二百五十六話 人参を切るためにナイフを上段に構えて振り下ろす
「「「はあ……」」」
王都での炊き出しの日、現場にはどんよりとした表情の女性陣の姿がありました。
そこにはジェリルさんとランカーさんの他に、別の近衛騎士の女性の姿もありました。
「ティナ様から話を聞いて、軍で料理ができる人を確認したらヤバい事がわかったのだ。もし行軍で調理兵がいなかったら飢えるなんて馬鹿らしい事が現実にありそうで、先ずはという事で近衛騎士を参加させた」
呆れた表情の軍務卿の姿も現場にはあった。
まだ冒険者経験のある男性兵の方が料理ができるらしく、軍としても危機感を持っているという。
「はあ、まさか孫が花嫁修行ができておらんとは」
「そういえば、屋敷にいた頃から剣ばっかり振っていましたな」
「わ、私がサポートしますから」
そして、孫と娘のまさかの状況に、宰相と商務卿の姿も現場にあった。
そして女性陣をサポートする為に、商務卿の屋敷で侍従として働いているジンさんの妹のリリーさんもやってきた。
商務卿のもう一人の娘は、いつもリリーさんとお菓子作りとかをしているという。
因みに三人ともムノー子爵関連の対応をするという名目で炊き出しの現場に来ており、事実時々兵が報告にきていた。
さて、肝心の炊き出しのメンバーなのですが、あいにくルーカスお兄様とルーシーお姉様とエレノアは来賓対応で不参加となった。
王妃様とアリア様も来れないというので、ティナおばあさまとアイビー様が王城より参加する。
「では、炊き出しを作るテーブルと、料理勉強をするテーブルに分けましょう」
「それが賢明だな。炊き出しの料理を食べて腹を壊したらたまったもんじゃないな」
「「「うう……」」」
軍務卿の的確な指示に女性陣がダメージを受けているけど、こればっかりは仕方ない。
テキパキとセットしていく。
治療のブースと炊き出しブースも完了したので、早速調理開始。
因みに治療ブースにはリズとアイビー様があたってくれます。
「料理をする時は、衛生の為に必ず手洗いをします」
水魔法で桶に水を張って手を洗います。
併せて調理器具も軽く水で流します。
「野菜も軽く水で洗って、不要な部分や皮をとっていきます」
「「「おおー!」」」
今日は鹿肉のスープだけど、調理の基本は変わらない。
今日はにんじんと白菜と芋を使うけど、洗って根っこを切って皮を剥いていく。
芋の皮をクルクルとナイフで剥いていくと、何故か女性陣から驚きの声が上がった。
「野菜は大きさを均等にして切っていきます。お肉も一緒ですね」
トントンと野菜とお肉を切っていきます。
大きさを整えたら、野菜を鍋に投入します。
「お肉は軽く焼いて、フランベして臭みをとります」
「「「火が出た!」」」
本当はフランベしなくてもいいけど、今日はちょっとアレンジ。
そして肉も鍋に投入して煮込んでいきます。
味付けはシンプルに塩胡椒のみで。
「煮込んでいくと水分が飛ぶので、味付けは薄味で作っていきアクを取っていきます」
後は味見をして味を整えて完成。
「うおー、何だこのスープは!」
「今日の炊き出しは、凄くうめーなー!」
「お兄ちゃん、美味しいよ!」
「アレク様凄いです!」
うん、炊き出しに並んだ人にも美味しいと言って貰っている。
味見して貰ったリズとサンディにも好評の様だ。
宰相と軍務卿と商務卿も満足しているが、何故か女性陣がかなり落ち込んでいる。
「あの、味が悪かったですか?」
「違うの、とても美味しいわよ」
「五歳のアレク君がここまでやるとは」
「自信が無くなりました……」
えー!
調理の基本を話しただけだったのに、ここまで落ち込むとは。
もしかして相当ヤバい?
