第百七話 サトー受難の一日

 ペシペシ、ペシペシ。


「「お兄ちゃん起きて」」

「パパ、訓練が逃げちゃうよ」


 うーん、久々に子ども達が俺の上に乗っている。

 しかしこのまま寝ていると訓練が逃げるのか。レイアよ、中々上手いぞ。

 ということで、おやすみなさい。

 ぐー。


「サトー起きて!」

「グボバ!」


 あ! あ! あ!

 ドラコよ、俺の上に乗るのはいいがお前の膝が俺の大事な所に。

 痛い痛い痛い。涙が止まらないよ。

 ベットの上でゴロゴロ転がっていく。


「ドラコが、お兄ちゃんやっつけちゃった」

「お兄ちゃん、回復魔法かけるよ」

「パパ、死んじゃやだよ」


 ああ、リリの回復魔法で少し良くなってきた。

 久々に痛恨の一撃を食らった。

 まだ、涙が出る。


「サトー、ごめんなさい」

「いや、わざとじゃないんだ。次は気をつけな」

「うん」


 五分後、何とか再起動できた俺にドラコが謝罪をしてきた。

 派手に痛がっていたので、大変なことになったのだと思ったらしい。

 流石にドラコはしゅんとしている。

 そしてあれだけ派手に騒いでいたのに、ミケとベリルはまだ熟睡していた。

 特にベリル。お前はいつの間にか常にベットで寝るようになったな。

 本当に野生をどこかに置いてきたようだ。


「なんだこのギャラリーは?」

「みんなサトーの訓練を見たいんだって」


 庭に出ると、そこは人人人で大混雑。

 エステル殿下に聞いたけど、何で俺の訓練でこんな人だかりに。

 兵士候補生はわかる。昨日話を聞いていたから。

 保護された子どももわかる。訓練の最中に、俺に魔法を放つ事があるから。

 そこにお屋敷の貴族の方々にトムさん家族もいて、自治組織のメンバーにメイド候補生に文官候補生もいる。

 王都からきた小隊の面々もいて、チナさん達もいるぞ。

 ブルーノ侯爵領にいる知り合いが殆ど集結している。

 あ、飛龍が庭の隅で小さくなっている。お気遣いすみません。


「さて、主人にドラコにベリルよ。早速始めるぞ」

「は? いきなりかよ!」

「ちょっと待ってよ」

「ワオーン」


 シルのいきなりの号令で、ララとリリとレイアに子ども達が一斉に魔法を放ってくる。

 くそ、子ども達の魔法がいつの間にか上達しているから避けるのが大変だ。

 しかしながら、ドラコもベリルも回避力がアップしているな。

 これで魔法障壁が使えるようになれば、少しは戦力になるな。


「ふうふうふう」

「はー、疲れたよ」

「ワフーン」


 数分後、魔法が放たれるのが止み少し休憩タイム。

 ドラコもベリルも、だいぶ体力が上がったのか少し息が切れている程度だ。

 そして、何故か周りからどよめきが起きている。


「主人よ、ドラコとベリルはどうだ?」

「だいぶ動きが良くなってきている。これで魔法障壁覚えれば、まずは防御に関しては大丈夫かな」

「うむ、我も同じ考えなのだぞ。魔法障壁はできるのだが、まだ精度が欲しいぞ」

「発動スピードも重要だけど、場面で使い分けるイメージ力も必要だからな」


 ドラコとベリルはまだこのメニューか。

 でも攻撃ができるようになるのも後少しだな。


「主人、次をやるぞ。魔法障壁で物理と魔法を防ぐのだぞ」

「まだやるの?」

「当然だぞ」


 後ろを振り向くと、獲物を持った兵士候補生が沢山。

 その後ろには、これまた魔法使い候補生が構えている。

 ざっと数えて三十人はいるぞ。


「あの、シルさん。この人数を一人で相手にするの?」

「当たり前だぞ。ではいくのだぞ」

「「「うおー」」」

「まじかよ」


 二十人ほどの兵士候補生が一斉に攻撃してきた。

 その後ろで、魔法使いが魔法を放ってきた。

 うーん、魔法の速度が遅い。さっきの子ども達の方が早いぞ。

 魔法障壁は体に纏わせるものにしておこう。


「ふん」

「はあ」

「せい」


 物理攻撃陣はなかなかの速度で切り掛かってくるが、いかんせん連携が取れていない。

 魔法障壁を展開するまでもなく避けられそうだ。

 殺気が凄いから、気配察知も簡単にできるし。

 あ、魔法使いが誤って兵士候補生を攻撃しちゃった。

 軍みたいに連携を取るようになるには、まだ時間かかりそうだ。


「はあはあはあはあ」

「ふうふうふうふう」

「何で攻撃が当たらないんだよ」


 十分後、庭には死屍累々の兵士候補生が転がっている。

 兵士候補生のダメージは全て魔法候補生の誤爆だし、俺は避けていただけで一切攻撃していない。

