第百八話 軍務卿

 エステル殿下がバスク領に向かって四日後、一行がブルーノ侯爵領に戻ってきた。

 難民二百人程を引き連れているから、結構な大部隊だ。

 ブルーノ侯爵領からの兵士にあわせて王都からの部隊も護衛についているので、道中も何事もなく無事に到着した。

 文官候補生が、テキパキと出身村別に難民の確認をしていく。

 この文官候補生は、まず各村の調整役として色々動いてもらうことになった。

 ここで色々経験をして、もう少し大きな仕事に移っていく予定。

 

 そして、この部隊と共に、二人の重要人物がブルーノ侯爵領にやってきた。


「軍務卿、遠い所までご足労いただきありがとうございます」

「中々快適な旅だった。殿下も最前線でご苦労であったのう」


 アルス王子が出迎えたのが、軍務卿のウェリン公爵。

 アルス王子いわく六十歳過ぎということらしいが、二メートル近い長身に筋肉ムキムキのいかにも武人といった体つきで、髪型も短くビシッと決めていて口ひげを生やしている。

 更に長剣を背中に背負っており、見た目からして迫力満点だ。


「ビアンカ様、お久しぶりです。お怪我はありませんか?」

「ヴィルよ、久しぶりじゃのう。妾はこうして何事もない。そなたも息災じゃのう」


 ビアンカ殿下と仲良く話すのが軍務卿の孫で、確かビアンカ殿下と同じ歳だったはず。

 見た目は坊ちゃん刈りでそんなに武芸に秀でてないように見え、一見すると文学を嗜むような感じだ。

 ビアンカ殿下と仲良く話しているところを見ると、二人の関係は良好の様に感じる。


「サトー、ただいま!」

「エステル殿下、おかえりなさい。あの、周りの視線が痛いんですが」

「周りは気にしない」


 エステル殿下も出迎えに現れたが、いきなり俺に抱きつくのはどうかと思うぞ。

 軍務卿は俺らを見て何やらニヤリとしているし、孫のヴィル様もエステル殿下の行動に驚いているよ。

 何気にリンさんも、俺に向けて不満げな視線を送ってくるし。

 取り敢えず、皆さん移動しましょう。


 ということで、食堂へみんなで移動します。

 といっても、顔を知らないのはルキアさんとリンさんと俺だけなので、それぞれ簡単に挨拶をする。


「ふむ、そなたがサトーか。成程、ただならぬ雰囲気があるな」

「軍務卿。俺はただのしがない冒険者でございます」

「普通の冒険者がこの場にいるはずがない。アルス王子殿下やビアンカ王女殿下より、様々な情報を得ている。現に、サトーからの情報を元に軍の強化にも取り掛かっておる」


 軍務卿には、アルス王子経由で様々な情報が伝わっているのか。

 ニヤリと興味深そうな表情で、俺のことを見ている。


「軍務卿、サトー達は毎朝訓練をしている。その様子を見れば、更に興味が湧きますよ」

「確かここに来る道中も、兵士が打倒サトーを掲げて訓練をしておった。どれだけの強さがあるか、儂も非常に興味があるぞ」


 アルス王子、最近は朝の訓練はドラコとベリルの補助がメインで、俺はそこまでガッツリやっていないですよ。

 この間の兵士候補生とエステル殿下は、たまたまなんですから。

 ほら、アルス王子の発言で軍務卿だけでなくエステル殿下も俺の方を見ているじゃないですか。

 エステル殿下は、さっそくのリベンジマッチが組めると思っているんだろうな。

 この流れだと、俺は明日の朝の訓練を断るのは難しそうだ。


「ビアンカ様、サトーさんはそんなに強いのですか?」

「サトーは、戦闘の指揮能力が一番優れておる。個人的にも特に防御力にも優れているのじゃ。並の兵士では、二十人いてもサトーには剣はかすりもせんぞ」

「へえ、それは凄いですね」


 おや、お孫さんのヴィル様も訓練に興味を持っている。

 見た目は文学少年だけど、やはり軍務卿の血を引いているんだな。


「ヴィル様も、訓練にご興味がお有りですか?」

「はい、我が家は武家ですので強い人に興味があるのは当然です」

「サトーよ、ヴィルは見た目は優しそうだが、こう見えて体術の達人じゃ。剣もそこそこできるぞ」

「流石はヴィル様ですね」

「いやあ、僕なんかはまだまだですよ」


 へえ、人は見た目はよらないのか。

 体術だと柔術とかになるのかな。

 流石は武家の一族だけある。

 ヴィル様は、少し興奮しながら俺の方を見ていた。

 しかも目がキラキラしている。

 明日の朝の訓練は、あまり手を抜く事はできないな。


「このお肉美味しい」

「リリおかわりしたいな」

「レイアはフルーツおかわり」


 因みにこの日の夕食は、軍務卿の歓迎もあって豪華なものだった。

 豪華な食事に一番喜んでいたのが、直接は関係ない子ども達であったが。

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