「アレク、短い期間だったけど料理を教えたんだ。だが、俺にはダメだった」
今度はジンさんが匙を投げちゃった。
宰相と商務卿もマジかよって顔をしている。
対して、レイナさんとカミラさんはそっぽを向いていた。
何はともあれ、料理教室の開始です。
炊き出し分は一緒に来てもらったシスターさんにお願いして、僕も料理教室に専念していきます。
「そうそう、上手ですよ」
「何だか少し慣れてきました」
最初に上達が見られたのは冒険者のお姉さん達。
元々料理の素養があったのか、ナイフとかの扱いに慣れると全然問題なかった。
味付けもキチンとしているし、これならという事で炊き出しの野菜切りに回ってもらう事になった。
「うーん、中々難しい」
「ほら、小さいナイフが使えないと大きな剣を使えないぞ」
ジェリルさんやランカーさん達近衛騎士の女性陣は、芋をボロボロにしながら皮剥きをしていく。
見かねた軍務卿が芋の皮をあっという間に剥いていっている。
ただ、筋は悪くないし場数を踏めば何とかなるレベルっぽいなあ。
「いきます」
ズドーン!
「おい、なんで人参を切るのに魔物を一刀両断する様にしているんだ!」
「「駄目だこりゃ……」」
そして間違いなくヤバいのがレイナさんとカミラさん。
人参を切るのに、上段の構えでナイフを構えて一気に振り下ろした。
えーっと、更に言うとその人参はまだ皮を剥いて無かった様な気もするなあ。
ジンさんの絶叫が炊き出しブースに響き渡り、宰相と商務卿は娘と孫の料理下手さに思わず頭を抱えてしまった。
リリーさんも思わず手で顔を覆っている。
「スラちゃん、煽っちゃ駄目だよ」
「でも、圧倒的な差があるわね」
スラちゃんが念動で野菜を浮かせて風魔法で切っているけど、今の二人には逆効果でしかない。
レイナさんとカミラさんは、ティナおばあさまも呆れるほどの料理の腕前だった。
「何だか凄い音が聞こえたよ!」
「うわあ、まな板が半分になっているよ」
「これは、凄まじいですわね……」
レイナさんが人参を一刀両断にした音を聞いて、治療ブースからリズとサンディとアイビー様が駆けつけてきた。
まな板は既にボロボロになっていて、半分どころかもっと割れている。
野菜も散らばってしまって、やむなくプリンが散らばった野菜を消化している。
「因みにアイビー様は料理はできますか?」
「お菓子作りが趣味なので、野菜の皮むきくらいはへっちゃらですわ」
アイビー様は芋を手に持つと、器用に皮をナイフで剥いていく。
リズとサンディはまだ五歳だし、料理をするのはまだ早い。
「「うう、どうせ私は料理もできないガサツな女よ……」」
「お、お義姉様。しっかりして下さい。料理は練習すれば誰でもできますよ」
これ以上二人に料理をさせるのは危険だと判断が下されて、レイナさんとカミラさんはショックのあまり崩れ落ちてしまった。
必死にリリーさんが二人を慰めるけど、全く効果がない。
「ジンさん、ここまでだとは思ってもいませんでした……」
「だから言ったろ、俺が教えても駄目だったと。ルリアンとナンシーはまだましだったぞ」
余りの悲惨な状況に僕はジンさんにポツリと本音を漏らしたが、ジンさんも処置なしって所だった。
ルリアンさんとナンシーさんには希望の光があるらしいので、とにかくレイナさんとカミラさんをどうにかしないといけない。
と、ここで宰相が仕方ないという表情をしながら話しかけてきた。
「カミラ、レイナ、お主らは暫く商務卿の屋敷で花嫁修行だ。商務卿、これで良いか?」
「はい、私もかなりショックを受けています。この際なので、二人にはリリーを師匠として裁縫なども勉強して貰います」
「ああ、俺もそれがいい。こいつらの下着とかも俺が洗っているし、家事全般を教えて貰った方がいいな」
「二人とも、拒否は許しません」
「「はい……」」
こうしてレイナさんとカミラさんは、既に花嫁になっているのに改めて花嫁修行をする事になった。
というか、まさか家事全般が駄目だとは思わなかったよ。
他の女性陣も、レイナさんとカミラさんの様になってはいけないと心に刻み込んだ様子だった。
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