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 そして、お使いのメインはこれだ。


「ていうかさ、リクエスト多過ぎだよ」


 がさりとなるエコバッグの中身は、大量のレンタルDVDだった。


「『鬼道の子』の続きでしょ、『新・蘭陵伝』に『光州怪奇探案』……と、『妖孤侠客』」


 それぞれ二十巻前後ある中国ドラマである。一昔前には日本で韓国ドラマが大流行していたようだが、最近では中国ドラマも人気が出てきているようだ。


 白蓮はドラマフリークであり、今は中国時代劇ドラマにドはまりしている。華やかな衣装や剣戟アクションが見どころの古装劇とも呼ばれるものだ。それらは長編で五十話を超えるものも多く、レンタル上限ぎりぎりまで、がっつりとリクエストされていた。

 DVDのパッケージを取り出しながら、白蓮は人形のように整った顔にわずかな喜色を浮かべる。


「……よし、ちゃんとあるな」


 白蓮は機嫌良さそうに唇を緩めていたが、その切れ長の目が大きく見開かれた。


「っ、これは……!」


 白蓮の手にあるDVDを見ながら、大河はにやりと笑う。


「『私と僵尸きょうし~死者と恋しちゃダメですか?~』のセカンドシーズン! レンタル始まってたんだ~」


 『私と僵尸』通称『わたキョン』は、架空の古代中国が舞台であり、仙人になるために修行する見習い道士の少女と、僵尸(中国版ゾンビと言えばいいだろうか)の俺様美青年が数々の怪事件を解決する、ロマンティックミステリー時代劇である。


 タイトルはあれだが(海外ドラマが邦題になると微妙なニュアンスになってしまう)、主人公達のテンポの良い掛け合いに、怪奇で謎めく事件の謎解きと巨大な陰謀、剣と術の華麗で迫力あるアクション、生者と死者の切ない恋や悪役道士(こちらも当然ながら美青年である)との三角関係……と、様々な要素が詰め込まれ、それらがうまく融合してドラマチックに展開していくので、目が離せなくなる。早々に続編が作られるほどの人気作品だった。


 白蓮イチオシの作品であり、大河もまた面白くて続きが気になっていたため、ついつい借りてきてしまった。


「……お前にしては気が利くことだ」


 褒めてやってもいい、とぞんざいな口振りながらもご満悦な白蓮に、大河はやっと一仕事終えた気分になれた。

 手を伸ばして、白蓮が先ほど入れた茶――ちゃんと二人分あったのだ――、白く薄い茶器の中の、香り高いジャスミン茶を一口飲む。そして、お使いの駄賃で買ったチョコを口に入れ、もごもごと咀嚼しながら言った。


「いっそDVD買ったら?」

「大河、口に物が入っている時に喋るのは行儀が悪いぞ。……そうしたいのは山々だが……」


 くっ、と秀麗な眉を顰める白蓮は、とにかく様々なドラマにはまっていた。

 ヨーロッパのミステリーやアメリカのSFアクション、アジアの時代劇と、彼の好みは広く深く、数年のスパンで各系統に熱中している。最初の頃は、思う存分DVDを買い漁っていたようだが、現在は保管場所に困り、厳選に厳選を重ねて悩む姿をよく見かける。


 ちなみに、大河の名付け親である白蓮は一時期、日本の大河ドラマにはまっていたらしい。だから『大河』と名付けたのだと、常夜街の者から聞かされた。

 『王大河』なんて芸名みたいだが、今はすっかり慣れたものだ。


 大河は二個目のチョコを口に入れ、残りの駄菓子をお菓子用籠に移す。その間も、白蓮は苦悩の溜息を零すばかりだ。


「地上の電波が入れば、ネット配信で観られるんだがな……」

「常夜街じゃ、ネットもスマホも全然だもんね」


 地下に広がるこの空間では、電波を使う機器はほとんど使用できない。スマホは圏外。パソコンでネットを繋げようとすれば、別の怪しい電波を受け取って壊れる。

 だから地上のテレビは見ることはできないし、スマホで電話もSNSもできない。皆の娯楽は、常夜街オンリーの周波数で流されるラジオくらいのものだ。


「『私と僵尸』のファースト……やはりDVDボックスを買うべきか……いっそ、本国からセカンドも取り寄せて……」


 真剣に考え込む白蓮の呟きの最中、ボーン、と鐘の音が響く。

 窓の外を見れば、常夜街名物の十二時辰の時計台が戌の刻(二十時)を知らせていた。

 多くの店が開店し、客を招き入れる。常夜街が本格的に始まる時間でもある。


「あ、そろそろ行ってくる」


 百花楼に品を届けなくてはと、大河は茶を急いで飲み干し、トイレットペーパーを引っ掴んだ。通用口にぱたぱたと向かう大河の後を、白蓮も付いてくる。

 通用口から出た大河は、目の前の階段の手すりに足を掛けた。ちんたら階段を降りていたら間に合わない。


「じゃ、行ってきます!」


 そのまま手すりを蹴った大河の身体が、何もない宙に舞う。

 提灯に照らされる街を落下する大河を、白蓮は驚いた様子も無く腕を組んだまま見送る。


「気を付けろよ」

「はーい」


 声を返しながら、大河はくるりと身を回転させて、迫る屋根の上に着地した。猫さながらの身のこなしでさらに屋根を蹴り、尖塔の上めがけて飛ぶ。回廊の手摺の擬宝珠ぎぼしに片足で着地し、手摺の上を走る。

 これは軽身功けいしんこうと呼ばれる技であり、気を巡らせて己の身体を軽くすることができる。屋根や壁を足掛かりに、宙を高く飛び、垂直の壁を伝い登るのだ。建物が多く、立体迷路のように道が入り組んだ常夜街では、この移動法が一番楽だった。


 自在に宙を駆ける大河の姿を、街の住人達は驚きもせずに見上げた。


「おっ、小虎シャオフーじゃないか。相変わらず元気だねぇ」

「ありゃあ何だ、手に持ってるのは」

「小虎ー、帰りに寄っとくれ! 白蓮さんに頼まれてた品物、用意できてるよー!」


 道行く者に口々に声を掛けられる大河、もとい『小虎』。

 大河が幼い頃、『小河シャオフゥーァ』と自分の愛称を言う時の発音が下手で『小虎』に聞こえたからだとか、大河の読みが『タイガー』=『虎』だから付けられただとか。とかく、いつの間にか定着した愛称である。


 幼い頃に白蓮に拾われた王大河は、この常夜街で育った人間の子供だった。


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