第41話 シリウス伯爵家の秘密
◇◇◇
「よお、久しぶり」
「ロイス!」
最低限の支度を済ませて応接室に入ると、父とジークに向き合うようにして座るロイスの姿があった。ロイスと逢うのはずいぶん久しぶりだ。少し痩せた頬に苦労のあとが見えるが、比較的元気そうな姿にホッとする。
シリウス伯爵夫妻の裁判はまだ始まっていない。ロイスは事件には直接関係ないものの、シリウス伯爵家の嫡男として微妙な立場に立たされていた。頼れる親戚もいないため、王家からの謹慎が解かれた後も自主的に謹慎生活を続けていると聞いている。
謹慎生活でロイスが不自由しないようにとキャロルちゃんがかいがいしく差し入れをしているとか。私も気になり何度か手紙を送ったが返事はなかった。ロイスのことだ、自分と関係を持つことでこちらに不利益が起きないようにと気を使ったのだろう。こいつは意外とそういうやつだ。
ロイスにジークに私、となるとやはり婚約のことだろうか。ロイスとの婚約を正式に解消してジークと婚約しなおすことを話し合う?いや、そもそもロイスとの婚約はどうなっていたのだろうか。なんと声をかけたものか悩んでいると、
「さて!今日はここにいる三人にお話があります!」
パンっと手を叩いた父にはっとする。二人もまた同じように父に注目していた。
「今日は宝探しをしようと思うんだ!」
「「「宝探し?」」」
あまりにも突拍子のない提案に三人同時に目を丸くした。
◇◇◇
「シリウス伯爵家の秘密?」
私たちは今、男爵邸の庭にある作業小屋から続く秘密のトンネルを突き進んでいた。人工のものと天然のものが入り混じったトンネルはところどころ湿っており、時折風が吹き抜ける。もとは天然の洞窟を利用したものなのだろう。伯爵家の地下にこのようなものがあるとは思わなかった。
一定間隔に明かりをともす燭台があるが、今はそれぞれが手に明かりをもって進んでいる。
「そう。この三人には知る権利があるからね」
大人一人がようやく通れるほどのトンネルはひどく狭くてところどころ蜘蛛の巣が張っている。手に明かりを持っていなければ真っ暗だったに違いない。
「ジークハルト殿下には懐かしい場所じゃないかな?」
父の言葉にジークが苦笑いする。
「そう、ですね」
「どうしてジークが?」
「このトンネルは王宮にもつながっているからね。ジークハルト殿下はあのとき王宮からこのトンネルを通って我が家に辿りついたんだ」
「え!?そうだったんだ……じゃあこの通路は王族がいざというとき脱出するための隠し通路ってこと?」
「そうだね。シリウス伯爵家は王族と縁が深い。王宮からシリウス伯爵邸への通路にはそういう目的もあっただろうね」
「それ以外になにがあるの?」
「それは、これをみると分かるよ。ほら、ここが終点だ」
狭いトンネルをくぐると一気に視界が開けた。
「何、これ……」
突然目の前に広がる光景に息を呑む。切り立った崖に囲まれ柔らかな光の差すその場所は、一面に咲いた真っ青な薔薇の花。艶やかな黒のチューリップ。イヌサフラン、グロリオサ、スズラン、ジキタリス……見たことのない花の咲き乱れる花園だった。
あまりにも美しい。息を呑むような光景。しかしすぐにその異常さに気が付いた。
「これは……毒草?こっちは薬草。そしてこれは、自然界ではありえないとされる色の植物。こっちは、見たこともない花だわ……大体こんなに多種多様な草花がこんな場所に一度に育つなんてありえない。お父様、ここは一体……」
「こここそが、シリウス伯爵家が長年守り続けてきた王家の秘密さ」
「王家の秘密……」
「そう。ここにはね、暗殺に使われるような猛毒から薬草まで。シリウス伯爵家が大陸中から集めたありとあらゆる有用な植物と独自に掛け合わせて作られた新種の植物が育てられている。ここにあるのはまだ研究段階のものだったんだろうね。これはそのほんの一部に過ぎない。シリウス伯爵家の領地には至る所に隠された薬草園があるんだよ」
「シリウス伯爵家は薬師の一族だったの?」
「違うね……シリウス伯爵家は裏の王家ともいうべき存在。王家のスペアであり、王家の闇、といったところかな」
王家のスペア、王家の闇。嫌な響きの言葉に胸がざわつく。
「ジークハルト殿下はもうご存じですよね」
「ええ。もっとも、知ったのはつい最近のことです。ここにも足を踏み入れたことはありません」
目を伏せて沈痛な表情を浮かべるジーク。ジークがあんな表情をするってことは、きっと、ロイスだけじゃなく私にとっても良くない話なんだろう。覚悟を決めた私はロイスと目を合わせ頷き合った。
「教えてくれないか。シリウス伯爵家とは一体なんなんだ。親父は、おふくろは……あいつはなんでシリウス伯爵家を乗っ取らなきゃならなかったんだ」
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