第三十二話 ルキアさんの秘密

 激動の日だった昨日とは違い、とっても穏やかな朝だ。

 こんな日はのんびり薬草採取でもしたいもんだ。


「ふあー、おはようお兄ちゃん」

「おはよう、ミケ」


 ミケも起きた。

 寝癖がついて可愛い髪型になっている。

 

「お兄ちゃん、今日は依頼したいね!」

「そうだね。のんびり薬草とか取りたいね」

「薬草採取! ミケはタラちゃんといっぱい取るよ!」

「あまりいっぱいは勘弁な……」

「えー」


 ミケの寝癖を直しながらそんな会話をしていた。

 もうそろそろ朝食の時間だ。


「サトー殿、この後ギルドよりギルドマスターと副ギルドマスターが来られる。申し訳ないが同席して頂けないでしょうか?」

「はい、わかりました……」


 バルガス様よりこの後の会談に同席してくれと依頼があった。勿論断れないですね。

 はい本日の予定決定。

 さようなら冒険者の日々よ。


「お兄ちゃん。薬草採取は?」

「うーん、今日は難しいかな……」

「えー、約束したのに……」


 おおう、ミケが涙目だ。

 依頼を一緒にやるって言って、いきなり無くなったからなあ。


「ミケよ、午前中には終わるのじゃ。午後になったら薬草採取は出来るぞ」

「ビアンカお姉ちゃん、本当に?」

「本当じゃ。それにこの話し合いにはミケも参加してもらいたいのじゃ」

「ミケも?」

「そうじゃ、今後の事で色々あってのう。ミケに冒険者として依頼があるのじゃ」

「依頼? ビアンカお姉ちゃんの依頼なら、ミケ頑張るよ!」

「ほほほ、そのいきじゃ。明日か明後日には依頼内容が決まるのでな。ミケよ頑張るのじゃよ」

「うん!」


 今日の会談はミケも参加するのか。

 それだけ重要な話なんだ。

 そして俺たちに依頼があるという。

 ……嫌な予感がする。

 平穏な冒険者生活から遠のきそうだ。


 朝食後にまた応接室へ。

 アルス王子にバルガス様もいるけど、またビルゴさんとリンさんも呼ばれたようだ。

 先に応接室で待っている。


「さて、今回の事件について分かったことを報告する。と言っても分かったことが殆どないんだけどな」


 関係者が揃ったところでアルス王子が話し始めた。

 苦笑しながら分かったことが殆どないと言うけど、どういうことだ?

 

「まず、今回捕まえた奴は街のゴロツキと闇のギルドの関係者だった。街のゴロツキに関しては今回捕まえた闇のギルドの関係者からお金を貰って動いた事がわかった」

「だが、闇のギルド関係者は一切口を割らない。しかも宿泊先とされていた所にも何も残っていなかった」

「勿論宿泊先の警備も行ったが襲撃等もなかった。重要なものが残されていれば襲撃してでも奪いにくる。つまりはここには闇のギルドにとって重要なものは何もないということだ」

「なので王都の騎士の証言が重要になる。しかしポツリポツリと話してくれているが、闇のギルドについては侯爵経由だったみたいなので、詳しいことは何もわからないとのことだ」

「つまり鍵を握るのは侯爵、ブルーノ侯爵となる。だが一貴族で侯爵だ、一筋縄ではいかないだろう」


 つまり下っ端なので何も重要な情報がないということだ。

 本丸のブルーノ侯爵を攻略しないといけないのだが、上位貴族ということもありなかなか上手くいかないという見解だ。


「しかし、我々には重要な人物がいるのだ。入ってくれ」


 アルス王子は不敵に笑い、とある人物を読んだ。

 そこまでいう重要な人物とは誰だろう?


「失礼します」

「ルキアお姉様! あっ、失礼しました」


 入ってきたのはいつものメイド服ではなく、まるで貴族のお嬢様の服を着たルキアさんだった。

 リンさんがびっくりした声でルキアさんを呼んだが、知り合いっぽいな。

 しかし貴族同士の知り合いって……

 リンさんも着席して、アルス王子が話を再開した。


「もう知っている人も多いが、彼女はルキアだ。冒険者をしていて大怪我をしたためこの屋敷のメイドになっているが、実はブルーノ侯爵家の正妻の唯一の子どもだ」


 ええ? ルキアさんがブルーノ侯爵の正妻の子ども?

