ガラスの丘リナ
つとむュー
ガラスの丘リナ
プロローグ
「これから実演を始めるよ~!」
家族連れが集う日曜日の広域公園に、活きの良い声を響かせる。
「ガラスでウサギを作ってみるからね~」
十八歳になったばかりの俺、タクミは、芝生広場の真ん中で金属の棒を右手で高々と宙へ突き出した。
それはステンレス製のパイプ。先端に透明の塊が付いている。
「この先っぽに付いているのが、ガラスです!」
パイプを陽にかざすと、ガラスがキラキラと輝いた。
それを見た子供たちが、一人また一人と集まってくる。
「次に秘密兵器を取り出します」
俺はしゃがみこみ、地面のバッグから金属製の筒を取り出した。
それは小型ボンベ。カセットコンロでよく使うタイプで、先端にトーチバーナーが付いている。
一五〇〇度の炎を作り出せる俺の愛用品だ。
「そして――火をつけます!」
抑揚をつけた声とともに、俺はトーチバーナーの根元の引き金を引いた。
「おっ!」
子供たちが小さく驚きの声を上げる。ゴーという激しい空気音とともに青白い炎が誕生した。
「それではこれから、ガラスに炎の魔法をかけてみるよ!」
俺はパイプを口に咥え、左手で支えながら前へ突き出す。同時に右手のトーチの炎を近づけ、パイプの先端のガラスを炙り始めた。
熱せられるガラス。一〇〇〇度を超える熱で真っ赤に色が変わっていく。
やがてガラスは、どろりと変形し始めた。
ここからがガラス芸人としての腕の見せ所。
というのも普通、ガラス細工はバーナーを固定して、ガラスの方を動かして行う。
が、俺はパイプを咥えて、右手のバーナーを自在に動かしてパフォーマンスできるのだ。それはまるで、炎でガラスに魔法をかけるように。
真っ赤になったガラスが変形すると、左手でパイプを回しながら息を吹き込む。
「おおっ!」
するとガラスはぷうっと膨らみ始めた。
お腹に力をいれて息を吹き続ける。
その圧力で、炎で柔らかくなったところだけが変形していく。
熱せられて変形する部分、そして冷えて硬くなる部分――絶妙なバランスを保ちながら、次第にガラスは形を成していく。
それを支えているのは、人並外れた自慢の肺活量だった。
拳くらいの大きさのガラスの膨らみが誕生したかと思うと、バーナーで炙った場所から小さな膨らみがニョキニョキと生えてきた。しかも細長いのが二本。
その過程を、子供たちは息を飲んで見守っている。
小さな目と口を刻み、可愛らしい丸い尻尾が生えてきた。
「はい、出来上がり! ガラスのウサギの完成だよ!」
パイプを口から外し、先端のウサギを子供たちの前にかざす。
クルクルとパイプを回すとウサギはキラキラと輝いた。
「すごい、ホントだ!」
「ガラスのウサギ、可愛い!」
歓声とともに子供たちから拍手が湧き起こり、青く澄んだ空に広がっていく。
そんな晴れた日曜の公園が、俺は大好きなのだ。
俺は作ったばかりのウサギを地面に置き、マットを敷いてバッグの中からガラス細工を並べ始めた。
「他にもいろんな動物があるからね」
――ウサギ、イヌ、ネコ、ゾウ、そしてキリンたち。
「遊び終わったら、お父さんやお母さんと買いに来てね! お兄さん、しばらくここにいるから」
「うん、絶対買いに来る!」
「お母さん、連れてくる!」
こうして子供たちはバラバラと公園に散って行った。
子供たちの後ろ姿を眺めながら、俺は地面に腰を下ろす。
「今日もいい天気だなぁ……」
見上げると、どこまでも青い空に、ぽっかりと一つ白い雲が浮かんでいる。
俺はバッグの中からガラス製のオカリナを取り出した。奏でるのは、遠い異国の音楽だ。
草の上でまったりとたたずむ午後。ガラスを震わせる曲が青空にすうっと溶けていく。
全国各地を転々としながら、ガラス細工を売って生計を立てている。俺はそんな、大道芸人顔負けのガラス細工職人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます