訪問者
周囲への違和感。
エリックは立ち上がり周りを見る。
結界を張られたようだ。
「エリック殿下、レナン様。仲睦まじくていいですね」
招かれざる客だ。
レナンの元婚約者であったハインツ。
指名手配されてるのに、ロキの別邸にのこのこ現れるとは驚きだ。
ニコラがつけた傷はもうないようで、足取りは軽い。
「ハインツ…」
レナンはどう言っていいのかわからないが、婚約していた時と雰囲気が違う。
色々と聞きたい事、言いたい事があったのに、全て吹き飛んでしまう。
物々しい、ねっとりとした空気。
人好きする甘いマスクではない、凄惨な、狂気を孕んだ目だ。
「良かったですね、エリック殿下。想い人とようやく通ずる事が出来て」
くすりと笑う顔は穏やかなはずなのに、気配が怖い。
震えるレナンの体に手を回し、そっと立たせる。
何かあれば逃さねばならないが、結界が厄介だ。
二人をここから逃さないようにと張られており、ハインツを倒さねば解除されない。
「貴様…レナンが人違いしていると知っていて婚約を了承しただろ」
噛みつくように言ったエリックは怒りを顕にしている。
「レナン様が自ら望まれて近づいてきたので、少し夢を見させてあげただけですよ」
火花が散りそうなほど男二人の視線は熱く絡まっている。
「公爵家の令嬢と婚約など貴様にはもう縁がないものだからな、束の間の良い夢を見られてさぞ幸せだったろう」
夢を見たのはハインツだろうと暗に仄めかす。
エリックはレナンの腰に手を回し、抱き寄せた。
「レナンは最初から俺と結婚すると決まっていた。少しの間周りの男から彼女を守ってくれたのには感謝するが、悲しませた事は頂けない。相応の報いは受けさせるぞ」
「この国を出ていく事でなんとか許して貰えませんか?ちょっとエリック殿下をからかいたくて。ほら氷の王太子という噂でしょ?好きな女性が他の男に先に婚約されたら、その美しい顔がどうなるかと気になりましてね」
エリックへの挑発は続いている。
「貴様の主は余程俺が好きなのだな。直接声を掛けに来れば首を跳ねる前に少し遊んでやるぞ」
動じた様子もなくやり取りが続く。
エリックはハインツが主犯とは思っていない。
「わかっているのなら話が早い…今からエリック殿下とレナン様を主のところに招待させて貰いますよ。アドガルムにご帰還することは困難かもしれないので、お二人のお部屋は準備させてもらいました」
堂々とした誘拐宣言にレナンは体を固くする。
「会いたくばそちらが来い。俺も貴様の主に相応しい部屋を用意しとく。五体満足で返す気はないがな」
深く息をすると、エリックは腰の剣を抜いた。
近くにニコラもオスカーもキュアもいない。
流石にまずいのでは、とレナンは真っ青になっている。
「エリック様…」
「大丈夫だ。何があっても君だけは守る」
安心させるように頭を撫で、ハインツに向き合った。
「僕相手に勝てますか?」
エリックの剣技は見ていないが、ハインツとて自信はある。
「勝てるさ。俺は王太子だ。命は残してやるが、慰謝料として手足の一本や二本、覚悟してもらう」
「怖い怖い。そう言えば何故俺を疑ったのです?今後のために知りたいのですが」
ハインツは自分の素性を巧妙に隠していた。
目立つように浮き名を流し、けして武も魔法もひけらかすことはなかった。
ナンパな遊び人で、気楽な貴族の次男坊。
レナンを誑かし、玉の輿に上手く乗った男。
何不自由なくチャラチャラと生きているどうしようもない男だと、世間に印象づけてきていたはずだ。
だいそれたことなどしない体を装っていたのに。
「隠したつもりだったか?結構証拠はあったぞ。まずは貴様のその白い肌、ナ=バークの者は透明感のある白さが特徴だ。そしてラーラという平民の女性。彼女はナ=バークの出自だろ。それだけなら偶々かもしれないがたくさんの女性と交流を持つ中、彼女だけは必ず手紙を出していたようだな。時には偽名や手渡しもあったようだが平民は調べるのが容易い」
人と場所がわかれば後は早い。
警戒しているとはいえ、貴族と比べれば無防備だ。
目撃者や金を払えば教えてくれるものなどごまんといる。
「北の要塞…あんな寒いところからご苦労な事だ」
ナ=バークは氷に閉ざされた大地にある国で、密かに軍事設備を整えてるとの噂がある。
寒い地域にしかいない魔獣もおり、強さも魔力もここいらの魔獣とは格が違う為、強者が多い。
その魔獣の命から作る魔石も質が良く、それを使ってさらに軍事強化を行なっている為、周囲から恐れられている国だ。
「今までのは後付で、決定的だったのはレナンからの進言だ。貴様の言葉には北の訛が若干あるらしい」
その言葉に初めてハインツは動揺した。
「まさかレナン様がそんなところに気付くとは。今まで誰からも指摘されたことはないですね」
その目が真っ直ぐにレナンを睨みつけた。
「レナンは語学に精通してるからな、僅かな違いが気になったらしい」
ハインツの視線から隠すようにエリックは体の位置を変えた。
「少し、ほんの少しです。留学していたナ=バークの方と似ていて。でも、ハインツ様の言葉遣いはキレイです」
怒られると思って、レナンは慌ててフォローをする。
ぽやんとしたレナンがまさか小さなきっかけを見つけるとは。
ハインツは信じられなかった。
一筋の糸のような証拠を見つけることも、それを辿る事も、王家の影やニコラも持ってしても難しかった。
きっかけになったのは些細な違和感をレナンが感じたからである。
その綻びをエリックは信じて、自分とラーラに焦点を絞って調べたに違いない。
いつかバレるとは思っていたが、予想以上に動きが早かったのはそういう事か。
「残念ながら時間切れだ。続きは牢でな」
エリックがレナンの体から離れ、剣を構えて突っ込んでくる。
身体強化の魔法を全身にかけたのだろう、素早い動きだ。
(だが弱いな…)
エリックの腕は悪くないが、死線を潜ってきたハインツから見たら、まだ足りない。
受け止め、返し斬りで足止めをすれば連れ去るのは余裕そうだ。
魔封じの腕輪も持ってきている。
切りつけたあとにエリックにこれを掛ければ強大な氷魔法も使えまい。
気づけばエリックの剣には冷気が纏わりついていた。
それは瞬時に広がり、大きくかつ鋭利に長剣を包んでいた。
まるで大剣のような見た目。
リーチも膂力も変わるが、大きく振られたそれは躱すのは容易かった。
「残念ですが、捕まるわけにはいかなくて」
顔を傷つけるのは避けようと、エリックの開いた体に切りつけようとした。
その瞬間、ハインツの左腕が肩から吹き飛んだ。
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