二百十九話 偽物貴族

「では、二人の手伝いをしてきます」

「失礼します」


 ルーカスお兄様とアイビーは、侍従と共に部屋を出ていった。

 ルーカスお兄様は僕に向かって小さく頑張れと言ってくれた。

 うう、お兄様の優しさが身に染みるよ。


「そういえば、ティナ様にも謝罪をしないとなりませぬ。私が軍務卿に在籍している間に、御子息の事件を解決できず申し訳ありません」

「ええ、その件はもう良いですよ。謝罪を受けます。今はこうして孫と賑やかな日々を送っておりますから」

「カーセント公爵も、例の事件を解決できずに苦しんでおったからな」

「はい。そう思うと、ここ数年の様々な事件を解決したアレク殿下の功績はとても大きい物ですな」

「そうね、アレクくんには母国の帝国の件も解決してもらったし、帝国にとっても恩人なのよね」

「あはは……」

 

 カーセント公爵はティナおばあさまにも改めて謝罪をしていた。

 そして、そこからは何故か僕の褒め合いに発展していく。

 どうしてこうなったのだろう。


 コンコン。


「失礼致します。ロンカーク伯爵様、並びに御令嬢がお見えになりました」

「そうか、通してくれ」


 ちょっと肩身が狭い気分でいたら、侍従がついに伯爵の来訪を告げた。

 陛下が許可をすると、部屋に中年男性と小さな令嬢が入ってきた。

 うん、アリア様が金ピカ伯爵と言うのがよく分かる。

 体格は太った商人の様で頭はオールバックに決めているけど、身につけている宝石の数が物凄い。

 本当に金のネックレスを身につけていて、大きい宝石をあしらえた指輪を全ての指にしている。

 服も金糸などを使った豪華な物で、どっちが王族かよと言いたいくらいだ。

 対して令嬢の方は、僕やリズよりも少し小さくて髪は紫色のおかっぱ頭。

 落ち着いた薄い黄色のドレスを着ていて、ネックレスも控えめだ。

 こちらは主賓よりも目立たないというルールを守っている。

 金ピカ伯爵は参加者に驚いていたのだが、直ぐににこやかな顔に切り替えた。

 お金に目がないだけあって、腹芸はうまそうだな。

 対して令嬢の方は物静かで、本当にこの伯爵の子どもなのかと思った。

 こっそりと鑑定したら、凄い情報が出てきたぞ。

 いかんいかん、声を上げそうになってしまった。

 冷静にしないと。


「これはこれは皆様お揃いで。お忙しい中お時間を頂戴し有難うございます」

「うむ、ちょうどここにいるアレクの両親の事件や帝国の事件の事を話していたのだ」

「左様でございましたか」


 ロンカーク伯爵は陛下に恭しく挨拶をしたが、何故お前がここにいるのかという視線を僕に向けてきた。

 最も、その視線はここにいる全員が気がついた事だけど。


「まあ大体は話は分かっている。其方の娘をルーカスの嫁にという話だな」

「左様で御座います。親の目では御座いますが、サンディは気立ても良く賢い子で御座います。きっとルーカス殿下のお気に召すと思います」


 なんだろう、サンディさんを商品の様に説明しているぞ。

 さっき分かった事を抜きにしても、何だかとっても腹が立ってきた。


「ロンカーク伯爵、娘をルーカスにという親心は理解できます。では、王妃とはどの様なものか考えた事はありますか?」

「そ、それは……」


 おっと、王妃様の先制パンチがロンカーク伯爵に炸裂した。

 何で目の前のロンカーク伯爵は、この程度の質問に黙ってしまうのだろうか。


「確かに世継ぎを産む事は、王妃に課せられた使命です。それは側室でも変わりありません。しかし、それだけではないのです」

「それだけとは?」


 アリア様が諭す様に話をしても、目の前のロンカーク伯爵には響いていない様だ。

 逆に聞き返してしまっている。


「王家とは、進んでノブレスオブリージュを体現しなければなりません。王家に限らず、貴族には上に立つものとしての義務があります。財を得る事は間違いではないですが、私達は財の使い方を間違えてはいけません」

