鉄道の父・井上勝

井上みなと

第1話 西郷隆盛の反対

 今やたくさんの人に愛される鉄道。

 しかし、150年前の鉄道はたくさんの人に嫌われていた。


「鉄道は時期尚早。まずは軍備を整えるのが先決。鉄道事業はこれを中止し、政府は資金を軍備増強にあてるべきでごわす」


 西郷隆盛の強硬な反対に遭い、伊藤博文と大隈重信は暗い表情で帰宅した。


「その表情だと状況は芳しくなさそうだなぁ」


 二人の帰りを待っていた井上勝が表情から状況を察する。

 西郷や大久保利通ら薩摩派を中心に、政府内で強い鉄道反対論があり、大隈と伊藤がタッグを組んで説得に当たっていた。


 だが、薩摩の二強という大きな後ろ盾もあって、反対派は勢いづくばかり。


 西洋のものが日本に入って来ることへの反発、先に軍備を整えろという軍事優先論、他にも士族が仕事を失っているのにそれを救わずに金のかかる鉄道を作るとは何事かという怒り。それらが重なって、鉄道建設への道を塞いでいる。


 伊藤がそう説明を終えると、勝は腕組みしながら頷いた。


「まぁ、そんなもんだろうなぁ」


 その反応は伊藤にはちょっと予想外なものだった。


「勝はもっと怒るかと思ったけど……」

「仕方ないさ。実際に鉄道を見たことも、乗ったこともない人たちばかりなんだ。大隈さんのように洋行経験が無くても、鉄道の有用性を理解できる聡明な人間なんてそうそういるもんじゃない」


 聡明さを讃えられた大隈は照れ笑いを浮かべた。


「文明人たるもの、近代の象徴たる鉄道の有用性を理解するのは当然なのである。我が佐賀の鍋島閑叟公、大木喬任さん、それに加藤弘之氏や前島密氏など知の誉れ高き賢人たちは鉄道の有用性を認めているのであーる」

「逆に言うと、それ以外の人はみんな反対派なんだけどねー……。兵部省だけでなく、弾正台まで猛烈に反対してくるし……」


 弾正台は警察組織のようなもので、そこも薩摩派の大きな牙城だった。

 伊藤の言葉通り、ごく少数の賛成者以外は、ほとんどが消極的・積極的含めて、反対派と言っていい状態なのである。


「鉄道は本当に素晴らしいんだ。僕たちも英国で初めて鉄道に乗った時、どれだけ感動したか。どうしたらわかってもらえるかな」

「それに、人々の生活のためでもあるのである。先だって、東北と九州が凶作だった時、北陸に米が余っていたにもかかわらず、これを輸送できなかったのが悔やまれるのである。鉄道が走れば、こういった融通が利き、多くの人々を飢饉から救えるのであるが、どうしたら鉄道の有用性が伝わるか……」

「わからない人間は乗せちゃえばいいんだよ」


 勝が伊藤たちの愚痴を遮って提案する。


「乗せちゃう……?」

「そう。今、政府内では洋行熱がすごい。海外の知識・体験を求めるならば、鉄道を体験しないといけないと考える日が近い内にきっと来る。その時に向けて、どんなに短くてもいいから、とにかく鉄道を敷いて乗せるんだ。鉄道に乗れば、きっと鉄道の魅力がわかる!」


 自信に満ちた様子で勝は断言し、伊藤と大隈を見た。


「それじゃ、技術的なことはこっちでやるから、それ以外のことは任せた! 伊藤くん、大隈さん!」

「ええっ、丸投げ!?」


 爽やかに言い切って出て行こうとする勝を、伊藤が止めようとする。


「俺は技術屋だから。政治的なことは二人を信じて任せるよ。それじゃ!」


 勝は自分の本拠地である『現場』へと向かった。


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