第六話 Go for broke! SAMURAIIII!!!

 一の全身が赤熱し、各部に配置された空冷ユニットが騒音を鳴らす。


「ならば、この一、神速の兵となろう」


「ああん?」


 大きなアイデンティティが、彼にはあった。

 企業に忠義を尽くす"志"である。


 義体やインプラントしたテックを使用するには、当然エネルギーが必要だ。

 充電切れやそれに近い状態になると、著しくパフォーマンスが減少し、それは生死に関わる。


 全身義体の一番のメリットは、耐久性でも戦闘能力でもない。ことだ。


 そして、その大量に内蔵されたエネルギーを瞬時に消費する事で、短期的だが莫大なパフォーマンスが期待できる。

 最期の切りジョーカー。彼は今、それを切り、目前の強敵に対峙した。


 ─────────────────────


「リンダ…突っ立ってないでとっとと来てくれ!うお…マックス意外と軽いな」


 その頃俺は、化け物二人の殺し合いを尻目に背後のトラックに逃げ込んでいた。


 失神したマックスを背に抱え、片手でリンダを引き回してなんとか隠れる事が出来たが、所詮その場しのぎにしかならないだろう。

 それに、地面には彼の血がべったり道標の様に付いてしまった。これでは猟奇的なヘンゼルとグレーテルだ。


「マックス…わた、わたし……」


 依然としてリンダの精神は平穏を取り戻せていない。

 マックスも動かない。一応止血はしたつもりだが、こんな記憶喪失の家無し男ができる処置などたかが知れている。医者に連れて行かなきゃ死ぬ。

 でも、こんな治安のちの字も無い街にマトモな医者がいるのだろうか?それも彼の様な犯罪者を受け入れてくれるような……。


 本来であれば俺なんかがこんな悩まなくとも、リンダがサポートしてくれるだろうに……。


「私、いつもそうなのよ」


 俯くリンダがボソッと呟いた。


「マックスと私は幼馴染でさ…昔から一緒に遊んでバカやって…楽しかったなぁ。あの頃」


「…勿論今も楽しいけど、本当はマックスにこの仕事やめてもらいたいの」


「便利屋、なんて言ってるけれど、実際に回ってくる仕事の多くは汚れ仕事ばっかり、人を殺して殺されて。その結果誰かの命を救う事になって、感謝されることになったとしても、その分誰かの命を奪って、恨まれる事になる。いつかは私達も死ぬかもしれない。だからやめて欲しいの」


