千三十四話 馬鹿なことをしたもの

 翌日、そのガッシュ男爵が面倒くさいことを引き起こしてしまいました。

 なんと、「息子は大物だ、アレクサンダーとエリザベスは大した事ない」と言ってしまったそうです。

 というのも、学費の件もあったのでこのままでは資産の差し押さえになると通告したら見栄を切ったそうです。


「全く、本当に馬鹿な当主なのだから……」

「あはは……」


 たまたま仕事で来ていた軍の施設の応接室で、ティナおばあさまが紅茶を飲みながらも怒り心頭な表情で話をしていました。

 一緒についてきたプリンとローリーさんも、物凄くプリプリしています。

 うん、僕からは何もいえないよ。

 ちなみに、リズたちは王城でレイナさんたちが作った問題集を解いています。

 スラちゃんも、リズたちの監視をしているので軍の施設には来ていません。

 ある意味、幸いだったのかもしれません。


「ふふふ、では僭越ながら私が手合わせしてさし上げないといけないわね……」


 不敵に笑うティナおばあさまが怖いのだけど、実は今日は訓練の見学も含まれています。

 なので、僕とティナおばあさまは騎士服を着て腰から剣を下げていました。

 ローリーさんはいつもの仕事用の服だけど、プリンがローリーさんを護るといいたげに肩に乗っていました。

 話をした兵も、ティナおばあさまの迫力に若干怯えていました。

 なにはともあれ、先ずは訓練を見に行くことにします。


 ガキン、ガキン!


「これは、ツーマンセルの訓練だ」

「正解よ。軍は複数で動くことが基本だから、こうして連携を高める訓練を行うのよ」


 ティナおばあさまが色々と説明してくれたけど、軍の場合は誰とコンビを組むかは決まっていないことが多いので、こうして訓練を重ねて誰とでもコンビを組めるようにしているそうです。

 僕は、リズ、それにスラちゃんとプリンと以心伝心みたいにして戦えるけど、それは長年の関係性があるもんね。


「ほら、どうした! お互いのことを考え、どうしたらスムーズに動けるかを考えないといけないぞ!」

「はあはあ、ち、ちくしょう……」


 その一角で、明らかに軍人っぽくない体型の男性が、膝をついて荒い息を吐きながら上官の指導を受けていました。

 間違いなく、あの人がガッシュ男爵だ。

 実は、訓練が始まってまだ十分しか経っておらず、それでも既に疲労困憊って感じです。


「その、それでもかなりスリムになりました。以前は、もっと肥満体でしたので……」


 兵がとても驚くことを言ってきたけど、ダイエットみたいな効果は出ているという。

 本人の意思は、一ヶ月では全く変わっていないみたいですね。

 すると、息が荒いガッシュ男爵が僕とティナおばあさまの姿を見つけました。


「おい、なんでガキとババアがこの場に来ているんだよ!」


 しーん。


 この場の空気が、一瞬にして静まり返りました。

 それとともに、訓練していた兵も一斉に動きを止めて僕たちとガッシュ男爵を見ていました。

 そして、一応に「あのバカ、やっちまった!」って表情をしていました。

 というのも、今日僕とティナおばあさまが王城を代表して視察に来ると全員に通告してあったからです。

 もちろん、ガッシュ男爵も例外ではありません。


 ゾクッ……


「ふふ、皆さん訓練を続けて下さい。指揮官、この場合はどうすれば良いでしょうか?」

「は、はっ! 取り急ぎ、武装解除をして隔離をします!」

「そう、ありがとうね。では、宜しくね」


 殺気を垂れ流しているティナおばあさまに、指揮官がガクガクと震えながら返答していました。

 良かった、私刑にはしないで冷静に判断しています。

 これには、僕だけでなくプリンとローリーさんもホッと胸を撫で下ろしました。

 と思ったら、ガッシュ男爵がとんでもない行動に出ました。


「くっ、くそ!」

「「「あっ!」」」


 シュッ、ブオン!


 なんと、ガッシュ男爵を捕らえようとした兵が辿り着く僅かな時間で、ガッシュ男爵が真剣を僕たち目掛けて投げつけてきたのです。

 なんというか、そんな咄嗟の判断ができるんですね。


 カランカラン……


 残念ながら、投げつけた真剣は僕たちのはるか前方に落ちました。

 もちろん僕とプリンは念の為にダブルで魔法障壁を準備していたけど、必要にならなくて良かったよ。

 でも真剣を視察団の僕たちに投げつけたのは間違いなく罪になるので、ガッシュ男爵は重犯罪用の牢屋に連行されました。


「て、て、て、ティナ様、あ、アレク様。こ、この度のことは、お詫びのしようもなく……」

「貴方が悪いのではないわ。それに、訓練もわざと後方に配置して万が一のことがないように配慮していたみたいですし。そのことがあって、何事もなかったのです。これからも、訓練に励んで下さい」

「はっ、はい!」


 指揮官は、逆にティナおばあさまに褒められてホッとしていた。

 実際に何が起こっても良いように対応していたみたいだし、僕としても問題ないと思うなあ。

 真剣も刃引きしてあるし、殺傷能力は落ちています。

 こういうトラブルは今回に限らず起こる可能性もあるし、しっかり対応すればいいと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る