 周りから俺に対してざわめきが起きているのは、きっと気のせいだと思いたい。


「主人よ、どうだったか?」

「連携が全くダメだね。今は指揮をする人がいないから、暫くはツーマンセルで相手を追い込む事を覚えた方がいいかも。魔法使いは魔力制御を磨かないとかな」

「うーん、その意見はわたしも同じだよー。結局サトーは魔法障壁使っていないし」

「念の為に、体に魔法障壁を展開させていたよ。まあ保険だけどね」


 シルとリーフから感想を聞かれたけど、獣人は単体戦闘ばかりで集団戦闘に慣れていない。

 兵士候補生は、暫く色々な訓練が必要だな。


「では、次の訓練に移るんだぞ」

「おい、シルよまだやるのかよ」

「当たり前だぞ。こっちの訓練官が強いのか疑問になっているのだぞ」

「は? 何それ」


 訓練官って誰だよって思ったら、無言でエステル殿下が剣を抜いた。

 って、剣と魔法剣の二刀流かよ。

 おいおい、エステル殿下の目が座っているぞ。


「サトー、昨日書類ミスをした時に助けてくれなかった」

「ミスはミスでしょうが」

「助けてくれなかった」

「あの場面でどう助けろと」

「問答無用!」

「なんで!」


 昨日書類ミスが発覚した時に庇ってくれなかった事を根に持っているのかよ。

 でも、書類ミスは俺には関係ないじゃん。

 くそ、エステル殿下は俺を殺す気で攻撃してくるぞ。


「サトー、避けるな」

「当たったら死ぬでしょうが」

「サトーを殺して、わたしも死ぬー!」

「意味が分からん!」


 次々に繰り出される攻撃を、ひたすら避けていく。

 一撃一撃が憎しみ込めているから、とんでもなく重いんだよ。

 しかし体力度外視で動いていたので、エステル殿下は十分ほどで体力が尽きたようだ。


「はあはあはあ、何で避けるのよ」

「避けないと死んじゃうでしょうが。本気で殺しにきて、死ぬかと思いましたよ」


 庭に大の字になって寝転んでいるエステル殿下が何かを言っているが、こっちは避けるの必死だったっていうの。

 さっきと同じく体に魔法障壁を展開していたけど、当たったら大怪我で済まないぞ。

 そして何故か、周りから俺へ拍手が送られていた。


「主人よ、何故武器を使わなかったのか」

「へ、使ってよかったの? 回避と魔法障壁の訓練だと思っていたから」

「流石に我でも、エステルは武器を使わないとまずいと思ったのだぞ」

「それを早く言ってよ」


 シルの一言に、ガクッとなってしまった俺だった。


「はいはい、みなさん仕事に戻りましょう。サトー様達は食事ですよ」


 ルキアさんが手をパンパンと叩いて、みんなが動く様にした。

 周りの人が少しづつ動いていく。

 俺も食事にしよう。それにしても今日は疲れた、一日休みたいくらいだよ。


「それにしても、今日のサトーは凄かったのう」

「まさか、全ての戦闘で全ての攻撃を避けるとは思いませんでした」

「いやあ、やっている方はとにかく必死だったので」

「何を言ってる。特に兵士候補生は相当に余裕だったのでは?」

「まあ、連携がなっていませんでしたし、そこまで難しくはなかったのは事実です」


 朝食時にビアンカ殿下とリンさんから、先ほどの戦闘訓練の件で褒められた。

 ちなみにエステル殿下は、攻撃が全く当たらなかったので落ち込んでいた。


「まあ、訓練官が人間の少女であることに獣人が少し舐めていたのはあったのじゃ。あそこまでの攻撃を見せた上に自分達がまだまだだと理解できたのは大きい収穫じゃ」

「そうなんですよ。ガルフさんや部隊の人だと大人しく話を聞くんです」

「兵士候補生の役に立てたのでしたら、頑張った甲斐があります」


 この世界はどうしても男尊女卑が残っているし、しかも少女の上官だと言うことは聞かないだろうな。

 もう、これで大丈夫かと思うが。


 朝食後に、バスク領に向かう部隊の見送りに来たけど、兵士候補生がこちらを見て闘志を燃やしている。

 エステル殿下も、何だか俺を見てメラメラと燃えているようだ。


「姉御、準備ができました」

「よし、そろそろ行くとしよう」


 おい、何で兵士候補生がエステル殿下を姉御と呼んでいるんだよ。

 本人に色々聞いてみよう。


「エステル殿下、これは一体何があったんですか?」

「今日の戦闘訓練で私たちはコテンパンにされ、子どもにも指を指されて笑われてしまった」

「そういえば、何人かの男の子が笑っていたような気が」

「私たちは、打倒サトーで一致団結した。次の手合わせでは必ず一撃を入れると」


 まあ、このくらいで戦力が上がってくれるならいいが、何か話が大きくなっていないか?