 …なんだよ。ここに来て思い出話に花を咲かせようってのか。


「じゃあ、足を洗えばよかったんじゃないのか?」


 やめられない理由があるのかもしれない。けれど、俺は無責任にもこの言葉を吐き出した。


 リンダは俺の予想に反して微笑み、そして俯けた顔を少しだけ上げる。


「いつもね、この話を切り出そうとすると、きまってアイツは夢の話をするのよ。夢って、寝た時に見るアレじゃなくて、ドリームの方の」


 髪に隠れて見えなかった瞳が見える様になる。絶望と希望がそれぞれ入り混じり、諦念で蓋をしたみたいに寂しい彼女の瞳が、虚ろを捉えて動かない。


「その時の顔、見るとね、いっつも、あともう少し、あともう少しだけこの夢の続きを見たいって、思えるの」


「そうかい…じゃあ生き残って続きを見ようぜ?だから少し手を貸してくれ……」


「……ゴメン。頭も身体も動かない」


 その言葉を最期に、俺達の空間には沈黙が訪れた。

 俺は壁にもたれて、しばらくの間何もしなかった。何をすればいいのかわからなかった。

 車外から聴こえてくる破裂音や衝撃だけが耳に響いてくる。


その時、突如として俺の脳内に響く声。

女の声。"参謀"だ。


「もしもし。聴こえていますか」


「ああ、聴こえてる。でもどうやって」


「原理を説明したところで理解できますか?」


何だコイツは…いちいち鼻につく。


「…わかったよ。で、唯一動ける俺に連絡したってことは、何か策があるってことなんだよな?」


ひとまずのところ、ストレスは胸の内にしまうべきだ。

俺は"参謀"の声に耳をすませる。


ボイスチェンジャーを通した耳に悪そうな音声に、意図的に混ぜられたであろうノイズが乗ってより不快感が募る。


「ええ、手段を選ばなければ」


「なら…教えてくれ。このままじゃ全員死ぬ」


外から聴こえる轟音は未だに鳴り止まず、小刻みにトラックは震えていた。

あとどれほどの猶予が残されているのか、わからない。


「今すぐその二人を見捨てて非常階を駆け下りるか、勝利した二人のうちのどちらかに命乞いをするか、それくらいでしょうか」


「は?」


あまりにもフザケた"参謀"の助言に、変な声が出た。


「オイ、ふざけるなよ…」


「残念ながらいたって真面目な答です」


「畜生…」


俺は頭を抱えた。

唯一の希望であったコイツでさえもアテにならない。

万事休すか。


「ですから、貴方だけならいくらでも生き残る手段はあります」


「お前、この二人は仲間じゃないのか?さっきから随分と薄情に聴こえるが」


「仲間でも、見捨てる時は見捨てる時は見捨てる。それが北海道です」


畜生、何か術は無いか。

がむしゃらに辺りを見回す。だが目に映るのは血にまみれたマックスと、震えるリンダ。後は無機質な手術台だけだった。


手術台。一つ閃いた。


「なぁ、この手術台は使えるのか?」


「…何をするつもりですか」


「"ハイド・アウト"を俺がインプラントする選択肢もあるのか?って聞いているんだよ」


高機能ステルス・テック"ハイド・アウト"。

リンダが言っていた程度の情報しか知らないし、性能も効果も何一つわからない。だが、もはやここまで来たら賭けるのも一つの手だろう。


「可能です。が、それは依頼人であるアルバートの意思に反する行いになるかと」


「どうしてだ?元々のお目当てはここにはないぞ」


アルバート、依頼人の目的は桜華電機製の電子部品類だった筈だ。

得体の知れないテックじゃない。


「それでも、触れるべきではない。彼は気に障る人間はすぐに抹殺する暴君として知られています。この行動が彼の逆鱗に触れたら、私の命も危ない」


「我が身が可愛いかい?参謀ちゃん」


「それは、貴方もでしょう?ルンペン男」


ああ、その通りだ。

今の話を聞いて俺の心は割と尻込みしちまってる。こんなイカれた街で"暴君"なんて呼ばれる野郎の精神状態なんざ理解不能に決まっているから。


…リンダとマックスの為に俺は命を張れるか?

答えは否だ。絶対に張れない。


俺は、俺が好きだ。

たとえ記憶喪失だろうと、自分が一番大事なのには変わりないし、何よりもこの二人とはさっき会ったばかりだ。


命の恩人の為に命を張ろうとは思わないか?

否だ否だ。せっかく救ってもらった命をわざわざ危険に晒そうなんて思わないし、そこまで俺は義理堅くない、筈だ。


しばらく手術台の辺りをウロウロしている内に、もう何分か経っただろうか。外から聴こえる音が段々と収まってきている。そろそろ戦いが終わる。時間は残されていない。


足下にいる二人を眺め、ジッと考えてみる。

いや、やはり俺はこの二人の為に命は張れない。


「…逃げるか」


俺は扉の前に立つ。

だが思い留まる。

何が俺を思い留める?


…誰かの為に命は張れないはずだろ?


「どうしますか?アーサー。選択肢は三つです」


「インプラントに反対はしても、選択肢としては残すんだな?」


「ええ、マックスもリンダも動けないなら、現状貴方がリーダーということになります。私にリーダーの選択肢を排する権限はないですから」


「でも、我が身は可愛いんだろ?」


「それは勿論。まだ死にたくないし、ハッカーとしてこんなリスクは取るべきじゃない」



「俺もそうさ。だが今回は、あえて火の中に突っ込みたい気分だ」


「もっと具体的にお願いします」


「"インプラントをする"。地獄まで相乗りといこうじゃないか?参謀さんよ」


「…どんな結果になっても、私は知りませんよ」


真っ白な簡易手術台に仰向けに転がる。

眼前の白色ライトが眩しく、目を窄ませながら参謀とやり取りをした。


「で、俺はどうすればいい?」


「何も。私の方で操作はしますので、貴方はただ苦痛に耐えていればいい」


真っ白な明かりが更に近付いてきて、完全に目も開けられない状態となった俺の胸部に何かが突き刺さる。


「──ッ!!!」


胸部だけではない、全身に激痛が走る。

もはや痛いではなく、熱い。四肢をぐちゃぐちゃに捩らせもがく俺を、無慈悲に拘束具が取り押さえた。


痛い、痛い、痛い。


他人の為にをやるのは、絶対無理だったろうな。


俺は、の為に命を張るんだ。


いつか記憶を取り戻した時に、その時の俺が後悔しない様な人生を今は送りたい。


もし、過去の俺が正義感の強い男だったらどうだ。全て思い出した時、自分の命を救った奴らを見捨てて一人走り出した記憶が頭の中にあったらどう思う?きっと後悔の念に苛まれる。


自分の為なら、俺は命を張れるぞ。


「あああああッッッ!!!」


ひとまず、これが済んだらとっととここを出て、マックスを病院に連れて行かないと……


───あ。


意識が、飛────────────────






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