story:4

翌日の3年6組の教室にて、純哉はいつものように自分の席の周りに集まっている糸井や尼川と談笑を交わす。授業と授業の間にある10分休憩で、教室内はガヤガヤしていた。各々の友人グループで話し合っている生徒や、次の授業に向けて動いている生徒など、過ごし方は様々だ。


「で、尼川さんは進路決めたの?」


窓側に立つ糸井が、尼川に対して話題を振った。すると尼川は、ふらっと相手に顔を向けて答える。


「えー? 俺ぁまだはっきりと決めてないけど、資格取るために短大行こうかって感じよぉ」


「それなりに考えはしとんじゃん。冬田さんは、変わらず就職かい?」


会話を進行する糸井は、そのままの流れで純哉に訊く。ちなみに糸井も高校卒業後は進学を視野に入れているらしい。この3人の中で唯一席に座っている純哉は、頬杖をついて返答する。


「そうね、そこは揺るぎないよ。けどなぁ、インターンシップとかそろそろ行かなきゃだよねぇ……」


進学して大学や専門学校に行ってもやりたいことはない。それよりも早く社会人になってお金を稼ぎ、家に収入を入れて両親にも親孝行したいと思う。


あとは車やバイクでも買って、色んなところへ行ってみるか。その時はたまに友人たちも誘って、ドライブやキャンプに行くのもありだろう。


進路に関する話題が一段落したところで、純哉は個人的に気掛かりなことを2人に相談し、意見を求める。


「そういえば全然違う話になるんだけどさ」


「おう?」


「一般的にさ、向こうからライン聞いてくる女子って、どういう意図があってのものなんかな?」


昨日の美愛の場合はどうなのだろうか。もしかしたら好意があってのものなのか、そんな予想をしてしまっている自分を認められず、純哉はつい仲間内に確認する。


この質問に応じたのは、毎度口数の多い糸井だった。


「そりゃあ、相手との距離やその時の状況によるでしょ。事務的なやりとりをするためとか、ただ気になるからとか、好きだからとか色々あると思うよ?」


(あー……)


経緯を伝えていなければ、そういう全般的な答えしか返ってこないのは当たり前か。純哉は自分の言葉足らずを反省し、補足を加える。


「いや、あの、せっかく知り合えたから色々話したいのでって理由の場合は、どうなるの?」


「え? そりゃ、いわゆる脈ありの可能性が高いと思うよ? だって、知り合ってからそう言われるってことは、少なくとも向こうは自分に興味があるってことでしょ? 興味が無いと言わんよ、そんなこと」


やはり美愛は好意があってのものなのか。自分は女子に好かれるわけがない、自意識過剰のただの思い上がりだ。もっといえば、美愛は知り合った人全員にあんなことを言っているに違いない。


純哉は自分を卑下するだけでなく、美愛の人物像まで否定してしまった。それはとても失礼なことだと分かっていながらも、そうでもしないと自身の気持ちを押し殺せないような気がした。


(赤星さんは……、悪くない……)


こう言い聞かすことも、結局は自分の保身のためか。またしても思考が掻き回される中でも、友人たちとの会話は続く。


「もしかして、昨日来たあの子に聞かれたん?」


一連の流れで勘付いた尼川が、薄っすらと笑って問う。当たりだ。純哉は何ら誤魔化すこともせず、正直に頷いた。


「うん……」


ここで、チラ見で教室の壁時計を目視した糸井が、別の意味で純哉と尼川を驚かせる。


「あ、すいません。2人に残念なお知らせが」


「うん?」


「次の授業、移動教室でございます」


授業開始まで1分前、糸井は満面の笑顔で衝撃の事実を告げた。メールなどの文言なら語尾に『笑』と付けていそうな言い方をする糸井は、もう開き直っているのか。次の授業は現代文なのだが、この教科において3年生は担当教員の専用教室まで移動しなければならない。


気が付けばクラスメートたちも、自分等を除いて全員が教室内から消えていた。


「……………………」


純哉、糸井、尼川は、現代文の教科書とノート、筆記用具を持って校舎内を疾走する。廊下を駆け、階段を降り、下駄箱で靴を履き替えて3年生校舎を飛び出した。


向かうのは、1年生校舎4階の現代文専用教室。長距離であるがため、1分前に出ようものならば確実に間に合わない。校舎と砂のグラウンドの間にあるタイル貼りの敷地内を走っている途中で、授業開始を告げるチャイムが鳴った。


「しゃーない! こういう時もある! ねっ、尼川さん! 冬田さん!」


完全に開き直り、糸井は連れたちに同意を求める。それに対して尼川も純哉も、吹っ切れた様子で何事もなかったかのように歩き出し、諦めの意を口にした。


「あぁ、しゃーない、しゃーない。俺らの教室から遠いのもいけんのんよ」


「それな。あと、なってしまったものはね……」


ヘラヘラと笑いながら、マイペースに足を進める3人。表情だけを見れば反省の色はないが、3人とも社会人になればこれでは通用しないと頭で分かっているので、今は今で高校生の立場に甘える。


とはいえ全部が許されるとも思っていないので、次は遅れたりしないように気を付けるつもりだ。これから着いた先で現代文の教員に注意されても、すぐに謝る気でいる。


焦りを通り越して割り切った考えに至っているところ、グラウンドの方からは1年生の生徒たちが体育の授業で準備体操をしている声が聞こえてきた。


不意に純哉は、そちらに目を向ける。すると、グラウンドの端にあるベンチに座って見学している美愛の姿が見えた。美愛が居るということは、グラウンドに居るのは1年4組の生徒たちか。


準備体操をしている生徒の中には、美愛の友人と思しき朝山陽菜の姿も確認出来た。同時に、遠目に見えるグラウンドの表面からは陽炎が揺らいでいたので、純哉は熱中症を危惧する。


(……病み上がりで休んどんなら、そこらへんの対策もちゃんとしとかんといけんじゃろ)


やはり美愛のことが気になった。体操服姿の美愛が新鮮に映ったことよりも、体調が悪いなら相応の予防をしなければいけないのではないかと思う。


(…………)


余計なお節介か。これ以上彼女の面倒を見る義理も理由もない。純哉は美愛を視界から外し、前方に向き直る。


ただ、彼女のことを想うと、胸の内が温かくなるのは確かだった。

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