 エステル殿下の言葉に、兵士候補生がうんうんと頷いている。


「その為には、無事に帰ってきて下さいね」

「うん。だから、はい!」

「何で、両腕広げてハグして下さいポーズ何ですか?」

「サトーにハグして欲しいから」

「あの、俺を倒すんじゃなかったのですか?」

「それはそれ、これはこれ」


 もうこれは何を言っても聞かないなと思ったので、エステル殿下をハグする。

 エステル殿下はえへへと笑っているし、リンさんは羨ましいと言っているし、兵士候補生はさすが姉御とわけわからない事を言っているし。

 ハグを解くと、馬車のところにチナさん達の姿があった。

 今回、チナさんのところに護衛の依頼が入ったみたいだ。


「チナさん達も道中お気をつけて」

「はい、ありがとうございます」

「弟をよろしくお願いします」

「さっきの訓練、かっこよかったですよ」


 どうも、さっきの訓練を見て俺の事をヒソヒソ言っている人がいる。

 特に女性陣から何やら視線を感じるぞ。

 そして、リンさんの視線がとても痛い。


「では行ってきます」


 エステル殿下の合図で、一団はバスク領に向かっていった。

 その姿をみんなで見送った。

 一団の姿が見えなくなったところで、リンさんが俺に色々ぶち込んできた。


「サトーさん、わたしの事もハグして下さい」

「え? 今なんと」

「ですから、わたしの事をハグして下さい。さあどうぞ」


 恐らく他の女性の視線を感じて嫉妬したのかも。

 リンさんも何を言っても聞かないと思ったので、そのままハグしてあげる。

 ふうと、一つ息を吐いて、リンさんが俺から離れた。


「サトーさん、すみません。少し弱気になってしまったので」

「そう言う時もありますよ」

「やっぱりサトーさんには敵いませんね。さて、わたしも訓練に行きますね」

「怪我をしない様に気をつけて下さいね」


 リンさんは、残った兵士候補生の元に向かっていった。

 よく聞くと、リンさんも姉御って呼ばれているが気にしないでおこう。


「サトーよ、モテる男は辛いのう」

「はあ、こんな事想像していませんでしたよ」

「ははは、嫉妬くらい受け止めよ」


 ビアンカ殿下にも色々言われてしまった。

 もう、今日は執務室にこもって書類処理に専念するぞ。

 

「はあ、もう疲れた。今日は休みたいよ」

「ははは、今朝はモテモテだったな」

「もうあの二人は隠す気ないでしょう」

「もう強く言っても無駄だろうな。そんなサトーにプレゼントだ」

「わーい、書類が一杯だ」


 目の前に書類が沢山あるから、とにかく集中だ。

 うん、何だこの書類は。

 とっても不穏な雰囲気がする中身だ。


「ルキアさん、何ですかこの書類は」

「ああ、聖女サトー物語の制作関連ですね」

「何ですか? その聖女サトーっていうのは」

「ワース商会と悪徳領主夫人に支配されたブルーノ侯爵領を、突如現れた謎の美女サトーが街を救うお話です。三部作の大作になる予定です」

「まんま俺の事じゃないですか」

「その辺はぼやかす予定です。まあこの街はワース商会に支配されていた為に、大衆の娯楽に飢えているので。制作指揮は元団長の奥さんです」

「あの奥さんだと、俺の女装シーンを殆ど最初から最後まで見ているじゃないですか」

「なので史実に近づけつつ、機密な所は除外もできます。本と劇場公演を予定していて、既に王都やバスク領にバルガス領からも問い合わせがきております」


 Oh、何てこったい。

 あの大阪のおばちゃんそっくりの婦人なら余計な事をしないと思うが、俺のしたことが本や劇にまでなってしまうとは。

 

「その話なら俺も許可した。というか、父上や閣僚から是非やってくれと。闇ギルドが物語に絡んでいるから、闇ギルドの問題を広く知らせる事に役に立つとの判断だ」

「既にこの国の上層部の承認済みですか」

「教会などでの説法では、既に一般市民に話を始めているぞ。特に聖女ということで、教会上層部もサトーに会いたいと言っている」

「何というか、聖人列伝に載りそうな内容ですが」

「現実で起きた事で、多くの人が目撃している。もう色々言うのは難しいぞ」


 目立ちたくないのに、物凄い目立つ存在になってしまうとは。

 女装した姿なのが唯一の救いだ。

 こういう劇は実際とは全く違う形で表現されるのが通例だ。

 そして、本人が見るに堪えない物になるんだよな。

 

 夕食時も、話題は聖女サトー物語の件。

 どうも街中でもだいぶ話題になっているらしく、子ども達も周りから話を聞いている。

 もう一回女装してと言われているが、もう勘弁してくれ。

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