 確かに冒険者上がりのメイドにしては随分と立ち居振る舞いがきっちりしていたけど、そんな過去があったんだ。

 あれ? 驚いているのは俺とミケだけ? みんな平然としているぞ。


「経緯を順に話そう。ブルーノ侯爵の正妻の子どもとして生まれたルキアだが、幼い頃に正妻である母親が亡くなった。その後に側室が子を産みその子を領主の座にと考えたみたいだな。この国は正妻の子であれば女性領主も認めている。つまりはルキアが邪魔になったのだ。暗殺を企てて殺害しようとしたが、ルキアはなんとか逃げたみたいだ。まだ十歳の時だ」

「その後ルキアは冒険者として生計を立てていた。やがてビルゴのパーティと組む事でそこそこ名が売れたようだ。本人としてはブルーノ侯爵家に戻るつもりはないのだが、側室は危険と考えてまた暗殺を試みたのだ。ビルゴの活躍もあり暗殺者は撃退できたが、ルキアは瀕死の重傷を負った。暗殺者はそれを殺害出来たと勘違いしたのか、それ以上は深追いしなかったみたいだな。二年前でルキアが十五歳の時だ」

「なんとか回復したが怪我が元で冒険者も出来なくなった。ビルゴとルキアは魔道具の使い手である店主に相談し、バルガスに預けられる事になった。たまたまビアンカもバルガスのお屋敷にいて、すぐに王族にも報告が入った。そしてバルガスのお屋敷で匿われる事になったのだ。バルガスは客人としてもてなすつもりだったようだが、ルキアは働くと言ってメイドをしていたようだけどな」


 おお、なかなかに重い話になったぞ。

 ルキアさんそこまで壮絶な人生だったんだ。

 十五歳になるまでに二回も暗殺されそうになったなんて……

 その侯爵家の側室は相当に悪どい人間のようだな。

 だからビルゴさんもお婆さんもルキアさんの事を相当気にかけていたんだな。

 そう思っていたら、ミケがトコトコとルキアさんの方に歩いて行き、ルキアさんに抱きついた。

 若干涙目で、猫耳もしょんぼりしている。

 

「ルキアお姉ちゃん、何回も殺されそうになっちゃたの?」

「ミケ様。そうですね、そんな事もありましたね」

「ルキアお姉ちゃん可哀想だよ……」


 ルキアさんは抱きついて泣いているミケの頭を優しく撫でていた。

 

「私は小さい頃にルキアお姉様の所によく遊びに行っていました。まだ小さい私をルキアお姉様は優しくしてくれました。それが突然音信不通となり亡くなったと聞いた時は信じられませんでした。こうして再び会えたのは嬉しいのですが、ルキアお姉様がそんな大変な人生を歩んでいたなんて……」


 リンさんもルキアさんの事を思い号泣だ。

 持っているハンカチが全く役に立っていない。


「ルキアは冒険者としても良くやっていたよ。ただ冒険者をやっている時は侯爵家の娘とは一切言わなかった。襲撃があった時に襲撃者の言葉を聞いて初めて知ったよ。なんとか命は助かったけど、冒険者が出来なくなった時のルキアはだいぶショックだったな」


 ビルゴさんが冒険者をやっている時のルキアさんの事を話してくれたが、冒険者の時は何も語らなかったんだ。

 ビルゴさんも全く知らなかったようだし。


「その後、我が家に連絡があり、ルキアさんを保護しました。侯爵家のお子さんが亡くなった話は聞いていましたが、まさか生きているなんて思ってもいませんでした。すぐに王家に連絡し、我が家で預かることになりました。ただ屋敷にいるだけでは申し訳ないと、自ら申し出てメイドとして働いてくれていました。本当にいい子なんです」


 バルガス様も号泣だ。

 こちらもハンカチが全く役に立っていない。


「ルキアの母親は父上の妹君じゃ。なので妾と従姉妹になる。ルキアが生きていたと連絡を受けた時、父上や母上だけでなく、王族の多くの人が涙したそうじゃ。妾は急に歳上の従姉妹が出来て不思議な感じじゃったがな」


 さらにビアンカ殿下が爆弾を投入してきた。

 ルキアさん王族の血も引いていたのか。

 そりゃ侯爵家だから王女が降嫁するのも納得だけど。


「ともあれ、今回表立って動いているのはブルーノ侯爵家だ。しかしながらブルーノ侯爵家に嫁いだランドルフ伯爵家も非常に怪しい。勿論侯爵家に繋がっている貴族家もな」

「今までも怪しいと思われていたが、暗殺未遂などは貴族家の問題だったから王国としても介入が出来なかった。しかしこの度の襲撃事件に加えて復興費用の横領に虚偽申請は見過ごされるものではない。これを機に一気に畳み掛けたい」


 おお、アルス様がメラメラと燃えている。

 ビアンカ様の襲撃もあったから相当頭にきているみたいだ。


「ただ、闇ギルドの問題はまだ証拠不足だ。今動く事は危険だ。しかしながら復興費用の横領に関しては重要な証言が取れている。昨夜父上に報告した所、大臣も含めて皆激怒しているそうだ。ここ数年出された復興費の使い道を確認する為に、王国直属の隠密の調査官が各領地に派遣された。暫くすれば直ぐに結果がわかるだろう」

「横領の問題を足場にして、闇ギルドの問題も捜査に入る。一度に動けないのは頭が痛いが、焦ってはダメだ。しかし上手くいけば、保守派を一網打尽に出来る」


 アルス王子が今後の捜査方針を話した。確かに焦りは禁物だ。

 相手も大きな勢力だし、準備は必要だ。


「この後到着する部隊との捜査の結果次第となるが、特にサトーには受けてもらいたい依頼がある」


 ああ、アルス王子の一言で何かフラグが立ちそうだ。

 どう考えても、侯爵家関係の面倒ごとだぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る