ある助手の独白とそれにまつわる愛の話

南野月奈

プロローグ

 博士、私はあなたの知性を敬愛し、あなたの容姿に耽溺していました。でも、私を愛してくれないあなたと違って記憶のない彼は私を愛してくれました。

 手紙の最初にはそう綴られていた。


「手紙だなんて何世紀前も前の前人類文化を使ってくるなんて我が助手ながらアルビーは古風で泣かせてくれるじゃないか」

「しかし、ライル博士、彼らはどこに逃げたのでしょう」


 助手そのニであるロバートは、どうにか二人が逃げた宇宙船をハックできないものか必死で考えていた。

 しかし、逃げた相手がライル博士の頭脳をコピーしたアンドロイド、通称ライニールとライル博士の一番助手アルビーでは話は簡単ではないだろう。そう考えるとロバートの中で、これは大変なことだと実感がわいてきた。


「さあ、興味はないね。大方、アンティーク趣味のアルビーのことだ、地球でも目指したんだろう」

「興味はなくとも探していただかなければ困ります。ライル博士の頭脳を持った記憶のないアンドロイドが行方不明だなんて、宇宙連邦警察に知れたら大問題ですよ」


 助手その三であるタカコも頭を抱えた。宇宙船をハックする方法で探すならライニールやアルビーと渡り合える技術があるのはライル博士だけだ。

 ライル博士がやる気を出さないというならば宇宙連邦警察に星間ワープ検問をしてもらわなければならなくなる。そんな面倒事はタカコとしてもごめんだった。


 ロバートとタカコは、これから各所への連絡業務が山積みになることをさとり目配せをして肩をすくめた。

 ライル博士は二十五歳前後の見た目をした美青年だが彼の実年齢はゆうに六百歳を越えている。

 ライル博士は天才、神童と呼ばれた子供時代を送り、彼が発表した論文により人類は劇的なスピードで長寿と若さを手に入れたのである。

 ときを同じくして、彼の同僚にして幼なじみでもあるもう一人の天才青年が宇宙に関する重大な発見をしたことで人類は太陽系を飛び越え、宇宙へと飛び出していった。

 彼らは人類史上稀にみる天才として崇められる存在になった。

 彼らが同じ時代に生まれたことが人類のターニングポイントだった、と歴史書には記されている。


※※※


「ライル博士はあまりアルビーさんに興味がなかったようだが……どこから行き先が地球だなんて思いついたんだろうな」


 ラボの長い廊下を歩きながら、ロバートが当たり前の疑問を口にする。


「さあ、興味がないといってもプロフィールくらいは研究所に配属されたときに話すでしょう」


 タカコの返答はもっともといえばもっともである。


「だが、アルビーさんは来たときのことなんかわかりようがないな、なにせアルビーさんは、オレ達が来たときにはとっくに一番助手だったんだから…………なぁ、タカコ、それについてはあの手紙を読めばわかると思わないか?」

「……あの手紙……たしかに私達には最初しか見せてもらえなかったけど、…………まさかとは思うけど勝手に見るつもり?」


 タカコはロバートの方を驚いた表情で見た。


「オレは本気だよ、タカコ、あの二人が地球に行った確証が提出できれば星間ワープ検問なんて大事にしなくてもいいんだから。地球は星がまるごと情報カバーされてる星なんだ、でも、確証がなきゃ星間ワープ検問するしかない。中途半端に開発された星に隠れられたら、それこそ面倒だ」

「ま、それもそうかも、宇宙連邦警察だってできれば星間ワープ検問はしたくないだろうし。あれには予算がかかりすぎるもの。二人の宇宙船が星間ワープに到達するまで猶予は一日ちょっと、といったところね」

「ああ、タカコ、手紙をさがそう。もし、ライル博士に本気で隠されていれば諦めるしかないけど。あと、とりあえず宇宙連邦警察には通報しておいた方がいい」

「あーあ、明日は久しぶりにゆっくりできると思ったのに」

「しかたがない、タカコ、人生は長い。それこそ旧人類からすればオレ達は夢の不老不死に近い存在だよ……」


 二人は大袈裟に肩をすくめお互いを励まし合った。

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