三百十九話 聖女様を守った小さなナイト様
他の貴族の挨拶も終わり、いよいよムノー男爵の番になります。
もう挨拶をする貴族はいないし、思う存分対応ができます。
心なしか、僕達の事をフロアにいる貴族が見つめている様です。
「「うぃー」」
僕達の目の前に、顔を真っ赤にしたムノー男爵と嫡男がやってきました。
ムノー男爵の酔っ払った様子を見て、陛下や王妃様にアリア様とティナおばあさまだけでなく、ルーカスお兄様とアイビー様も頭にきている様です。
カレン様も口元をピクピクさせながらも笑顔を作っています。
「聖女様、皆様、うぃ、この度は、おめでとうございます、ひっく」
おいおい、まともに喋れない上に、おめでとうございますって何に対しておめでとうですか。
臣下の挨拶もふらふらで、嫡男共々かなりみっともないぞ。
「ムノー男爵、些か飲酒が過ぎるのではないか?」
陛下が殺気を隠さずにこめかみをピクピクさせながら、酔っ払っているムノー男爵に話しかけている。
「はは、ひっく、ムノー男爵家が、発展する事を、思うと、うぃ、どうにも、酒が止まらなく、ひっく」
当のムノー男爵は、ニヤニヤしながら陛下に返事をしていた。
やばい、フロアにいる貴族もムノー男爵にきつい視線を浴びせているぞ。
ムノー男爵はそんな事はお構いなく、謎の独演会を始めていた。
「この度の事業を、ひっく、成功させれば、うぃ、派閥は、私どものものに、ひっく、それを、喜ばない、うぃ、理由は、ないですよ、ひっく」
おいおい、頼んでもいないのにこのバカは自らの欲望を垂れ流しにしているぞ。
そしてこのバカは、トドメとなる事を言い放った。
「聖女様が、うぃ、息子の、嫁に、ひっく、なれば、天下を、取れますぞ、ひっく」
シーン。
本当に空気が凍る事ってあるんだね。 ムノー男爵も嫡男も、ニヤニヤした顔でカレン様を見ていた。
気持ち悪い、下衆な笑みだ。
僕達はあまりにもバカバカしい話に思わず固まってしまったが、ここで颯爽と動いた人がいた。
「カレをいじめちゃ、めー!」
「ムノー男爵、この場から下がれ!」
「既に度を超えた発言ですわ!」
カレン様の前に出てきて、両手を広げて酔っぱらいを睨みつけるミカエル。
スラちゃんとプリンも、ミカエルと共に酔っぱらいを睨みつけていた。
そして、カレン様を守る様に体で隠しているルーカスお兄様とアイビー様。
こんなに怒っているルーカスお兄様は初めてみたぞ。
しかし、この酔っぱらいには効果がなかった様だ。
むしろ燃料を投下してしまった様だぞ。
「けっ、邪魔するな。人殺しの息子が!」
「そうだそうだ!」
シーン。
本日二回目の、場の空気が凍りついた瞬間だった。
というか、この大バカの発言に僕もリズも相当頭にきた。
今度は僕とリズがミカエルの前に立って、酔っぱらいを睨みつけた。
「ミカちゃんの事を悪く言わないの!」
「ミカエルは、僕とリズと同じくあの事件の被害者ですよ。これ以上の暴言は、僕も許しません!」
ここまで頭にきた事はなかったので、僕も感情がコントロールできそうになかった。
勿論、スラちゃんとプリンも頭にきていた。
そして、この人も頭にきていたのだ。
「ミカエルちゃんを悪く言うのはやめて下さい。事件があった際、ミカエルちゃんはまだ赤子ですよ。事件と何の関わりがあるのですか!」
カレン様も、目を真っ赤にして酔っぱらい共を睨みつけていた。
ミカエルの境遇はカレン様に説明してある。
カレン様は罪を憎んで人を憎まずと言っていたし、僕とリズがミカエルに対して何も悪く思っていないのを理解していた。
だからこそ、この酔っぱらい共の発言が許せなかったのだろう。
しかし、酔っ払いは止まらなかった。
そして、酔っ払いは自爆した。
「何を、小娘が。ひっく、俺らは、闇ギルドと、繋がっているの、だぞ。うぃっく」
「そうだぞ!」
シーン。
本日三回目の、場の空気が凍った瞬間だった。
自分自身が犯罪者だと高らかに自供したのだ。
この発言を聞いて、陛下は怒りの表情でおもむろに立ち上がった。
そして、近衛騎士に命令を下した。
「このバカを牢へぶち込め。そして、直ぐに軍と協力して屋敷の捜索に向かう様に」
「「「はっ」」」
あっという間に、近衛騎士によってぐるぐる巻きにされたムノー男爵と嫡男。
ギャーギャーと何かを言っているけど、完全に無視して近衛騎士に連れられて会場から消えていった。
あっ、貴族主義の連中もいつの間にか会場から消えていたぞ。
流石にバツが悪いと思ったのだろう。
そして会場が落ち着いた瞬間、ミカエルが大泣きをしたのだ。
「うわーん。にーに、ねーね、こわかった!」
「ミカちゃん、よく頑張ったね」
「ミカエル、カッコよかったよ。偉かったね」
「わーん!」
僕とリズがミカエルの事を抱きしめても、中々ミカエルは泣き止まなかった。
そして数分泣いていたミカエルだったが、
「すう、すう」
「寝ちゃったね」
「泣き疲れちゃったんだね」
泣き疲れて、僕とリズに抱き着いたまま寝てしまったのだ。
こればかりはしょうがないなあと思っていたら、寝ているミカエルの事をカレン様が抱っこしていた。
「私を守ってくれた小さなナイト様ですから、この位はさせて下さい」
カレン様は、寝てしまったミカエルの頭を撫でながら微笑んでいた。
確かにミカエルは幼いのに、よくムノー男爵に立ち向かったものだ。
「挨拶もこれで終わりだし、ミカエルもこのままにしておこう。今日のヒーローは、間違いなくミカエルだな」
陛下も落ち着きを取り戻して、寝ているミカエルの頭を撫でていた。
そして僕達の所にメアリとミリアもやってきて、さっきのミカエルは凄かったねと皆で話をしていた。
「ルーカス殿下とアイビー様。お二人も私の事をお守り頂き感謝します」
「私の事は良いよ」
「カッコいい所は、全部ミカエルちゃんに取られましたからね」
ルーカスお兄様とアイビー様も、カレン様に抱かれてスヤスヤと眠っているミカエルの頭を撫でていた。
そして、今日の歓迎式典のミカエルの話が広く広まり、ミカエルは大犯罪者の息子ではなく聖女様を守った小さなナイトとして貴族の間で認識される様になったのだった。
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