叩き潰せるんだから、驚きだよ。


「今日のスペシャルはっと。ホロホロ鳥のシチューか」

「スペシャルにする?」

「うん。いつもの感じで頼む」

「エメリコ……まあいいわ。この子もいつものでいいの?」

「おう」


 毛束を揺らし「はい」っと赤スライムを手渡してきたタチアナがくるりと踵を返し、「スペシャル一丁ー」と元気よく店の奥にいる親父さんに声をかけた。

 俺はというと右隅のカウンター席が空いていたので、そこに腰かけ赤スライムを膝の上に乗せる。

 しかし、膝の上だと周囲が見えないからか赤スライムがぴょこんと跳ね、テーブルの上にちょこんと乗っかった。

 この店ならスライムを連れていてもとやかく言われることもないし、こういうところがこの店を気に入る理由の一つでもある。

 

「おまたせえ」


 きたきたあああ。

 湯気をあげる一人用の鍋の蓋をさっそく開けてみる。

 おおおお、期待通りの真っ赤っかだ。うーん。湯気から漂う刺激的な香りに鼻だけでなく舌もピリピリときそうだな。

 

「トンガラシを乗せすぎじゃない?」


 と眉をしかめつつも、赤い粉が入った小瓶をトンと机に置いてくれるタチアナ。

 ははは。これだけじゃあ足らないだろ。素材採集から戻った日はこれに限る。


「はあい。キミの分も持ってきたわよー」


 皿には綿棒くらいの細い五センチほどの真っ赤なスティックが大量に載せられていた。

 あれはトンガラシの元になるカブトムシみたいな甲虫の角だ。あれをすり潰して粉にしたものが「トンガラシ」と呼ばれている。

 唐辛子より少し辛いけど、味はほとんど同じ。

 

 タチアナはテーブルの上にコトリと皿を置き、すかさず皿の上にぴょこんと乗っかった赤スライムの様子に目を細めた。

 いいのだろうか、テーブルの上でスライムに食事をさせて。

 俺は全く気にしないけどね!

 

 鍋に更なるトンガラシをばっさーとかけて、スプーンで真っ赤なスープをすくい口に運ぶ。


「おおお。うめええ」

「それだけ真っ赤にして、味が分かるものなのかしら……」

「もちろんだ。ホロホロ鳥は良い物だ。もやしと香草とトンガラシによく合う」

「まあ……お客さんが気に入ってくれるのが一番。あんたの趣味にとやかく言わないわ」


 つんつんと指先で赤スライムを突っついたタチアナは、ウインクして他のお客さんのオーダーを聞きに行った。

 ウインクの先はもちろん俺じゃあなくて赤スライムだけどね。

 

 お、おおっと。冷める前に食べちゃわないと。

 この辛味の中にあるうま味がたまらんな。赤スライムは赤スライムで体の中に甲虫の角を飲み込み一瞬で溶かしている。

 赤スライムのお気に入りはあの甲虫の角なんだよな。そういや、甲虫の角って言うけど、虫の名前は何ていうんだろ。

 

「よお。エメリコ」

「甲虫の角の甲虫の名前って何なんだろうな?」

「おいおい、挨拶の前にそれかよ。相変わらずのマイペースさだな」


 ツンツンヘアのガタイのいい青年が朗らかに笑い、俺の隣に腰かける。

 こいつの名前はテオ。鍛冶屋のせがれだけに、なかなか良い筋肉を持っているのだ。その分、脳みそが残念なんだがな。


「おいおい、チラ見しただけで無言で食事継続かよ」

「いや、聞いただろ。甲虫の名前」

「それを俺が知っているとでも?」

「そうだな。聞いた俺がバカだった。テオの耳にも念仏ってやつだな」

「何だよそれ。お前、たまに意味不明なことわざ使うよな」

「気にするな。俺が変な事を言うのはいつものことだろう?」

「ははは。あ、おおい、タチアナー。スペシャル一丁頼む」

「はーい」


 テオの呼びかけにタチアナが手を振って応じる。


「そうそう、思い出した。後でテオの家行くから」

「ん? そうなのか?」

「おう。テオパパに引き取ってもらいたいものがあってさ。思った以上にパープルミスリルが採掘できてな」

「へえ。って、お前、またレア鉱石をほいほい持ってきたのかよ」

「たまたまな。冒険者さんたちがさ、快く手伝ってくれたから」

「へえ。冒険者にもそんな人たちがいるんだな。彼らってお金で依頼したこと以外やらない印象だったんだが」

「俺の人徳だよ。はは」

「それは無い」


 こ、この野郎。即答しやがって。

 よし、食べている隙にあいつの鍋にトンガラシを突っ込んでやろう。

 ふふふとほくそ笑んで、テオのスペシャルメニューが来るのを待っていたら、鍋を完食してしまった。

 ちょうどそこにタチアナが料理をもってやってくる。

 

