第1宇宙のオプティマス 【リクルート編】――国民はすべて花のような女性だった。そこでは蜜蜂が必要とされた――
明日乃たまご
第1話 リリウム王国の姫君 ――求む、ヒーロー――
直系6メートルほどの円形の部屋、天井はプラネタリウムのようなドーム型でドアは一つ。窓や家具、装飾品はない。
「最初のリクルートの試練が18時間とは、条件がきついですね」
皇女アルテミスに向かって話すのは侍女、兼家庭教師のソワソン。身長160センチの細身の身体にもかかわらず巨乳で、肌は黒く、長い白髪を束ねて作ったシニヨンが知的な大人の女性に見せている。
「リクルートの正否は、私だけの問題ではありません。国家繁栄のためには優秀なオプティマスが必要なのですから。私、頑張ります」
15歳のアルテミスは形の良いピンク色の唇をキリリと引き締めた。ソワソンと違って小柄で肌は白く、ポニーテルの髪は金色、大きな瞳はその顔をあどけなく見せていた。
ソワソンは、アルテミスに同情していた。皇女はオプティマスと呼ばれる貴族階級の人類を連れてきて初めて、女王を名乗ることが出来る。リクルートは、大人になるための通過儀礼だ。
「今回、第1宇宙のタナクスと第5宇宙の地球が交錯するクロッシングは地球時間にして20時から翌日の14時。深夜に優秀なヒューマンと接触できることはないでしょうから、有効な時間は8時から14時の6時間にすぎません」
宇宙は複数存在し、影響を及ぼし合いながら成長と衰退を繰り返している。ただ、存在する次元が異なるので、別の宇宙を見ることもできなければ、宇宙同士がぶつかることもない。いくつかの宇宙は周期的に重なり、すれ違っているに過ぎない。
数万年も昔、惑星タナクスのオミナム文明は、一定の条件が成立した時に別の宇宙に移動する技術を開発した。その条件が宇宙同士が近づくクロッシングで、移動方法がディメンションジャンプだ。宇宙は沢山あるけれど、移動できる宇宙は五つしかない。
美と快楽と効率を求めたタナクス人は、第5宇宙の人類を利用した進化の道を選んだ。そのために招聘する人間がオプティマスだ。
ソワソンは、アルテミスと地球にディメンションジャンプし、彼女が優秀なヒューマンの男性をリクルートする手伝いをするのだ。
「ソワソン、緊張しているのね。私なら大丈夫ですよ。そのための準備をしてきました」
アルテミスが表情を引き締めた。その手にあるのは彼女が手作りしたチラシの束だ。
「さすがアルテミス様」
ソワソンは胸元で手を合わせて礼賛する。
「今年がダメでも、来年もあります。慌てる必要はありません。私が失敗しても、ソワソンの責任ではありませんからね」
アルテミスの配慮に、ソワソンは感激した。泣きそうだ、と思った。
「ローズリアからは誰が行くの?」
ローズリア国はリリアム王国の友好国で、大陸の反対側にある工業国家だ。
「ローズリアから行くのは、いつもオプティマス斎藤と決まっています。イルカとの戦いに備え、強いオプティマスが必要ですから」
ローズリアの海岸は砂浜が多く、イルカと呼ばれる海獣が時折上陸して人間を襲う。そこでローズリアのオプティマス達は、イルカを撃退する任務も担っていた。
「リリウムは、海に面しているとはいえ、崖地ばかりでイルカは上陸しない。恵まれていますね」
ソワソンは、笑みを浮かべた。
「ソワソン。今の平和を無条件に喜んではいけません。イルカが大型化していると聞きます。もし港の岸壁を乗り越えられたら……。リリウムもイルカ対策はしておくべきでしょうね」
「さすがアルテミス様、視野が広い。ソワソン、嬉しく思います」
その日、タナクスから30名のオミナムが地球に、しかも日本に侵入する。それもまた珍しいことではない。彼女らは二つの宇宙が接近するたびに、日本でリクルート活動をするのだから……。
「時間です。アルテミス様、ご準備を」
「はい」
2人は自分の左腕にサンカの印を記した。宇宙を旅する魔法の印だ。
※
岩手県の裕福な家に生まれた観音寺は、大学生活の4年間をキノコの研究に費やした。結果、周囲から〝人間嫌い〟の
そうして直面したのは、無職という現実だった。両親も甘やかしすぎたと反省して仕送りを止め、やがて部屋の電気が止められ、食料が底をついた。彼は自分がキノコではない生き物だと自覚、仕事を探すことに決めたのだった。
一陣の風が吹き、飛んで来た1枚の紙が前を歩く中年男性の足にからみついた。彼はそれを手に取って一瞥すると肩越しに放り投げた。
ごみを投げるな!……観音寺は心の内で叫ぶ。捨てられたそれは、強い風に舞って観音寺の顔に張り付いた。
「ウップ……」
顔を
【年収600万円保障、まぐわうだけの簡単なお仕事です】
「まぐわう? 風俗嬢募集のチラシか……」
観音時は苦笑しながら目を走らせる。
【職種・ヒーロー、――条件・健康な男子、経験及びテクニック不問、住み込み、三食昼寝付き、委細面談】
最下部には、面接会場への小さな案内図が載っている。
「ヒーロー? ヒロインじゃないんだ……」
考えている間に中年男の姿が建物の中に消えていた。彼も慌てて足を速めた。その時、無意識の内にチラシをポケットにねじ込んだ。
