聖女ペットの番外編

美雨音ハル

魔王様はぬくぬく

「本日はうさぬいの手術日でーす!」


 魔王さまの寝室。

 ピンクのローテーブルにうさぬいを縛り付けて、私は針とハサミを掲げていた。布と裁縫道具をゲットしたので、本日はうさぬいの改造手術を行うつもりだ。


 魔王さまの部屋は当初、モノクロ調のシンプルな部屋だった。

 けれどわたしが来てからは、あちこちにおもちゃが転がり、大量のぬいぐるみが置かれて、なんだかちぐはぐな印象になってしまっている。

 この子ども用テーブル(ウサちゃん柄)も、わたしがティアナに頼んで、運んでもらったものだ。暇な時は、このテーブルでよくお絵かきをしている。


 きゃっきゃとはしゃぎまわるわたしを見て、ベッドに腰をかけていた魔王さまは、ため息を吐いた。


「おい」


「しゅじゅちゅ、しゅじゅ、手術じゃー!」


「プレセア」


 強めにそう言われて、わたしはようやっとウサちゃんから目を離した。


「? なぁに?」


「さっきから言っているだろう。今、何時だ?」


「……」


 ポカンと口を開けて、備え付けられた時計を見る。

 時刻はすでに午後九時を回っていた。

 魔王さまは足を組んで、頬杖をついて、呆れたような顔でわたしを見ている。


「何時に寝る約束だ?」


「真夜中の二時!」


「……九時だ」


 もう何万回やりとりしたかわからないほど、わたしたちはこのやりとりを繰り返している。魔王さまは早寝早起きを推奨しているため、夜ふかしにいい顔はしない。というか夜更かしは禁止だ。

 五歳児にはたっぷりと睡眠が必要らしい。

 寝る子は育つということなのだろう。

 魔王さまがなぜ不機嫌なのかって、ようするにまあ、いつまで起きてるんだお前といったところだ。


 でもでも、まだ遊び足りないんだもん。

 おまけに魔王さまと一緒にいられるのは、平日は夜しかないので、できれば一日はせいいっぱい楽しみたい。


「俺はもう寝るからな」


「ええ、遊ぼうよ〜」


「九時に寝る約束だった」


 魔王さまは遊んでくれる気はないらしい。

 でもわたしも寝る気はさらさらない。


 フッ。残念ですね。

 わたしたちの道のりは、ここで分かれるようです。

 遊ぶか、寝るかの道のりにね。


 ……なんてことを考えている間に、魔王さまは本当にベッドに入ってしまった。

 

 わたしはテーブルのうさぬいに視線を落とす。

 このでかいウサギのぬいぐるみは、ここに来たばかりのころ、ティアナにプレゼントしてもらったものだ。

 病めるときも健やかなるときも、ずっと一緒だった。


 今日はそんなウサちゃんの、手術予定日だったのだ。

 縫い目をギザギザにつけて、灰色の布を足して、うさぬいVer.パンクロックにしようと思ってたんだけど……。


「プレセア」


 ベッドに横になった魔王さまが、ぽんぽんと自分の隣を叩いた。


「こっちへおいで」


「……寝ないもん」


 そう言いつつも、魔王さまにひっついて眠るのは、とても心地よいことをわたしは知っている。

 あったかくて、いい匂いがして、ぬくぬくで。

 魔王さまにひっついていると、疲れも回復していくのだ。

 

「……ウサちゃん、手術するもん」


 そう言いつつも、魔王さまのぬくぬくに、理性がぐらぐらと揺れてきた。


「あとちょっと遊んでから、寝るのはだめ?」


「だめだ」


 魔王さまは頭を腕で支えながら、わたしを見た。


「今寝るなら、ここで寝かせてやる」


 魔王さまは自分の隣を示してみせる。


「寝ないなら、勝手にすればいいさ」


 そう言って、そっぽを向いてしまった。

 ええっ、ちょっとちょっと、背中を向けて寝ないでほしい。

 魔王さまの腕の中で眠るのが好きなのに!