「お待たせ―。テオはまたサボり?」

「違うって、ちゃんと仕事をしているからな! 今は休憩だ!」

 

 テオが何やらタチアナに言い訳をしているが、まあ彼のことだサボりだろ。

 それよりなにより、ブツが来たことが肝要だ。

 ちょうどいい具合に、タチアナがテオの気を引いてくれている。

 そっと鍋の蓋を開けようと手を伸ばしたら、運悪くテオと目が合ってしまう。


「どうした?」

「いや、あ、そうだ。甲虫の角の甲虫ってなんて名前なんだろうな?」

「またそれかよ。俺が分かるわけないだろって言ったじゃないか」

「タチアナに聞いたんだ。お前に聞くわけないだろうに。で、知ってる?」


 俺の質問にタチアナが顎に指先を当て、すぐに答えを返す。


「ルベルビートルのこと?」

「うん、それそれ」

「そんな名前だったのかあ」


 感心したように呟き、タチアナの方へ目を向けポンと膝を打つテオ。

 その行動が命取りになるぞ、ふふ。呑気に「そんな名前だったのかあ」なんて呟いているから、隙が生まれるのだ。


「ありがとう。タチアナ」

「どういたしましてー。じゃあね。赤い子」

 

 つんつんと赤スライムを指先で突っついたタチアナが、別のお客さんのオーダーを取りに向かう。


「じゃあ、俺もそろそろ行くよ」

「そっか、また後でなー」

「あいよ」


 俺が立ち上がると赤スライムがぴょこんと俺の肩に乗っかる。

 テオに背を向けそのままスタスタと歩くが、ニヤニヤが止まらない。

 

「ぎゃあああ。辛いいいい!」


 後ろからテオの悲鳴が聞こえた。

 

 ◇◇◇

 

「すいませーん」

「おお、エメリコ。テオから話を聞いとるぞ」

 

 腕と肩回りの筋肉が特に凄い40代半ばほどの男が俺を迎えてくれる。


「それだったら話が早い。ファビオさんにと思って」

「ここじゃ何だし、中に入れ」


 俺のお店と同じで街はずれにある鍛冶屋「ファビオ」は、立派な工房を備えた人気店だ。

 店主のファビオは四十代半ばくらいの筋骨隆々の髭もじゃの男で、若い時はドワーフの元で修行したのだとか何とか。

 職人気質で硬いところはあるけど、気のいい人で祖父が亡くなってからもいろいろ良くしてもらっている。

 

 ファビオは俺を店内ではなく、鍛冶屋に隣接している住居の方に案内した。

 そのまま居間に通され、椅子に座ってしばらく待つように申し付けられる。

 椅子の隣に置いた背負子を開いて、中身を出そうとしていたらお盆にコップを乗せた少女が扉を開けるのが見えた。

 

「飲み物まで持ってきてくれなくても良いのに。気を使わせちゃったかな」

「ううん。パパはちょうど納品があるとかで、来てくれたのにお待たせしちゃってごめんね」


 金色の髪を長く伸ばし、大きな緑色の目をした小柄な少女はテオとは似ても似つきはしないけど、彼の妹である。

 名前はミリア。控え目な性格で、おバカで豪胆なテオとは性格も正反対だ。

 

「特に急いでないし、ゆっくり待つよ」

「うん」


 コップをテーブルに置いて、立ち去ろうとするミリアだったが、足どりが重い。


「赤」


 肩に乗っかる赤スライムを指先でつんとつつくと、ぴょこんと跳ねミリアの胸に飛び込む。

 ちょうどお盆を持っていたミリアがお盆を下げると、そこにちょこんと赤スライムが乗っかった。

 

「わあああ」


 ミリアの顔がぱあああっと明るくなり、お盆から跳ねた赤スライムを両手で抱える。

 それに合わせぷにゅーんと形を変える赤スライム。


「タチアナもそうだけど、ミリアもスライムが好きなんだな……」

「うん! 可愛い。触るとぷよんぷよんしていて幸せな気分になれるの」


 まさかのスライム人気。俺はどっちかというとモフモフの方が好きなんだけどなあ。

 スライムのぷにぷには確かに癖になるけどさ。

 

「ありがとう。はい!」

 

 ミリアが両手を開くと、赤スライムはむにゅーんと床に落ちた後、ぴょこんと跳ね俺の肩に乗る。

 手を振って、ミリアが部屋から出て行く。

 お、お茶か。コップに入った常温のお茶をずずずとすすり、ほおおと息を吐く。

 

 いやあ、半年前はまさかこんなことになるなんて思いもしなかったなあ。

 俺がスライムと素材を採集しに行くことになるなんて。

 でも、あの頃はお店を何とかしようと必死だった。今は少し上向いて来たとはいえ、まだまだ繁盛しているなんて言えないけどさ……。

 

 自然と俺の意識は半年前に向いていた。

 そうだ。魔除けの精油を改良しようとしたことがきっかけで、俺はスライムを魔改造することになったんだ。

 

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