第28話 奴隷の首輪

 

 ◇◇◇


 目が覚めると、まさに「豪華絢爛」と呼ぶに相応しい部屋に寝かされていた。天鵞絨のカーテンが掛けられたベッドは年代物で、歴史を感じさせる。明らかに我が家ではない。


「ここは……」


「お目覚めですか?」


 看病してくれていたのだろうか。柔らかな笑顔を浮かべる少し年配の女性が心配そうにのぞき込んでくる。


「昨夜は殿下が片時も離れず看病なさっておいででした。お嬢様が目覚めるまでここを動かないと頑張っておられたのですが、しびれを切らした皆様に連れて行かれてしまって……」


「ご、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません!」


 なんてこと。結局あの後すぐに意識を失ってしまったようだ。あれしきの事で意識を失ってしまうとは不甲斐ない……私もまだまだね。子どもたちやキャロルちゃん、そして、ロイスはあれからどうなってしまったんだろう。ジークは……


 駄目だ、気になる。なんとかしてジークに逢いたいけど……私、ジークに逢ってもいいのかな。


「ふふ、あんなにだだをこねる殿下は初めて拝見しました。私がしっかり見ているからとなんとか納得していただいたんですよ。体調はいかがでしょう。ご気分が優れない場合は無理をなさらず、本日はゆっくりお休みいただくようにと申し付かっておりますが……」


「ありがとうございます。体調は特に問題ございません。ここは……」


「王太子殿下の暮らす離宮でございます」


 ああ、やっぱり。


「ジーク……ジークハルト殿下にはお逢いできますか?」


「はい。お嬢様……ソフィア様がお目覚めになったらいつでもお通しするようにと仰ってましたよ。では、ご準備を致しましょうね」


 しずしずと入ってきた侍女達にてきぱきと支度をさせられ、向かった先は執務室らしき部屋だった。ドアの前で近衛騎士に訪問を伝えると、厳かに扉が開かれる。


「失礼致します。アルサイダー男爵令嬢、ソフィア様をお連れいたしました」


 一斉に注がれる視線。そこにいたのは……


「やぁ、ソフィア。昨日は大変だったね」


「マイエンジェル!もう起きて平気なのかい!」


「よお」


「ソフィアお姉様!」


「おはようございます、ソフィア様」


 なんだこれ。ラファに、お父様に、ロイスにキャロルちゃんまで。全員集合してるのなんで?


 思わずロイスをじっと見つめる私を見て、苦笑いを浮かべるロイス。素早くジークが私のそばに来てかいがいしく世話を焼いてくれる。


「申し訳ありません。本当はアルサイダー家にお連れしたかったのですが……お体は大丈夫ですか?どこか辛いところはありませんか?一応昨日のうちに侍医に見せて異常はないとのことでしたが……」


「いや、ちょっと待って。この状況はなんなの?」


「まぁ、話せば長いことになりますが……取り敢えず、一緒に朝食を食べませんか?」


「いいね。僕もうお腹ペコペコ」


「お姉様、私の隣にお座り下さい」


 ニコニコするラファとキャロルちゃんに促されるようにしてテーブルに移動する。昨日とあまりに違う空気に何だか拍子抜けしてしまう。


「昨日はヒヤヒヤしたよ。間に合って良かった。危うく僕の首が跳ねられる所だったよ」


 肩をすくめるラファ。


「あー、やっぱりラファが知らせてくれたんだ。ありがとう」


「警備隊に捜索を依頼してるところにたまたま近衛騎士が通りかかってね。目撃者の証言から宰相閣下のご令嬢とアルサイダー男爵令嬢が誘拐された可能性がある!って言ったらそのまま王宮に連れて行かれて。焦ったよ」


「そうだったんだ。ありがとう!ラファはやっぱり頼りになるね」


「もうこんな想いをするのはごめんだけどね。あの時僕もいたんだよ?心配したんだからね」


「ラファ……心配かけてごめんね」


「パパもっ!パパもソフィアのこと、超心配したよ!」


「お父様あの場にいたの?」


「いたよ!酷いよ!」


 ぜんっぜん気がつかなかった。ジークとロイスしか目に入ってなかったわ。


「う、うう、ソフィアが冷たい……」


「ガイル殿が、証言してくれたんだ」


「ロイス?」


「母上は、正気を失う薬を長年摂取させられてたらしい。人格を破壊し、意志を奪い、言い聞かせられたことに盲目的に従うようになる、そんな薬を……」


「間近で見て、私にも分かった……」


 確かにあの人は正気ではなかった。それはある種の薬を摂取し続けた人の症状とよく似ていて。


「奴隷の首輪」とも呼ばれるその毒薬は、思考能力を奪い、洗脳に使われることもある恐ろしい薬だ。戦争の際兵士に投与されたこともあるとか。


 しかし、理性を奪い、感情をコントロールできなくなって狂暴化していくため、今ではほとんど使われなくなった。


 アルサイダー商会で保護した人達の中には、そうした薬の後遺症に悩まされる人も多かった。


「そうか。俺は、家族なのに気付かなかった……最低だな」


「ロイス様……」


 キャロルちゃんがロイスの手をそっと握り締める。見つめ合う二人……なんだかいい雰囲気だけど。キャロルちゃんってジークの婚約者だよねっ!?

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