※
ハローワークから2キロほど離れた川沿いに、倒産した鉄工所があった。天窓から薄明りのさす巨大な空間はホコリの匂いで満ちている。金目の物は債権者に持ち去られていて、
作業場の中央の柱の隣にテーブル代わりの段ボール箱があって、地べたにアルテミスとソワソンが座っていた。
「アルテミス様。チラシで殿方を探すのは無理なのではありませんか。誰もやってきません」
ソワソンはオプティマスの募集チラシに眼を落とした。
「とても良い条件を出したつもりなのですけれど……」
アルテミスがシュンとした。
「条件が良すぎても、ヒューマンは信じないものです」
「そうだけれど、嘘はいけないと思うの。もう少し待ってみましょう」
「クロッシングから14時間が過ぎました。残された時間は4時間。街へ出て強硬手段を取るのもやむを得ないのではないでしょうか。できるだけ早く、あのヒューマンを強制送還したいと思うのですが……」
あの、というところを強調した。あのヒューマンというのは
ソワソンは焦っていた。新たなヒューマンを連れ帰ることができなければ、責任感の強いアルテミスの心が傷つく。おまけに1年後に成人するアルテミスは、あのオプティマスに身体をゆだねることになる。その場面を想像すると心が砕けそうだ。
アルテミスの腹がグーと鳴り、頬をピンクに染めた。
「アルテミス様。おやつのドーナツでございます」
ソワソンがトランクから樹皮で編んだバスケットを取り出し、ドーナツとミルクを取り出して段ボール箱の上に並べた。
「ありがとう」
アルテミスが微笑むと、ソワソンは幸せな気持ちになる。
「ドーナツは大好きだけれど、ここで食べるとおいしさは半減ですね」
アルテミスは口をモグモグさせながら、埃っぽい空気に鼻をヒクヒクさせて
「あのヒューマンを王城に残して母が他界したのは、私の運命」
「そ、そんな……、お労しい。ご自分を責めてはいけません……」
ソワソンは目頭を押さえ、それから天井を見上げる。主人と同じ動作をするのは共感の証だ。
「チラシに釣られてくる殿方はまぬけかもしれませんが、良いのですか?」
「
アルテミスの謙虚さに、ソワソンは感動を覚えて泣きそうだった。
その時、ギシギシと鈍い音を立てて鉄の扉が開き、男が顔を見せた。
「ア……」驚いたソワソンが言葉を飲んだ。
ハローワークで仕事が見つからなかった観音寺だった。
彼は立ちつくしていた。工場が暗くて見えないのかもしれない。あるいは、アルテミスが幼く、魅力を感じなかったのかもしれない。
「子供の悪戯か……」
彼がつぶやき、踵を返す。
「お待ちなさい」
ソワソンの声が作業場に響き、観音寺の足を止めた。
「せっかくおいでになったのです。せめて話だけでも聞いて行かれたらどうですか」
彼が目を細めた。ソワソンがいることに気づいたようだ。
「これは、真面目な募集なのですか?」
観音寺がチラシを示して一歩進む。
「もちろんです」
はじめてアルテミスが口をきいた。
「まぐわうとか、ヒーローとか、よく分からない仕事なのですが」
「まぐわいを御存じありませんか? 日本語だと思うのですが……」
「あ、言葉はわかります。本当のことなのですね」
観音寺は納得したようで、アルテミスの前まで進み、履歴書を提出した。
「住み込みで働く意思はあるのですね? 詳細は職場を見てもらってから説明したいと思います。こことは違って、とても清潔な職場ですから安心してください」
ソワソンは決めていた。あれこれと説明して彼を混乱させ、あげくの果てに逃げられてしまうより、タナクスに連れて行ってしまおうと。
「でも……」
観音寺が戸惑いを見せるのを無視した。
「とにかく仕事場へ……」
彼の腕を取った。
「募集で性別を限定するのは、労働基準法違反なのです」
観音寺が唐突に言った。
「そ、そうなのですか……」
アルテミスがたじろぐ。国を司る者として、たとえ他国のものであっても法を破っては示しがつかない、と考えているのだ。ソワソンは理解していた。
「芸術や芸能、顧客の特性上の理由で性別を特定することができる場合もありますが……」
観音寺が付け加え、アルテミスが微笑んだ。
「良かった……、今回はそのケースです。顧客にとって、私ですが、男性が必要なのです」
「まぐわいというと、セックスですよね? それは売春ではないのですか?」
「似て非なるものです。我が国では必要にして、欠かせない仕事なのです。とにかく仕事場を見てください」
ソワソンは懐から青色のカードを取り出し、観音寺の首に掛けた。
「これは?」
観音寺が青いカードに目を落とす。
「クオンカードといって、我が国、いえ、職場に入るためのセキュリティーカードです」
言いながら、リリウム王国の印章とサンカの印を重ねて描いた紙片を取り出し、アルテミス、観音寺、自分の順番で額に張り付けた。
「キョンシーみたいですね」
観音寺の目が寄っていた。
「キョンシー?」
アルテミスが首を傾げた。
その光景を、クレーンの上から見下ろす人影があった。
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