(2)
常夜街の中心部には、華やかな中国建築の町が広がっている。横浜や長崎にある中華街を思わせる風情と活気ある町だ。
張り出した屋根の縁や建物を繋ぐ回廊には無数のランタンが下げられ、街全体を淡く照らす。町のそこかしこに大きな赤い門や立派な古廟があり、豪華な装飾や彫刻に彩られた建物が人々の目を楽しませる。
かと思えば、洋風の時計塔や煉瓦造りの建築もあり、モダンでレトロな異国情緒あふれる町並みは、日本有数の観光地にもなっていた。
大きな通りには様々な屋台が並び、観光客は出来立て熱々の
ミルク味のふわふわの氷にフルーツをたっぷり乗せた
賑わいを見せる夜市を見下ろしながら、少年――
地下に広がる常夜街は、深さ数百メートル、幅は数キロもある巨大な都市だ。新宿駅の真下に吹き抜けのようになった大きな空洞があり、空洞を埋めるように建物が建てられ、隙間を縫うように通路や回廊が設けられていた。
日本の
細い鉄の手すりから身を乗り出し、手を滑らせでもしたら数十メートル下の通りに真っ逆さま……の危険な階段だが、見晴らしの良さやスリル感があるせいか、「
もっとも、大抵は進入禁止となっており、観光客は新宿駅から専用のエレベーターで降りるのが基本だ。実際に使うのは、体力に自信のある地元民くらいである。
観光客が空間を占めるエレベーターより、人の少ない階段の方が気楽だ。大河はふんふんと鼻歌交じりに、危険な階段をものともせず二段飛ばしで降りた。
辿り着いたのは、中層にある二階建ての古い建物だ。空洞にせり出した建屋の周囲には、狭い階段と通路がぐるりと張り巡らされている。
二階部分は通りに面し、店舗が構えられていた。漢方やスパイスの独特な香りを漂わせる軒先には紫色の暖簾が下がり、古びた木の看板には『
大河はそこを素通りし、建物を回り込む階段を降りて、踊り場にある一階部分の通用口を開けた。
「ただいまー」
狭い廊下を抜けて台所に入り、艶やかな朱塗りの円卓にエコバッグの中身を出して広げていると、後ろから頭を小突かれた。
「いてっ」
振り返ると、閉じられた扇の先端が目の前に突き付けられている。
思わず寄り目になってしまう大河の隙をついて、今度は額へと軽い一撃落とされた。ぱちっと小気味よい音がする。
「痛い!」
「遅い」
そう返す声の主は、ひどく美しい青年だった
白い肌に切れ長の黒い目、背中に垂らした
すらりとした肢体には、紫色の地に漆黒の糸で繊細な刺繍が施された、ゆったりとした
彼の名は
この家、もとい蓮夢堂の店主である。
「物を散らかすな」
玉のように滑らかな白い眉間に皺を寄せた白蓮は、扇で散らかった円卓を指した後、袖に仕舞った。
大河がいそいそと物を片付けている間に、白蓮は茶器と茶葉を取り出し、円卓の隅で茶を淹れる。温かな湯気と共にジャスミンの香りが立ち昇った。
「ただの使いにどれだけ時間を掛けている」
「ええー、けっこう急いだのに」
「口答えするな。ちゃんと買ってきたんだろうな」
「もちろん」
椅子の上に移動させたトイレットペーパー十二ロール入りを大河は指さす。
馴染みの妓楼から頼まれたもので、最近雑誌に載ったせいか人間の客が増えて、急遽足りなくなったらしい。
「後で『百花楼』に届けてくるよ。それと取り換えシート。床拭き用と埃取り用でよかったよね?」
「ああ」
普段は羽箒や手巾で丁寧に掃除する白蓮だが、大河が『これ便利だよ』と買ってきて以来、度々お使いを頼まれるようになったものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます