リンドールの大臣
少し時間を遡ったリンドールの王城内にて。
リンドールの大臣であるラドンは心の中でほくそ笑んだ。
今日捕縛されるとも知らず、ディエスがのこのこと仕事に来たのだ。
「おはようございます、ラドン殿」
「ディエス殿、おはよう」
顔を合わせてもそれだけのサラリとした会話だった。
ラドンは笑いをこらえ、そっとディエスの執務室の近くに待機する。
「どういう事ですか?!」
開いたドアから聞こえるディエスの大声。
ついに政敵を追いやる事が出来た。
自分の提出した報告書で、ディエスが捕縛される瞬間だ。
憎かった目の上のたんこぶがついにいなくなる。
抵抗が無駄だとわかった彼は兵士に囲まれ、牢に向かう。
左手の親指の爪を噛みながら、ぶつぶつと何かを呟いていた。
その手につけている指輪がやけに印象的であった。
このままディエスが投獄され、取り調べを受ける間に、彼の親類も捕縛となって、人身売買という重罪を背負って血筋が絶やされる…はずだった。
実際はどうやって情報を得たのか、ディエスの家族も、親族のシグルドも捕らえることが出来なかった。
リリュシーヌの弟である、ロキ=ガードナー伯爵も消えていた。
皆屋敷を破壊してから。
「どういう事だ!」
こちらの情報が漏れていたなら、ディエスは登城していないはずだ。
ディエスの娘であるレナンとミューズも、いつもと変わらず王立学校で授業を受けていたという。
どういう方法で知り得たのかわからない。
そんな中、アドガルムから正式な抗議文が送られてきた
「ディエス=スフォリア宰相への不当な扱いを即刻やめよ。彼は罪を犯していない、きちんとした証拠もない捕縛だと知っている、ディエスに何かあれば、アドガルムもそれなりの対応をする」
要約するとそのようなものだ。
ディエスに何かあれば、国をあげて許さないと隣国から来たのだ。
明らかにおかしい。
リンドールからは、
「アドガルムが人身売買に関わっているのでは?」
と疑問がわいた。
自然な事だ。
他国の者がそのように口を出すことなどない。
しかし、
「ディエス=スフォリア公爵の娘であるレナンがアドガルムの王太子エリックの婚約者となった」
となったら、話は変わる。
この状況下でディエスを犯罪者として裁くのは難しかった。
アドガルムの王族が、犯罪者の娘を婚約者とするなど、ありえない。
本当にディエスは犯罪者なのか?
そのような話が出始める。
ラドンは口惜しげに顔を歪めた。
ディエスの娘レナンはリンドールの貴族と婚約していた。
そのままであれば、アドガルムの王太子と婚約なぞするはずがなかったのに。
レナンの父親が容疑者となったため、ハインツは婚約を解消したのだが、国王に頼み、もう少し引き伸ばしておけばよかったと後悔する。
そうすればこのような事にならなかったのに。
「どうやってあの王太子を口説き落とした?」
ラドンが知っているレナンの情報では王太子を虜にする要素などなかったはずだ。
成績は良いが、見目も特別に美しいわけではなく、人を惹き付ける魅力も持たない。
スタイルも寧ろ女性にしては背が高く、話をしてもつまらないと。
対して王太子であるエリックはまさに王族といった人目を惹く容姿と、冷静さを持ち合わせていた。
感情表現を極限まで隠し、本心を顕にしない。
淡々と粛々に物事を進めていく人物、鋭い視線は冷徹で、まさに頂きにいる者が持つものであった。
全のために個を殺す。
そんな評判を持つ王太子だが、不思議と女性からの支持は厚い。
見目の美しさはやはり大きなメリットだろう。
「思った以上に長引いてしまったな…」
早くディエスを処刑したくてしょうがないのに、世間がそれを許さない。
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