 要するに、早く寝ないなら、ぬくぬくさせてくれないということなのだろう。


「……」


 テーブルに縛り付けられたウサちゃんと、魔王さまの背中を交互に見やる。


「うー……」


 遊びたいけど、でも……

 

 わたしは泣きそうになりながら、ベッドによじ登った。

 よいしょよいしょと魔王さまに近づいて、シャツをくいくいと引っ張る。


「寝ちゃだめ、魔王さま」


「……」


「遊んでからぬくぬくしようよ」


「……だめだ。それなら俺はもう寝る」


「うー!」


 魔王さまぁ、とぐずぐずしていると、魔王さまはようやく体をこちらに向けた。


「今寝るなら、背中を撫でてやる」


「ほ、ほんと?」


「ああ」


 魔王さまはぽんぽんと、自分の隣を叩いて示す。

 とうとうわたしは、魔王さまのぬくぬくの魅力に陥落してしまった。

 もぞもぞと毛布の中に入って、ばあ、と魔王さまの胸元に出てくる。


「魔王さま、抱っこして」


「ああ」


 魔王さまはわたしのちまい体を抱きしめてくれた。


「魔王さまあったかいね」


 ぴとっと魔王さまにひっつくと、頭を撫でられた。

 親指で頬をくすぐられて、思わず笑い声が漏れる。


 ぬくぬくぬく……


 魔王さまに見守られながら眠るのは心地よかった。

 むいむいとほっぺを押し付けていると、ウサちゃんの手術は、明日でいっか……という気持ちになってくる。

 わたしがウサちゃんのことを気にしているのに気づいたのか、魔王さまが笑って言った。


「また明日遊べばいいじゃないか」


「……でも、今日が終わるのがもったいないよ」


 一日は限界まで大事にしたい。

 ……あと、眠るのが少し怖い。


「……大丈夫だ。明日も、明後日も、お前は俺のそばで目覚める」


 わたしがこんなに眠りたくないと主張するのは、明日が来るのが怖いからだと、魔王さまもよく分かっているのだろう。

 わたしはきっと、無意識のうちに、目が覚めたらあの神殿の固いベッドだったらどうしよう、と怯えているのだ。


「俺のかわいいプレセア」


「ん」


「明日も目が覚めたら、楽しいことがある」


 魔王様にそういわれると、少しずつ安心してきた。

 だんだん眠くなってくる。

 ムニャムニャ言っていると、ほっぺにちゅーされた。


「おやすみ」


 耳元でそう囁かれると、意識がコトンと優しい闇に落ちていく。

 魔王さまの腕の中で、思う存分甘い眠りをむさぼったのだった。


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おまけ①


「まおーさま、朝ですよー。コケコッコーですよー」


 オズワルドは、元気な幼女の声で目が覚めた。


「……?」


 ひどくまぶたが重い。

 プレセアが眠ったあと、起きて残った仕事をして、つい先程眠ったような気がするのだが……。


 ばあ、とプレセアが、毛布の中から顔を覗かせて、ニコニコしている。

 オズワルドがぼーっとしている間に、プレセアは毛布から出て、ぷるぷると頭を振っていた。

 どうやら寝ぼけているわけではなさそうだ。


「まおーさま、おはよーございます!」


「あ、ああ……」


 プレセアがぺこーと頭を下げると、金色の長い髪がベッドのシーツにサラサラと落ちた。


 今何時だ?

 今さっき眠ったような気がするが……


 思わうず時計を確認すれば、時計の短い針は、五時を指していた。


 エッ……


 ニコニコ笑うプレセアに、オズワルドはごくりとつばをのんだ。


 外は暗い。

 午前、五時のようだ。


 オズワルドが眠ったのは、三時間前──午前二時だった。


「さぁさ、お寝坊さんはだめですからね」


 ぺいっと毛布を引き剥がし、かいがいしくオズワルドの世話をするプレセア。


 ──子どもの朝は早いのである。


 子育ては大変だと、オズワルドはげっそりしてしまったのだった。


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おまけ②


ウサちゃん:(命拾いしたうさ……)


〜翌日〜


プレセア:さあ、今日はしゅじゅちゅの日ですよぉ


ウサちゃん:うぎゃああああああ



おしまい

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