最後の恋と最初の情と黄泉の縁
浜辺 秋人
最後の恋
story:1
生まれてきたことを恨んだ、生きていることを悔やんだ。
こんなにも短くて、望まれもせずに生み落とされた命に、一体どんな意味があるというのか。
人がいつか死ぬのは言うまでもなく当たり前のことだし、誰もが通る道であろう。その中で何をして、何を残し、何を生み出すのか。そんなものは十人十色だ。
彼女の葛藤と自問自答は続く。
自分も他の人と同じように、ごく普通にご飯を食べ、友達と遊び、好きな人と恋愛がしたい。全てが出来ないわけではないが、彼女には一定の制限があった。
時間。彼女には、自身の中で蠢くタイムリミットがあった。
加えて浴びせられる、肉親からの冷罵。疲れ切った表情と、その口から紡ぎ出される辛辣な言葉が、彼女の心を抉る。
だが、最近はそれにも慣れてきてしまった気がした。ある種の開き直りともいうべきか。もしくは悟りを開いたような感覚であろう。
ならばどうするかと、自分の心に訊いてみる。その答えは、達観した考えでありながら意外と早く出て、とても簡単なものだった。
好きに生きてやろう。
ただ、それだけだ。どうせ限られた命ならば、自分のやりたいことを精一杯やって生き抜いてやろうではないか。
そして彼女は、人生の極致で最後の恋を見付けた。
人生の転機とは、いつ何処で起こるか分からない。今日だって、いつも通り下校し、決まった帰り道を通ってバスターミナルまで行き、そこから帰宅するはずだったのだ。
しかし、ありきたりな毎日のルーティンは、眼前で起こった非日常によって崩されることとなった。
「………えっ?」
予想外の事態を前に、
自分と同じ高校に通っている女子生徒が、突然倒れた。つまりはそれだ。
(………熱中症か?)
もう6月の中頃だし、気温も日に日に暑くなってきているから熱中症で倒れてしまったのか。純哉はそう考えた。現に今も蒸し暑い。
「………………」
きっと自分ではない誰かが対応してくれるだろう。ここは見過ごそうかと思ったが、もう一方で相反していた純哉の良心が、彼の身体を自然と突き動かした。
(いくしかないのか……)
そんな気はなかったが、純哉は足早に同じ高校の女子生徒へ歩み寄る。
「……あの、大丈夫ですか?」
うつ伏せに倒れている相手の両肩を両手で掴み、身体を起こす純哉。無防備な異性の身体に触れるのは少し気が引けたが、どちらにしてもこのままにしておくわけにはいかない。
安否を問い、返事を待つ。その間に、純哉はまじまじと彼女の顔と特徴を確認した。
高校生にしては小柄であどけなさの残る顔立ち、色白の肌に少し茶色掛かった長髪、真新しい制服。
自分の推理が正しければ、彼女はこの前入学したばかりの1年生か。いかにも中学生から脱皮した感じがする。
時間にしておよそ2秒、待っても返事はなかった。更に彼女の体温は低下していることを踏まえ、熱中症ではないことを認識する。
(熱中症じゃない……! けど、どっちにしても救急車は呼ぶしかないか……)
周囲の目も憚らず、純哉は一つ一つ冷静に判断して彼女の対応を進めていく。純哉は制服のズボンの左ポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、電話番号を入力して救急車を呼ぶ。
「もしもし……!」
そこからは、着々と搬送までの流れに至った。近くで足を止めていた通行人は再び歩き出し、純哉は遠くなっていく救急車を見送る。
だが、後輩を助けたというのに、純哉の胸中は未だに呆然としていた。自身の中で、固まった思考がまとまらない純哉が思うことはただ一つ。
(………なんで、俺が助けたんだろうな)
「いやー、冬田さんの行動力には脱帽だわ! その子にとってアンタはヒーローよ!」
週明けの学校にて、純哉は友人から称賛の声を掛けられる。担任経由で、先日の女子生徒への対応が朝のホームルームで共有されたからだ。
その時の教室内は拍手喝采だった。本人としてみれば別にそこまでされる義理はないと思っていたが、実際に彼の勇気と行動力は功績に値する。
現に今のこの昼休憩中も、純哉の友人たちは彼を中心に先日の話を展開して駄弁っていた。しかし、純哉の胸中にある嬉しいという感情は全く無いわけではないがとても薄い。
「で、その子は可愛かったん?」
純哉が座っている席の机越しに、さりげなく聞いてきたのは友人の1人、
「まぁ、可愛い子ではあったかな?」
視線をそらしながら、純哉は淡々と答えた。お世辞抜きで、容姿端麗だったのは間違いない。純哉の返答を聞き、糸井と尼川は綻んだ表情で順々に反応を示す。
「へぇ、いいと思うよ、冬田さん」
「そんな漫画みたいなシチュエーションってほんまにあるんじゃね」
穏やかに感想を述べる2人に合わせ、純哉も愛想笑いを浮かべて相槌を打つ。異性への興味を失いかけている自分からしてみれば、正直どうでもいいことだった。
これでも昔は、とはいえど中学生の頃だが、燃えるような恋をした気もするが、もう過去の話だ。今となっては燃え尽きた灰のようなものである。
ここまでの会話の空気感を破らぬよう、純哉はやんわりと糸井と尼川の発言に切り込む。
「どしたん? おたくらは何を期待しとん?」
すると糸井が、代表して答えた。
「そりゃあ、そこから恋に発展するってやつでしょう」
やっぱりな、と純哉は肩を竦める。ふっと軽く息を吐き、純哉は糸井の言葉を否定した。
「好きだな、そういうの。俺はもう、そういった感情? ってのを持ってないからさ」
恋愛感情なんて、結局は自分の身を滅ぼすだけだ。純哉の持論はそれだった。だからこそ、自分の友人や知り合いで、彼氏彼女の関係を持っている奴等の気が知れない。
純哉の言い分に、糸井は暫し押し黙ったが、改めて自身の意見を相手に述べた。
「でもね冬田さん、俺は勿体無いって思うよ?」
「勿体無い?」
「あぁ、勿体無いっての。だって、これから冬田さんの気持ちが目先の女の子に動くとして、それを今までのことを引きずって押し殺すのはどうかと俺は思うんよ」
「ははぁ……」
ならばそれはその時の感情として胸にしまいこんでおけばいいではないか。心中で反論したが口には出さず、純哉は糸井の話に聞き入る。
「だから何が言いたいかっていうとね、せっかく気持ちが動いとんなら、その気持ちに正直になって任せてみてもいいんじゃないってことよ。勿体無いってのは主にそういうこと」
表情は至ってラフだが、糸井の言葉には重みがあった気がした。傍らに立つ尼川は、糸井が言い終えた後にフォローを入れる。
「冬田、注意とかダメ出しとかじゃなくて、あくまで意見として聞いとけよ? ネガティブに聞きよったらやれんで?」
「分かっとるよ、最初からそのつもりじゃけぇ」
尼川に言われる以前に、純哉は糸井なりの考えだと割り切って聞いていた。少し有難迷惑な感覚もチラついたが、それも余計な感情だと思って自分をコントロールする。
そして、彼の転機は足音を立てて近付いてきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます