一途に想う

ミューズとひとしきり話した後に、控えめなノックの音が聞こえてきた。


ニコラが廊下から声を掛ける。


「エリック様が…?」

ニコラから、エリックがレナンと二人で話をしたいという事が伝えられた。



「お姉様の事を気にしていたから、それでだと思うわ」

ミューズはとても嬉しそうに部屋に戻った。


少ししてからエリックが来るものの、夜に改めて話し合いをする、という話をされた後、沈黙してしまった。



「……」


先程のミューズとの会話を意識しすぎて、レナンも何も言えない。


妹の前では強気に言えても、まだまだエリックと二人きりは緊張してしまう。



婚約破棄されたばかりだから、尚更嫌われる恐怖も感じて、踏み込めない。




「レナン嬢はハインツ殿を、どう思っている?」

ようやく口を開いてくれた。


婚約破棄の手紙の後にしては、なかなか直球だ。


「破棄されても仕方ないと思います…冤罪とは言え、世間からは投獄された者としか思われませんわ。迷惑をおかけして、申し訳ない事をしたと思っております」


「俺なら婚約破棄などしない、罪が確定となるまで婚約者を信じる」

きっぱりと断言された。




「そして聞きたいのは建前ではない。まだ好きなのかと聞きたいのだ」

感情の方を話せということらしい。


気づけばエリックの口調は変わっていた。


「そうですね…正直に申しますと、もう、未練はありません。思い出を思い返す度に夢から覚める思いでしたので」


ミューズと話した事を一部抜粋して話して伝える。


「わたくしの独りよがりだったなぁと思います、最初のときめきが間違いだったのですね」

はぁと溜息をついた。


「最初とは…助けてもらったという話か?」


「えぇ。その時はどなたかわからなかったのですが、後日あの時の怪我は大丈夫?と話しかけて頂きましたの。それを聞いて、あぁこの人が運命の相手なのだ、と思ったのですが…少し恋愛小説を読みすぎたようです」


己の浅はかさに呆れてしまう。


エリックから非難された事はないが、何かの話をする度に学友達からは度々失笑された事がある


「今更で悪いんだが、その助けた相手は俺なんだ」

「えっ?」


予想だにしない言葉だ。

「社交界デビューのためのパーティでは、多くの紳士淑女が集まる。各国の王族もそのお祝いで来ていただろ?俺も勿論いた。レナン嬢は緊張でそれどころじゃなさそうだったが」


将来有望な若者を見に行くことは、王族達にとって大事な事だ。

隣国の者も勿論有能であればスカウトする。

社交界デビューの場は新たに大人の仲間入りをする者たちが一同に集まるイベントだ。

その数少ない公の視察の場として、国外の者も大事に思っている。


「学校の成績も把握しているし、君は常にトップにいた為知っていた」

密かに注目されてた人物が階段から落ちた。


リンドールの者は自国の者のその振る舞いに失笑をし、周辺国の重鎮はスカウトに待ったをかけた。


近づいたのはエリックのみ。




「もちろん君の父親は近づこうとしていたが、俺が制した。身内が助けただけではただの恥の上塗りになるからな。他国の王子に助けられた方が、まだいいだろうと思って」

エリックが手を差し伸べたことにより、笑う事を止めた者もいる。

ある意味振るいをかけられた。


エリックはすぐに気持ちを切り替えられる行動の早い者、見極めもせずただ見下すものなど見定めもした。

そうした値踏みなども一緒に行なっていたのだ。


「レナンは終始俯いてたから覚えていなかったのだろうな、ディエス殿とも話をしたのだが、ハインツと間違えられたのはなかなか堪えたな…」

寂しそうな声と表情、エリックを知らぬ内に傷つけていたようだ。


「申し訳ありません、金の髪しか覚えておらず。まさか父と話してたなんて思いも寄りませんでしたので」


周囲の者に聞くことなく、美しい思い出として浸っていた。


周りもデビューで失敗したレナンを落ち込んでいるだろうからと、しばらくそっとしていたのも悪かった。


「わたくしがきちんと確認を取っていれば、もう少し早くエリック様とお話出来たかもしれないのですね」


隣国の公爵令嬢がどうこうできる人ではないが、お礼の手紙くらい送りたかった。


「遅くなりましたが、あの時は助けて頂きありがとうございました。差し伸べられた手の暖かさと優しさを、今でも覚えております。どれだけ心が救われたことか」


今更恋とか愛とか伝えられるものではない。


自分の勘違いでエリックを少なからず傷つけてしまったのだから。


(折角人助けしたのにお礼もなく、人違いまでされていたのだもの。それは怒るし悲しいわよね)


「いや、俺の方こそ君の優しさに救われた。ありがとう」

「?わたくしは何もしてませんよ」

お礼を言われる覚えがない。


「体を起こす手伝いをした際に、君は自分の事より俺の服が汚れることや、俺が恥をかくことを心配してくれただろ?足を痛めた事も我慢して、そう言ってくれたのは覚えているよ」


立ち方がおかしいのにすぐ気づき、治癒師のいる医務室に連れて行ってもらった。

だから名を名乗る時間もなかったのだ。


「俺があの場で名乗ればよかったな」

そうすれば人違いも先を越されることもなかった。


すっとエリックは跪いた。


「正式な許可は後で必ず貰いにいく。レナン嬢、俺を貴方の婚約者にして頂きたい」

「えぇー?!」


さすがに大声を出してしまった。


その声を聞いて慌ててニコラが入ってくるが、エリックの一瞥にすぐ退室する。


「勿体なきお言葉…というか絶対ダメです!」

不敬かもしれないが、首をぶんぶんと横にふる。

「何故?俺が嫌いか?」

「そのような事は断じてありません!ですがわたくしは釣り合う立場におりません。自国では今や罪人の娘、そして婚約破棄されたばかりです。公爵令嬢ですらなくなるかもしれませんし、何よりわたくしは人違いでエリック様を傷つけてしまいました」


「傷つけてはいない。俺の行動が遅かったのが悪いのだ。俺は冤罪だと知っているから、罪人の娘などとは思わない。自国に居づらければここにずっといて構わない、俺はレナン嬢を愛している」




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