第5話 政略結婚は誰のため?
◇◇◇
「おおソフィア!お帰り!寂しかったぞ!」
馬車を降りるなりこちらに向かって突進してくる熊のような大男を華麗にスルーする。
「あら、どちらさま?」
「ぱっ!パパだよ!マイエンジェル!まさか忘れてしまったのかい?」
「パパ?私にはパパなんていません」
ぷいっと顔を背けると絶望した顔でうなだれる熊がいた。認めたくはないがこの熊は私の父である。
「お、怒ってるのかい?」
「当然でしょ!怒られないとでも思ってたのかしら。私はジークと結婚するって何度も言ったわよね」
「え?だってジークは嫌がってるし……」
「い、嫌がってないしっ!全然嫌がってなんかないしっ!」
「そうなの?」
父にチラリと視線を送られたジークは困ったように眉を下げる。
「うーん、パパ、ジークは脈なしだと思うんだよなぁ。脈なしの相手をいつまでも想ってるなんて不毛だろう?だからさ、ソフィアには別の相手を紹介しようと思ってね!」
「余計なお世話なんですけど!?」
「まあまあ、会ってみたらソフィアもきっと気に入るからっ!ソフィア好みの美少年だよー」
「はぁ?……お父様、何か企んでるんでしょう」
「ギクッ」
わざとらしくおどけて見せているが私は騙されない。熊のようにでかいガタイに人懐っこい笑顔を浮かべるこの男こそ、商人から自らの才覚で貴族にまでのし上がった『商売の鬼』なのだから。その徹底した利益主義は、金儲けのためなら悪魔に魂までも売り渡しそうな勢いである。
「娘の私まで利用しようなんて。見損なったわ」
「ま、まて、待ってくれ。パパが可愛いソフィアを利用するなんてそんなこと……」
「じゃあなんでわざわざ没落寸前の伯爵家の息子と結婚しなきゃならないのかしら?」
「これには大人のふかーい事情がだね?」
「ほら。やっぱり何か隠してるわ」
「はぁ、話さなきゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「実はさ、この政略結婚、王命なんだよね……」
「はぁ!?まさか……」
「それが本当でさ。どうやらうちが男爵家になった理由の一つがこの結婚のためでもあったみたいなんだ」
「どういうことなの?」
なんでも数ある貴族家のなかでもシリウス伯爵家は歴史と伝統がある旧家であり、王族の妃や乳母も数多く輩出している。そのため領地に恵まれており、シリウス伯爵家の領地は国の要所の一つとなっているそうだ。このまま落ちぶれていくのは忍びない、との配慮らしい。
「それで金だけは有り余ってる成金の娘を資金援助を兼ねて評判のドラ息子にあてがおうって言うのね?たいした温情だわ」
吐き捨てるように言う私を困ったように見つめる父。
「ごめんね、突然の叙勲に何か裏があるんだろうなとは思ってたんだが、まさかソフィアの持参金が目当てだったとはね……こんなことなら称号なんて引き受けなきゃ良かったんだけど」
「お父様の情報収集能力も大したことないわね!」
腹立ち紛れに言うと
「ソフィア様……」
ジークが泣きそうな顔で立っていた。
「分かってるわ。いくらお父様だって、王命には逆らえないことぐらい」
「……」
「ごめんね……」
うなだれた父をみて思う。不幸になると分かっていて嫁に出したい親がいるものか。貴族は政略結婚が当たり前なんて、よく言ったものだわ。人の気持ちをなんだと思っているのか。
「ジーク……ははっ、さすがに王命じゃ逃げられないみたいね」
何もかも捨てて逃げたなら、きっと父は、商会は、無事では済まないだろう。全く、貴族なんて下らない……
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