障る神に祟りあり

@nanakusa_11

第1話

 喫茶店のドアを開いて外に出た。とたん目が痛むくらいの眩しい太陽光に晒される。うつむき加減に周囲を見渡し、私を呼んだ声の主を探す。通行人が誰もいない中、一人で立っている少女を見つけた。

 一目で彼女が誰なのか見当がついた。彼女の話はよく耳にしていたし、聞いた通りの独特な格好をしていたからだ。まだ薄着でもじっとりと汗をかく日差しの中で学ランを着こみ、ひざ丈のプリーツスカートをあわせている。無造作に一つに束ねられた黒髪と相まって白けた景色で目立つ黒い存在になっていた。

「あの、何か御用ですか。私が羽鳥ですが」

 随分離れた場所で立ち尽くしている少女にゆっくりと近づきながら、恐る恐る声をかけた。隣家の茶色く枯れたヒマワリに向けられていた視線がこちらに向けられる。何度か瞬かせた目で私を認める。

「ああ」

そっけなく肯定なのか相槌なのか分からない声をあげた。そのままローファーのかたい足音をさせながら大股で近寄ってくる。パーソナルスペースが狭いのか、下から顔を近づけられて思わずのけ反る。大分身長差があったのでおおげさな反応をしてしまったかもしれない。

「ちょっと話したいことがあるんですけど」

「話したいこと、ですか」

 まあ、そうだろう。話したいことがなければここまで来て私を呼び出さないはずだ。そう告げてから口を開かないことからして、どうやら店先で済むような話でもなさそうだが、まだ勤務時間内だ。

「今じゃないといけませんか」

無言で頷かれても困る。遠回しにしすぎて意図が伝わらない。八の字になってしまった眉頭を揉む。彼女がどのような話をするのか、私はどうするべきなのか。風一つ吹かない蒸し暑さの中、考えを廻らす。どういう心算なのか、全く読み取れない目から感じる圧のようなものに私は屈服した。

「どうぞ、お入りください」

「ん、お邪魔します」

 軽いベルの音を上げてドアを開く。客は一人もおらず、店長が流し場で皿でも洗っているのか水の音だけが聞こえる。程よく冷房の効いた静かな店内に彼女を招き入れて席に案内する。誰もいないテーブルをいくつか避けながらついてくる様子を確認すると、物珍しそうに内装を見回していた。つい視線の先が気になって一緒に店の中を見渡すも、代わり映えのしない光景が広がっているだけだ。地味なテーブルクロスに飾りっ気のないクッション。薄暗く陰気な空気を何とかしようと飾られたドライフラワーは色褪せて淋しい雰囲気に拍車をかけている。そんなに面白いものは飾っていないのだが興味を持ってもらえたようだった。こぢんまりとした喫茶店にはそう席数も多くなく、悩んだ挙句奥のテーブル席で待ってもらう。何も言わず壁際のソファに座った彼女に一礼して、急いで流し場へ向かった。

「ごめんなさい、私に話があるっていう子が来ていたので、席に案内してしまったのですが」

 そう報告すると彼はそれまで拭いていたグラスを棚にしまい、こちらに向き直った。私の叔父であり、この喫茶店を辛うじて経営している彼は突然の話に薄く短い眉を寄せて咎めるような目つきをした。といってももとから細い目が更に細められ、見ようによっては微笑みかけているようでもあった。

「ちょっと、どうしたのつばさちゃん。聞いてないんだけど」

「それが、どうもあの神様のいる家の子みたいで」

「神様、って藤見さんの家ってこと」

「はい、たぶん」

「えぇ、それは困るよ」

 そう確認した彼は一瞬で人当たりの良さそうな目を限界まで見開き、しわの入り始めた額には汗が浮かんでいた。上がった大きな声に急いで人差し指を立てた。

「どうしましょうか、店長」

「どうしましょうって、どうしよう。本当にあの子なの。なんで入れちゃったの」

 潜められた声で私を責めるような口調で問われる。いや、実際に責めているのだろう。勝手に決めてしまった以上自分に非があるとも考えていたがつい口が滑って反論してしまう。

「だって、羽鳥つばささんいますか、って聞かれたから外に出たらあの子が、話したいことがあるって言うんです。暑い中立たせておくわけにもいかないでしょう」

「それはそうだけど。だってあの子の反感を買うと祟り殺されるんでしょ」

「そんな噂も聞きますけど、店長まさか本気にしているんですか」

「じゃあつばさちゃんは気にもしていないってことなの?」

「そういうわけではないですけど」

 むしろ気にしている方だと思う。

「でも、だからこそ言う事聞いていた方が良いんじゃないかって思って」

小声で応戦しながら、思い返せばいくつか失敗してしまったことを認めざるを得ない。日にちを改めさせたり、先に確認を取ったりすることもできたはずだった。店長に黙って勝手なことをしてしまったが、それでもあの状況では最善の行動だったはずだ。下手に外で待たせて、呼ばれたのが店長だったら、間違いなく私と同じようにしたのではないだろうか。言い返すことがだんだん出来なくなってうつむいてしまう。頭の中で自分の選択を正当化し続けていたところ店長に指示を出される。彼はずいぶん薄くなってきた頭を掻きながらため息交じりに言う。

「うん、うん。確かにそれもそうか。あと三十分で閉めようかと思っていたけれど、今日はもうお客さん来ないだろうから早めに閉じよう。片付けは僕がやっておくから、ちゃんと対応しなさい。くれぐれも、何もないように」

「店長は」

「僕のお客さんではないからね。何かまずそうだったら呼んで」

 いつも通りの優しい雰囲気は纏っているが、その真面目な口ぶりに本当に彼女の相手をしないといけないのだと観念した。彼女に関わることはこの町の皆が出来る限り避けているのだ。それは私も同じこと。何度も祖父母に「藤見という名字の女に近づくな」と言われてきた。まだ幼かった私にとって、いつもは優しい笑顔の祖父母の真面目な顔とその教えは恐ろしい記憶の一つだった。今まで何の接点もなかったはずなのに、どうしてこんなことになったのだろう。ため息をついてエプロンを外し、軽く畳んでカウンターに置く。行ってきます、と心の中で言って足取り重く彼女が待つ席へと向かった。

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