八神くんの悩みごと

志穂

第1話 プロローグ 

「おいっ、吒天だてんっ!待ってくれよ」

 足を止め、膝に手をおき息を切らせながら学ランの詰襟を外す少年。


「龍樹よ、早よせぬかっ!!大黒天様が本殿で待っておる!」

 白狐に腰をかけた若く美しい天女。

 異様な性的美しさを放つその神は、宙に浮きながら息も絶え絶えの少年に一喝する。


「飛んで動けるお前はいいかもしれないけどさ、…い、息が続かないんだよ!!」

「ふんっ。軟弱じゃくな人間め。」

 ツンとした表情も美しい。いやいや、そこ違う。

 ひとりツッコミをし、虚しさを感じながら神が浮いている位置に目をやる。



 ―この神様と交信があったのは小6の時。2年前の春。


「おぬし、名は何と申す?」

 得体の知れないその妖艶な天女から目が離せなかった。


「…八神やがみ龍樹りゅうき


「ほぅ…わたしの声だけでなく、姿も見えるようだな。わたしを見て、平常な精神でいられる小童とは珍しい。」

 にやりとした口元の笑みを今でも忘れられない。



 サラリーマン家庭で育ったオレは、ごく普通に今まで生きてきた。

 神主の修行をしたわけでもなければ、シャーマンの血族なんてことも聞いたことがない。平々凡々な人間がいきなり神様交信。


 なんの因果か、その地に足を踏み入れたことで、自分は神だという偉そうな幻と同時に、頭の中で声が聞こえてくるようになってしまった。

 

 昔から地元には、八福神の福神信仰がある地域だったことは知っていた。

 が、がっ!!あり得るのか?こんなことが。

 頭がおかしくなったと、絶望的になった。

 いろんな病院も行ってみた。

 なんなら内科に、精神内科も進められたけど。。。


 そのうち、ちょっと幻にスピーカーがついて、声聞こえるだけじゃん。って気持ちに切り替えてすべてを諦めた。



 頭上のあたりが急に騒がしくなる。そわそわと挙動がおかしい。

 ―数秒の回顧ぐらい静かにさせて欲しい。



「ぇ…なに、急に。トイレ?」

「おぬし、馬鹿なのか?神にそんなもの必要ではない。」

「ですよね。」

 ははは。と、から笑いしてみたが、吒天だてんの眷属・白狐もあるじの意志を汲み取り、落ち着きがないように感じる。


 さきほどから上気したように赤くなった頬を見るに、この神様特有の人間が生きていく上で必要な生理的欲求が出ていることは間違いなさそうだ。

吒天だてん、またいるの?死期が近い人」

「あぁ、いるぞ。龍樹にはわからぬだろうが、わたしには手に取るように感じる。」

 うっとりとした目線で、その人間(対象)がいる方向に手をかざす。

訶利訶きりかく


 この神様は


 神名:荼枳尼天だきにてん(吒天だてん

 眷属:シヴァ神から発展した大黒天

 能力名:訶利訶きりかく

 能力:人間の六ヶ月前に死期を予知できる。また、臨終りんじゅうを待ってその屍肉体を喰らう。死の直後の心臓を食べることにより、すべてを意のままに成就することができる。


 去年、その光景を目にしてしまった時は、強烈すぎてその場で失神してしまった。

 口から臓物の血が滴り落ちていた荼枳尼天だきにてんの姿は夜叉そのものだった。

 今の美しい女神の姿と重ねることができない。


 あぁ、いま思い出しても血の気が引く。


「死ぬまでは、しっかりとわたしが加護してやるのだ。別に死んだ後はしんぞうを喰べても問題はなかろう。許しも得ておる。」

「おい、まて。そんな許しを誰がくれるんだよ。」

「大黒天様じゃ。」


 …今度は、吒天だてんのドヤ顔が見れた。


 いやいや、だから今はそこじゃない。

「てかさ、神様ってマジなに考えてるかわかんねー。」

 龍樹は頭をがしがしとかく。


「神が人間ごときに測れるはずなかろうが…はっ!!大黒天様っ」


「・・・・・。」

 龍樹が荼枳尼天だきにてんを無言で追い越した時、辺りはすでに夕映えの空になり、白狐に乗る荼枳尼天だきにてんを更に美しく魅せていた。

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