第十五話 独裁者への階段
「
一番手前の山を指してこう言う
「砥石城を落とす?
あの城を、そう簡単に落とせるわけがなかろう。
三方を崖に囲まれた天然の要害ぞ?
難攻不落の地形ではないか」
「
逆にこう考えては
三方を崖に囲まれているということは、補給線が一方しかないことを意味していると」
「何っ!?
その一方しかない補給線を断ってしまえば、城は補給を断たれるのか」
「その通りです。
砥石城には、それがしの弟である
「なるほど。
補給が断たれれば、
その隙を突いて
「ご明察、お見事です。
城の門は内側から開くでしょう」
「うまい方法かもしれん。
真田殿。
おぬしに道案内を頼めるか?」
「承知しました。
我が真田隊が、道案内を兼ねて一番手となりましょう。
危険な場合はいつでも盾代わりにお使いくだされ」
「いくら晴信様の
真田殿に犠牲を強いるのは申し訳ないのだが」
「それがしは新入りの
ご配慮は無用です」
真田隊を先頭に、板垣隊と甘利隊は敵地の奥深くへと入って行く。
◇
一方。
真田幸隆の弟・
武田軍の動きが手に取るように見えていた。
砥石城は山地の『先端』に位置している。
これはつまり、眼下の眺めも格別ということだ。
鈍い音を立てて城門が開く。
背後の山々の中に築かれた、20もの城・
そこへ向かって
「あの新入りの
武田の
これは
出撃じゃ!」
村上軍の『主力』が、ついに出撃を開始した。
◇
敵地の奥深くへと入っている武田軍
道案内をする真田隊が一番手、板垣隊が二番手、甘利隊が三番手である。
真田隊は板垣隊や甘利隊と比べてかなり兵数が少ない。
加えて足の速い兵に絞って編成しているのか、板垣隊との差がみるみる開いていく。
「真田隊は、急ぎ過ぎている。
我らを待つように伝えよ」
突如として
左右の山から猛烈な勢いで敵が駆け下って来る。
「あれは、丸に上の字の旗印!
村上軍ではないか!
なぜここに!?」
板垣隊は完全に不意を突かれた。
敵の奇襲に備えてはいたが……
最初に襲われるのは一番手の真田隊であり、十分に時間が稼げると『油断』していたからだ。
真田隊も、板垣隊も、甘利隊も、縦に細く長くなっていた。
山地の細い道を行軍しているのだから仕方がない。
あっさりと分断されてしまった。
奇襲の報告は、真田隊の耳にも入って来る。
「幸隆様!
一大事にございます。
板垣隊が、村上軍の奇襲を受けております!」
「そうか」
幸隆は表情一つ変えず、何の動きも見せない。
「幸隆様!?
軍を『反転』させないのですか?
今なら、我ら真田隊と三番手の甘利隊とで敵を挟み撃ちにできますが?」
「そちは……
わしに、頭が馬鹿になれと申しているのか?」
「馬鹿とは?」
「こんな細い道で軍を反転などできるかっ!
大混乱に陥るだけであろう。
攻撃を受ければ終わりぞ」
「では……
どうなさるのです?」
「決まっておろうが。
このまま最速で前進あるのみ」
「何と!?
味方を見殺しにするのですか?」
幸隆はこう吐き捨てた。
「あれが味方だと?
笑わせるなっ!
板垣も、甘利も、味方と思ったことなど一度もないわ。
我らを侵略した
「……」
「奴らはもうお
こんな細い道で左右から襲われては、軍を立て直すこともできまい。
真田が巻き添えを食らう『道理』もない。
どうせ死ぬなら、被害を最小限にして死ね」
後ろを振り返ることもなく、真田隊は最速で前進を続けた。
◇
村上軍主力の奇襲をまともに食らった板垣隊。
兵数こそ多かったが、細く長くなっているようでは数の優位などないに等しい。
むしろ多いことが災いして混乱に拍車が掛かった。
板垣隊の敗残兵は、三番手の甘利隊になだれ込んだ。
連鎖的に甘利隊も大混乱に陥り、
武田軍の
真田隊は『無傷』で戦場を離脱した。
晴信自身がどう思っていたかどうかは別として。
◇
「不意を突かれた」
板垣隊と甘利隊の敗因について、歴史書には一言こう書いているのみである。
これでは敗因が全く分からない。
もう一つ。
真田隊が板垣隊の脇を固めていたと書きながら……
壊滅的な損害を受けた板垣隊に対し、真田隊が無傷で戦場を離脱できた理由を一切書いていない。
明らかな説明不足である。
説明不足な歴史書に見られる傾向として。
筆者自身が敗因を『理解』できないとき、あるいは敗因を書くと『都合』が悪いとき。
このようなお茶を濁した表現で逃げる傾向があるようだ。
「不意を突かれた」
と。
◇
まだある。
「武田晴信は、2人の筆頭家臣の死を何日も嘆き悲しんだ」
とも書かれているが……
その後。
晴信が本心から嘆き悲しんだのであれば……
なぜ、その息子たちにこれほど冷酷なのか?
実際に起こった出来事と、歴史書の内容はあまりにも『矛盾』している。
歴史書の筆者たちは……
晴信の『演技』にまんまと
「これで邪魔者は消えた」
嘆き悲しむ表情の下で、こうほくそ笑んでいることに気付きもせず。
◇
2人の筆頭家臣と比べ……
味方を見殺しにした
「板垣と甘利は、愚かにも初戦の勝利に浮かれて
真田は何も悪くはない。
悪いのは全て、板垣と甘利よ」
晴信は2人に敗戦の全責任を転嫁した。
しかも、この3年後。
幸隆は弟の
繰り返すが。
背後の山々の中には、20もの城・
砥石城を落としたところで、この鉄壁の防御陣にかすり傷一つ負わせることもできない。
大局的には何の意味もないのが事実だが、武田の
戦争の
有名でない
有名な城を落とした幸隆は、民の間でたちまち有名人となっていく。
「真田幸隆は大きな戦果を上げたぞ!」
民の無知に付け込んだ晴信は、こう言って堂々と
味方を見殺しにし、重要拠点でもない城を落とした人間が、大きな戦果を上げたことになっている矛盾。
歴史書は、この矛盾の答えについて一切書いていない。
まるで都合の悪い部分を『削除』したかのように。
事実のピースを合わせれば合わせるほど……
板垣信方と甘利虎泰は、粛清されたという結論しか出てこない。
◇
2人の筆頭家臣の死後。
他の有力な家臣も次々と
例えば
粛清の矛先は、甘利虎泰の与党であった
嫌がらせのように難攻不落の
一人、また一人と有力な家臣が粛清され……
晴信にとって脅威となる家臣は、もう誰もいない。
これを見計らったかのように『
晴信はついに、『独裁者への階段』を駆け上がった。
◇
この状況の中で……
強い後悔の念に駆られている男が、一人。
武田家を実質的に取り
武田にとって、晴信にとって、絶対に失ってはならない人間。
晴信の弟・
「わしはもう……
罪の重さに耐えることができない。
わしは、
と。
【次話予告 第十六話 独裁者・武田信玄の誕生】
武田信繁は、『良心の呵責』に苛まれていました。
良心の呵責に苛まれた人間が、死を強く望むようになること。
これは全く不思議なことではないのです。
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