「う、うう……」


 ティナおばあさまの言葉に、ロンカーク伯爵は完全に返答に窮してしまった。

 沢山身につけている宝石は、貴族にとって当たり前の事を体現していないと言っている様なものだろう。


「まあ、そういうことだ。いくら娘が素晴らしくても、其方には響かないだろう。本当の貴族ではないお主にはな」

「えっ」


 陛下も気がついていたんだ。

 目の前のロンカーク伯爵が、実は偽物だと言う事に。

 話を聞いていなかったからなのか、カーセント公爵は目を丸くしてびっくりしていた。

 一方で事前に話を聞いていたのか、王妃様とアリア様とティナおばあさまは陛下の発言を聞いても顔色を変えなかった。

 陛下は僕にチラリと視線を向けた。

 僕も言っちゃって良い様だ。

 

「僕も鑑定しました。そこにいるサンディさんがロンカーク伯爵家当主です。何か言いたい事はありますか? 闇ギルドのバラン」


 僕の発言を端にして、部屋に控えていた近衛騎士が一斉に動いて偽ロンカーク伯爵を捕縛した。

 と、同時にサンディさんの事を僕は手を引いて引き寄せた。

 そして、サンディさんを背中に隠す様にしていつでも魔法を放てる様に構えた。


「くそ、なぜ分かった。変装は完璧だったし、実際にそいつは伯爵家の人間だぞ」

「我々も見抜けなかったのは情けなかった。ポートコールの一件を受けて、全ての直轄地の金の流れを確認したら不自然な金の動きがあったのだよ。急激に金を集めた時期と、ベストール男爵がポートコールの代官に着いた時期がね。内偵をしたら直ぐに分かったぞ」

「くっ、くそ」

「既に屋敷も兵によって抑えられている。サンディを残して、ロンカーク伯爵家の全員を殺害した罪も併せて厳しく調べる事になろう」


 偽物のロンカーク伯爵は、厳重に拘束されて連行されていった。

 偽物のロンカーク伯爵が連行されて部屋を出た瞬間、サンディさんが崩れ落ちた。


「う、うぅ……」

「もう大丈夫だからね」


 背中を撫でつつ、サンディの事を慰めていく。


「お父様もお母様も目の前で殺されて、ぐす、言う事を聞かないと私も殺すって脅されていて……」

「よく頑張ったわね。もう大丈夫だよ」

「うわーん!」


 サンディさんは、ホッとしたのもあったのか僕に抱きついて大泣きしている。

 ティナおばあさまもこちらに来て、サンディさんの背中を撫でている。

 王妃様とアリア様は、サンディさんの置かれた状況に涙をしていて、ハンカチで目尻を押さえていた。


「サンディ、すまぬのう。苦しい思いをさせていて。でも、これで安心だ」


 ようやく泣き止んだサンディさんの元に、陛下も近づいて謝っている。

 少なくとも三年は今の状況が続いていたという。 


「サンディ嬢、儂も謝らなくてはならない。儂が軍務卿をしていた時に、事件が起きていたのかもしれない」


 カーセント公爵も、サンディに謝罪していた。

 時期的にカーセント公爵が閣僚を交代する直前に、事件が起きていた可能性があるからだ。


「とはいえ、ここはサンディさんをゆっくりと休ませる必要があります。今まで極限の緊張状態にあったので」

「そうだな。先ずは医務室に連れて行って、体の様子を見てもらうとするか」


 サンディさんは、近衛騎士と侍従に連れられて医務室に向かっていった。


「ロンカーク伯爵の件が判ったのは、つい二日前だ。余も閣僚も焦ったが、サンディを確実に保護するためにひと芝居を打ったのだ」

「それで、ルーカスお兄様とアイビー様を席を外して僕を会談のメンバーに加えたのですね」

「正直な話、ルーカスとアイビーが現場に居合わせたら、偽物のロンカーク伯爵を害した可能性もあった。アレクなら冷静だし、恐らく鑑定も使うのではと思ったのだ」


 ルーカスお兄様とアイビー様なら、怒って偽物ロンカーク伯爵を斬りつける可能性はあるだろう。

 恐らくリズやスラちゃんでも同じ事をしていた可能性がある。

 しかし、ベストール男爵の資金提供からこんな大事件が見つかるなんて、闇ギルドの根は深そうだ。

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