捕縛、しかし…

「やはり類稀なる魔力…どうするか」


ニコラは剣を握り直した。


ラーラは転移魔法を軽々と操る者だ。

そう簡単には捕まらない。

長引けば危険が伴う。

ひと息に捕まえたいところだったが、人身売買に携わった男たちが行く手を阻んだ。

ラーラと、そして攫ってきたものを渡したくない事もあるが、捕まったら死刑となってしまう為に向こうも必死だ。


こちらも率いて来た騎士や魔術師はいるが、圧倒的に不利な状況である。


こちらは味方を庇い、守る為に動いているのだが、向こうは味方を味方と思っていない。


傷ついた者を助けることなどなく、特にラーラは敵味方関係なく凍らせ、足止めしたり盾にしている。


予想よりも戦況が悪かった。


サミュエルが周囲に結界を張り、転移魔法を防いだり、凍った味方を癒やしたりしているが、きりがない。


「何て女だ、味方ごと凍らせるなんて…」

後方からの手厚い支援で重症化するものは少ないが、押すに押せない状況にニコラは舌打ちする。


(皆を見捨てればもう少し早く終わるのに)


言葉と態度には出さないが、ニコラはただただ剣を振るい、ラーラの魔法を避ける。


ラーラの注意は前衛のニコラに向いている為なかなか近づけなかった。


「ニコラ!あたしが抑えるから何とか捕まえなさいよ!」


キュアの手に小さな光球が生まれる。


無数に生み出されたそれが、男達を貫くが、ラーラだけは防御壁や時には人を盾にしてに阻んでいる。


ラーラの魔法である氷の矢がキュア達の方に放たれた。

「気をつけろ!」


ニコラの声が響いた!


防御壁が間に合わない、あるいは押し負けてしまった兵士が次々と凍らせられる。


「腹立つわね!」

キュアの光も負けてはいないのだが、相手は仲間であるはずの男共を見捨てているから強い。


一方キュアは兵士を守りながら戦う為、どうしても押しが足りない。


ニコラはキュアに注意が向いたため剣を構え、駆け出した。


多少の怪我を承知で走っているため、

ラーラの魔法を食らい、幾筋かの血が流れたが足は止めない。


「…さっさと大人しくしろ」

繰り出された剣が真っ直ぐにラーラに伸びる。


しかしその一突きはラーラに到達しなかった。


ニコラの剣が別な氷で縫い止められたからだ。

「?!」

咄嗟に剣を放し、後方へ飛ぶ。


瞬時に剣の周りが氷で埋め尽くされた。

間一髪で氷の彫像にならなかったニコラは周囲を見回す。



ラーラではない。

放つ様子はなかった。


「惜しかったですね」

男性の声だ。


「ハインツ…!」

ニコラは憎々しげに呻く。


(何故ここにいる?)

何かを察したのか。

現れるとは思っていなかった。


逃げられないようにとハインツの屋敷は見張られているはずだった。

誰かが手引きしたのだろうか。


そしてこの魔力と、ニコラに気配を気づかせなかった腕前。


普通の者ではない。


武器を失ったニコラにハインツが剣を持ち、迫る。


「どうします?このまま逃げますか?」

「黙れ!そんな事はしない」

退くことなどすることもなく、懐から出した短剣でハインツに応戦する。


ラーラがハインツを援護し魔法を唱えるため、ニコラは苦戦を強いられる。


「あんたの相手はあたしよ!」

キュアの魔法がラーラに降り注いだ。


ラーラもキュアも防御壁を張り、攻撃を繰り出すが、事態は膠着状態だ。


疲労ばかりが増える。


戦況を変えたのはとあるひと声。




「ニコラ、戦況は?」




ゾクリとする主の声。

ニコラは、身震いした。


「楽しそうだな、俺も混ぜろ」

言葉とは裏腹に、怒気の孕んだ声に空気がビリビリとする。



現れた人物に、敵味方関係なく皆驚いていた。

「エリック王太子…こんなところに来るとは」

ハインツの苦々しい声。


「お前もいたか…赦すつもりはないから覚悟しておけ」

一瞥し、ラーラに目を向けた。


「こいつがラーラか」

白い肌と白い髪、そして青い目。

色素の薄さが伺える。


ラーラは手を前に突き出し、魔法を放つ。

無数の冷気の矢がエリックに降り注いだ。



「エリック様!」

ニコラもキュアも距離が遠く、間に合わない!




「俺には効かない」


エリックは串刺しにも氷の彫像にもならなかった。


全てがただ霧散していく。



「こんな程度か…」

エリックから冷気が溢れ出す。


「早く終わらせよう、レナンが心配しているからな」


エリックが両手を掲げると、場に魔力が充満していく。


氷の像となっていたアドガルムの兵士が解放された。


ラーラが放っていた氷魔法に介入し、無効化していく。



「なんて強い魔力なのかしら…」

「?」


エリックは一瞬、ラーラとハインツから向けられる視線に違和感を感じた。


恍惚とした、渇望するような目を向けられたのだ。




「エリック様が氷の魔法を使われるとは…」

確認するより早く、ハインツが表情を消して剣を構えた。


「自分らの専売特許と思ったか?残念ながらそうではないな」

ナ=バークは寒い国の為か氷魔法の使い手が多い。


しかしエリックとて氷魔法を使えるのだから、生まれだけで全てが決まるわけではない。


エリックはニコラに自分の剣を渡す。


「さっさと捕らえろ、多少傷つけてもいい」

「はい!」

拾いに行かせるよりこの方が早い。


エリックはラーラとハインツの魔法を相殺していく。

ラーラやハインツの出す氷魔法に干渉し、解除をしているのだ。


エリックが二人の動きを感知し、先読みして無力化している為、実質魔法が意味をなさない。


ハインツがニコラと剣を交え、ラーラの盾となる。


「ハインツ、あたしはいいから逃げて!」

「しかし…!」


戦況はエリックの登場によってアドガルムが有利であった。


兵士達は下がらせられ、人質にも盾にも出来なくなった。

キュアは応急処置に当たる事にした。


男達は全員やられているし、役に立つ者がいない。


二人では分が悪い。


「ぐっ!」

「ハインツ!」

ラーラが叫んだ。

ニコラの剣がハインツの腹部を薙いだ。


戦況を悟ったハインツが自害用の短剣を投げつけた。


「なっ?!」

それは遠くにいるサミュエルに刺さる。


(こんな遠くなのに、まさか届くなんて…!)


戦況が有利に運んだため、油断した。

サミュエルの胸から血が流れる。


「サミュエル様!」

キュアが駆け寄り、急いで治癒にあたる。


「あいつ、だろ?この厄介な結界を張っていたのは」

さりげなく守られる位置にいたサミュエルのことを、ただの魔術師ではないと思っていた。

ずっとサミュエルを仕留めようと狙っていたが、ようやくハインツは一矢報いることができた。



「くそっ…」

流れる血の量が多い。


サミュエルの集中が途切れ、結界が薄くなる。



その隙をつき、ラーラがハインツに触れた。

転移魔法が施かれ、この場からハインツが離脱させられる。


多数の氷魔法と結界を破る無茶な転移魔法の使用で、ラーラは魔力切れを起こして座りこんでしまった。


それを見逃さず、キュアは光魔法にて檻を作り、ラーラを捕らえる。


「あっ…」

ラーラはもはや動くことが出来なくなっていた。


「さぁ一緒に来てもらうか」


そんな彼女をエリックが射殺しそうな目で見下ろしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る